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「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 11」著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。
「パンパカパーン! メアリーだよ~!」
瓦礫が周囲に散らばった謁見の間に、陽気で楽しそうな声が響き渡った。
だが、彼女――オリヴィアさんがまとう雰囲気は陽気とはかけ離れている。
一言で言うならば――禍々しい。
口角を上げて三日月状に開いた口。
目は弓なりになって、随分と楽しそうにしていた。
この状況を心底楽しんでいるようだが、同時に性格の悪さが滲み出たような表情だ。
オリヴィアさんの顔をしているのに別人だった。
そして、アンとも違う。
どちらも禍々しい存在ではあったのだが、アンよりもより陰湿さを感じた。
何しろ、アンよりもずっと負のオーラが出ている。
その姿に俺はライフルを構えるが、オリヴィアさんの顔に銃口を向けられなかった。
「次から次に厄介なことが続くなんておかしいだろ」
まるで不都合主義? ご都合主義の方が好みなのに、俺たちにとっては都合の悪い事が続いていた。
ようやく問題が解決しようとしていたタイミングで、更に面倒なことが起きようとしていると俺の勘が告げていた。
俺の近くにいたルクシオンが、現状が悪い方に向かっていることを知らせてくる。
『思念体のパターンが変化しました。現在、オリヴィアを支配しているのは別の思念体です』
メアリーと名乗った思念体の登場に、マリエとアンジェリカさんも困惑していた。
マリエは何かに気付いたらしい。
「メアリー? メアリーってまさか――アンの妹!?」
以前にアンが言っていた。
自分には根暗な妹がいる、と。
確か――その妹の名前がメアリーだったはずだ。
マリエの声に反応して、メアリーがケラケラと笑いながら指を鳴らした。
「正解~。――あの馬鹿女の妹っていうのは腹が立つけどね」
他者をあざ笑うような間延びした声だが、アンに対しては不満を持っているのか後半は憎らしそうにしていた。
俺は呟かずにはいられなかった。
「何でアンの妹まで出てくるんだよ」
姉妹揃って怨念として、聖女の道具に宿っていたのだろうか?
聖女の道具にしては、使い道がどうにも――。
この状況を整理しようとしていると、ライフルを構えたアンジェリカさんが声を出す。
その声は動揺していた。
「――初代聖女様と同じ名前だと」
アンジェリカさんが狼狽えている原因は、メアリーの名前が初代聖女様と同じだったからだ。
だが、同姓同名などこの国ではありふれている――のだが、聖女の道具に宿っていた怨念がメアリーと名乗ったのだ。
何かしら繋がりがあるのではないか? そんな不安があるのだろう。
慈悲深く、誰よりも優しい初代聖女様――彼女はホルファート王国を建国した五人の冒険者を支え、後に冒険者の守り神として神殿で祭られてきた。
ホルファート王国の貴族ならば、誰もが知っている有名な話である。
――しかし、そんな初代聖女様の情報は驚くほど少なかった。
語られている逸話は多いのだが、詳細な情報はほとんど残っていない。
謎に満ちた存在――というのが、あの乙女ゲーの設定だと思っていた。
だから、俺は何の疑問も抱かずにいた。
メアリーがアンジェリカさんを見て笑っている。
「同じも何も、わたしがそのメアリーだよ~。少しは敬ったらどうなのかな?」
敬えというメアリーに向かって、アンジェリカさんが眉間に皺を作った。
「偽者が調子に乗るな!」
「ちょっ!?」
俺が止めるよりも早く、アンジェリカさんはオリヴィアさんの急所に狙いを定めてライフルの引き金を引いた。
発射された弾丸は、魔弾の中でも特注品である。
その魔弾はメアリーに着弾する前に空中で静止すると、そのまま爆発した。
火力がライフルの弾丸ではなかった。
爆弾と言われた方が納得する威力だったが、炸裂した際の黒い煙が晴れるとメアリーには傷一つついていなかった。
アンジェリカさんは、目をむいて驚いている。
「――何をした?」
その問いに、メアリーはニヤニヤしながら答える。
「魔法で止めたのよ。というか~、わたしと同じ血を引いている癖にこの程度とか情けなくなってくるわね~」
ケラケラ笑い出すメアリーに、アンジェリカさんがライフルの薬莢を排出させて次弾を装填すると引き金を引いた。
「黙れ!」
何発も放つが、どれも止められて途中で爆発していた。
アンジェリカさんも、無駄だと思ったのかライフルの銃口を下げてしまう。
「お前も化け物か」
メアリーが小さくため息を吐く。
「はぁ――短期で浅はか。あの馬鹿女に似ている容姿も苛つくし、可愛くない子孫だわ」
アンジェリカさんに対して、メアリーは興味が失せた顔をしていた。
そして、メアリーはマリエに手を伸ばす。
マリエが持っていた聖なる首飾りが、その瞬間に液体へと変化してメアリーに吸い寄せられた。
「へっ!?」
急な出来事にマリエが狼狽えていると、液体がメアリーの首にまとわりついてその姿を変化させる。
禍々しい首輪に変化した聖なる首飾りは、棘と鎖が出現していた。
首飾りだけではない。
聖女の杖は禍々しい槍に姿を変えて、腕輪は左腕を包み込む手甲となっていた。
かぎ爪がついたその姿は、まるで聖とは真逆の存在に見える。
「何をした!」
ライフルを構える俺に対して、メアリーは小首をかしげてから――俺をしげしげと見つめて嬉しそうにしていた。
ハイライトの消えた瞳。
笑顔もどこか恐ろしかった。
「本来の姿に戻してあげただけよ。こいつは持ち主の意思で姿を変えられるのよ。さっきまでの姿は――言わば擬態かしらね~?」
聖なる道具の姿が擬態?
確かに怪しい能力を保持していたが、あの乙女ゲーでは聖女のキーアイテムだったはずだ。
それが――こんなにも禍々しい姿をした道具とは、いくら何でも想像できなかった。
チラリとルクシオンの方を見ると、解析を終えたようだ。
『形状変化が可能とは知りませんでした』
「どっちかと言えば、呪われた道具にしか見えないな」
俺の軽口に答えるのは、上機嫌のメアリーである。
「そもそも、こいつの能力を知ったら聖なる道具なんて思わないでしょうに。こいつは魂に干渉できる道具なのよ」
「――は?」
信じられない答えに唖然としていると、メアリーが饒舌に答える。
「ロストアイテムは知っているわよね? 一括りにしているけれど、ロストアイテムにも生み出された文明がそれぞれ違っていたりするのよ。こいつは、幾つか前の文明で生み出された道具だったのよ」
俺が唖然としていると、あの乙女ゲーを知っているマリエが頬を引きつらせる。
「な、何よそれ。そんなの、私は知らないわよ」
俺だって知らなかった。
そもそも、そんな設定はあの乙女ゲーには登場していない。
聖女のキーアイテムが呪われているとか、そんなの駄目だろ。
メアリーは槍を肩に担ぐと、話を続ける。
「わたしたちがこの辺りに入植した時に、ダンジョンを根城にしていた奴がいてね。そいつの持ち物だったのよ。確か――そいつは羅刹なんて呼ばれていたわね」
羅刹とはまた、とんでもない呼び名ではないか。
更に聖女とは似つかわしくない名前が出てきた。
当時を思い出したメアリーが、懐かしそうな顔をする。
その表情は物憂げだった。
「――あの頃が一番楽しかったわ」
急に落ち込むメアリーだったが、その直後に謁見の間の壁を突き破って一機の鎧が出現した。
緑色の鎧は、背中に翼の飾りがあった。
各部にも羽の飾りが用意された鎧は、ジルクが乗る機体だ。
「オリヴィアさんを助けに来たのか」
すぐにライフルを構えるが、相手が鎧では勝負にならない。
多少威力のある魔弾を使用しても、鎧の装甲は貫けない。
ジルクの方は鎧用ライフルを所持しており、その銃口は俺たちに向けられていた。
外部マイクでジルクの声が聞こえてくる。
『どこまでも邪魔をする嫌な奴ですね。ですが、彼女は私が命に代えてでも守――』
俺に対して敵意をむき出しにするジルクが、引き金を引こうとすると射線を遮るようにルクシオンが俺たちの前に出た。
だが、それよりも早く動いたのは――メアリーだった。
「――あはっ!」
落ち込んでいたメアリーが、急に邪悪な笑みを浮かべると持っていた槍をジルクの鎧に向けた。
すぐに先端に赤黒い放電が発生し、球体を作り出すと撃ち出していた。
撃ち抜いたのはジルクが乗る鎧のコックピットだ。
コックピットに大きな穴を作った緑色の鎧が、グラリと揺れてから地面に落ちた。
俺たちは一瞬唖然とするが、いち早く立ち直ったのはマリエだった。
「あ、あんた! 何で味方を撃ったのよ!」
後ろから何のためらいもなく味方を撃ち殺したメアリーに、マリエは激高していた。
マリエの反応を面白がっているのか、メアリーはとぼけた顔で首をかしげている。
「そっちにしてみれば、敵の数が減ったんだから別にいいじゃな~い」
「そういう問題じゃないでしょ! あいつは! あいつは――あんたを守ろうとしていたのに」
確かに俺たちに銃口を向けていたが、それでも守ろうとしていた対象に後ろから撃ち抜かれる姿は同情してしまう。
アンジェリカさんは何も言わずに受け入れているが、少しモヤモヤしているのが微妙な表情から読み取れた。
俺はメアリーを睨み付ける。
「お前もあいつらは敵って判断か?」
俺の言葉を聞いて、メアリーが無表情になった。
「――どうしてリーアがそんなことを言うの?」
感情が安定しないメアリーの相手は、どうにも精神的に疲れる。
「俺はリーアじゃない。リオンだ」
「違うよ。リーアだよ。違ったとしても、今日からはわたしのリーアになってもらうから大丈夫。もうこれで――ずっと一緒だよ」
話の通じないメアリーを相手に、冷や汗を流しているとルクシオンが変なことに興味を示す。
『アンも話していたマスターのご先祖様ですか。お二人に想われているとは、マスターと違って随分と魅力的な方だったのですね』
「――その話をこの場でする必要があるのか?」
『必要性はありません――が、どうやら効果はあったようです』
ルクシオンの赤いレンズが見ていたのは、プルプルと震えるメアリーの姿だった。
「わたしが最初にリーアを好きになったのに! あの馬鹿女が! あの馬鹿女が横取りしようとするからぁぁぁ!!」
激高するメアリーは、感情の高ぶりと一緒に魔力を放出する。
メアリーを中心に突風が吹き荒れると、ルクシオンが俺たちの周囲に防御フィールドを張って防いでくれた。
アンジェリカさんが苦々しい顔をしていた。
「少し前の自分を見ているようだな」
マリエは俺の背中に隠れながら、アンジェリカさんに文句を言う。
「あの時の力を発揮できないの?」
アンジェリカさんが暴走した際も大変だった。
あの時の力があれば、メアリーと対等に戦えるかもしれない。
しかし、そう都合良く行かないらしい。
「出来たら苦労はない」
「どうするのよ!? このままだと――」
マリエは最後まで言わなかったが、このままではオリヴィアさんを助けることが出来ない。
最悪の場合、アロガンツでオリヴィアさんを殺すことになる。
どうするべきか考えていると、マリエが目を見開いて冷や汗をかいていた。
「ね、ねぇ、リオン」
「何だよ?」
「周りの様子だけどさ――これって、どう見てもまずくない?」
マリエがドン引きしているのは、メアリーが暴走した結果だ。
俺たちがいた謁見の間はいつの間にか壁や天井が吹き飛ばされていた。
そればかりか、王宮がメアリーによって瓦礫の山にされていた。
遠くでは、暴走に巻き込まれた飛行船が落下していく光景が見える。
敵味方関係なく、メアリーの暴走に巻き込まれて沈んでいく。
アンジェリカさんもまずいと思ったのか、俺に決断を迫ってくる。
「ここまでだ。リオン、お前の鎧を使え。アレならば、きっとあの女も倒せるはずだ。正気を失っている今がチャンスだぞ」
光の消えた赤い瞳が俺を見つめていた。
俺はアンジェリカさんの視線から目をそらす。
「――いや、まだだ。ルクシオン、メアリーを止めるぞ」
俺が協力を求めると、ルクシオンは渋々と了承する。
『注文が多くて困ります。ですが、さっさと終わらせるのは賛成です。私としても――この状況が続くのは面倒ですからね』
俺がオリヴィアさんの救出を優先すると、アンジェリカさんが顔を俯かせた。
「そうか。やはり、お前は――」
アンジェリカさんが俺に対して何を言おうとしたのか? 先を聞く前に、暴れてスッキリしたメアリーが陽気に振る舞う。
「ふぅ~、いいストレスの発散になったわ~。それにしても――この肉体はよく馴染むわね。流石は――女王様ってところかしら?」
オリヴィアさんの右手を掲げたメアリーは、手の甲を見ながら何かを言った。
「女王様?」
自然と俺の口から出た疑問の呟きに、メアリーは上機嫌に答える。
「リーアも気になる? 気になるよね!」
俺のことをリーアと呼ぶメアリーに、マリエは辟易していた。
「アンも酷かったけど、こいつも酷くない?」
「また暴れられると困るから、今は黙っておけ」
「――わかったわよ」
マリエに注意をすると、メアリーが槍を掲げて石突きで床を叩いた。
その瞬間、俺たちの周囲には瓦礫に変えられた王宮ではなく――どこか違う場所の景色が広がった。
アンジェリカさんが周囲を警戒する。
「転移魔法? おとぎ話に出るような魔法まで使えるのか!?」
一瞬にして俺たちを違う場所に転移させた――と思ったが、すぐにルクシオンが否定する。
『我々は転移していません。周囲の景色は幻ですよ』
「幻? これが幻だと?」
信じられないという顔で周囲を見るアンジェリカさんだが、俺はそれよりも景色の内容に驚いていた。
俺たちが見ている景色――それは、町が沈んでいく光景だった。
くぼんだ土地に広がる町並。
中央には破壊された城の跡地が見えていたが、その真上に浮島が浮かんでいた。
そこから大量の水が流れ落ちて、町を沈めていた。
その光景を離れた場所から大勢の人たちが見ている。
悲しそうに、複雑そうに――その中には、楽しんでいる連中もいた。
様々な反応をしている。
「これは何をしているの?」
マリエが俺に尋ねてくるが、答えなど持っていない。
「俺が知るわけがないだろ」
すると、槍を肩に担いだメアリーが状況を説明してくれる。
「これはわたしたちの国が、反乱で滅んだ時の光景よ」
「え?」
「今はラーシェル神聖王国と名乗っている国だけど、昔はラーシェル王国だったのよ」
俺たちが見ている幻は、過去に起きた出来事のようだ。
アンジェリカさんが先に答えにたどり着く。
「ラーシェルの政変か」
メアリーは沈み行く町を見ながら正解であると言う。
「流石は王家の血筋ね。ちゃんと伝え聞いているようで大変結構だわ。王族の一人が反乱を起こしたのよ。そこに一部の貴族たちも加わり、ラーシェルの王族は全て処刑されたわ。けどさ~反乱を起こした王族の一人っていうのが傑作でね~」
メアリーがお腹を押さえてクツクツと笑い出すと、反乱を起こした王族について話をする。
「そいつが家系図にも乗っていない自称王族でさ~。誰だよ? みたいな奴だったのよ」
とてもではないが、反乱が成功するとは思えないが――何百年も前にラーシェルで政変が起きた事実は知っている。
何しろ、ホルファート王国の貴族たちの多くが、元を辿ればラーシェルの出身だったりする。
ルクシオンが興味を持ったのか、メアリーに問う。
『自称王族でも反乱を成功させたとなれば、本人にかなりの才能があったのですか?』
「むしろ、駄目だったのは当時の王家と貴族連中よ。自称王族に地位を奪われ、皆殺しにされるくらいに無能だったわ。――おかげで、わたしたちは苦労することになったのよ」
メアリーの視線が向かう先には、二人の女の子がいた。
一人は意志の強そうな赤い瞳で沈む町を見ていた。
もう一人の眼鏡をかけた女の子は、大事そうに本を抱きしめてうずくまっていた。
赤い瞳の女の子だが、アンジェリカさんの精神世界に入った時を思い出す。
幼い頃のアンジェリカさんによく似ていた。
メアリーが槍の石突きで床を叩くと、周囲の幻が変化する。
どうやら今度は、港町の景色のようだ。
古い型の飛行船が出入りをしている港には、大勢の人たちが集まっていた。
「今度は港? 何だか人が多いわね」
マリエが周囲をキョロキョロと見ていると、メアリーが言う。
「反乱が成功した後だけど、地位を奪われた連中も多くてね。ラーシェルでは生きるのも難しいから、発見された新大陸に入植することが増えたのよ」
ホルファート王国だが、元は数百年前に発見された新大陸である。
そこに多くの入植者たちが入り込み、王国を建国する流れになる――と歴史の授業で学んだ。
だが、実際に見ると酷い光景だ。
女子供は勿論だが、老人たちまでもが悲壮感を漂わせて飛行船に乗り込む。
ルクシオンが、飛行船の構造を推測していた。
『随分と脆い構造をしていますね。これでは、長距離の航行に耐えられるとは思いません』
メアリーは、ルクシオンの推測に驚いて拍手をしていた。
「そんなことまでわかるのね。そうよ。この飛行船は、入植する連中に売りつけた急造の飛行船でね。安いだけが取り柄なの。実際、多くの飛行船が新大陸に到着する前に沈んだらしいわ」
この世界の飛行船は、浮遊石と呼ばれる石を浮力にしている。
浮遊石さえあれば、どんな形の飛行船だろうと飛ぶことは可能だ。
だが、ずさんな設計と構造に問題があれば、空の上で壊れてしまう。
それでも安いから、危ない飛行船に乗って新大陸を目指しているわけか。
メアリーは港に来た女の子――というよりも、十代後半の二人組に視線を向ける。
「遅いぞ、メアリー」
「ま、待ってよ、お姉ちゃん」
髪をポニーテールにした赤い瞳の女の子は、その手に魔法使いが使う杖を持っていた。
眼鏡をかけた女の子は、おかっぱの髪型でローブを着用していた。
荷物が多いようだが、そのほとんどは本だった。
眼鏡をかけた女の子を見る赤い瞳の女の子――多分だが、彼女がアンなのだろう。
アンは、眼鏡をかけた女の子――メアリーに向かって深いため息を吐いた。
「重いなら捨てていけ」
捨てろと言われたメアリーは、本が入った荷物を大事そうに抱きしめる。
「こ、これはわたしの宝物だから――え、えっと――その」
メアリーの言い訳を聞いたアンが、眉間に皺を作っていた。
「勝手にしろ」
二人が向かった先は、どうやらこれから新大陸に向かう飛行船らしい。
そこでは、一人の男性が集まった人たちに語りかけている。
二十代半ばの青年らしき男性は、覇気のない人々を前に陽気に振る舞っていた。
「俺と一緒に新大陸で一旗揚げようって奴はいないか? これから向かう未開の地を切り開いて、自分たちの国を手に入れる気概のある奴を大募集だ!」
周囲が暗い雰囲気の中、未開の地を切り開いていこう! と語りかける青年に応える者たちは少なかった。
その青年の姿を見たマリエが、俺の方を見るので気になってしまう。
「何だよ?」
「あの男の人、あんたに似てない?」
「俺に?」
青年を見るが、俺と似ているような気はしなかった。
「似てないだろ」
「そうかしら?」
これから新大陸に向かう青年の恰好は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
周囲も青年に期待できないと思ったのか、呼びかけに応えることなく歩き去って行く。
だが、眼鏡をかけた女の子――メアリーが、その青年に興味を示す。
「あ、あの――」
「ん? どうした、お嬢さん」
「わ、わたし、わたし――魔法がちょっと使えます。あの、だから、その――」
まごまごしているメアリーを押し退けて、アンが前に出た。
「新大陸で一旗揚げようって根性が気に入ったわ。私も参加するわ。こう見えて、私は回復魔法の使い手よ。仲間に入れて損はないわ」
アンが参加を決めると、その後ろでメアリーが俯いて何も言わなくなってしまう。
すると、青年が二人に近付いてくる。
「貴重な回復魔法の使い手かよ。大歓迎だ。――それで、そっちの子は?」
青年がメアリーを見ると、アンが小さくため息を吐いた。
「妹のメアリーよ。少し魔法が使えるだけで、本ばかり読んでいる陰気な奴よ」
陰気な奴と言われたメアリーだが、黙り込んで反論もしない。
だが、青年はメアリーに話しかける。
「魔法が使えるだけでも大助かりだ。今は一人でも助けが必要だからな。俺に協力してくれないか?」
メアリーが顔を上げると、青年が微笑んでいた。
顔を赤らめたメアリーは、何度も頷いていた。
「は、はい! 何でもお手伝いします!」
その瞬間、景色が変化する。
今度の景色は森の中らしく、周囲には木々が生い茂っていた。
アンジェリカさんがメアリーを睨み付ける。
「今度は何を見せるつもりだ?」
不気味に微笑んでいるメアリーは、アンジェリカさんを見ると馬鹿にするように言う。
「真実ってやつかしらね? お前たちが誇りに思っている国が、どんな風に誕生したか見たくない? もっとも、知らない方が幸せかもしれないけれどね」
「何だと?」
森の中、茂みから姿を現す人物たちがいた。
大きな盾を背負った紺色の短髪と髭が特徴的な青年は、乱暴な口調で文句を言っている。
「何が新天地だ! 条件の良い場所は、みんな奪われた後だ」
その次に現したのは、緑色の髪を首の後ろで結んだ青年だった。
「おかげで随分と大陸の奥地にまで来てしまったな」
二人の青年を見ていたアンジェリカさんが、声を震わせている。
「――まさか、このお二方は」
動揺しているアンジェリカさんに、メアリーは興味もなく答える。
「うん、そうよ。短髪がホルファートで、陰険そうなのがマーモリアよ。二人とも、元はラーシェル王国に仕える下級役人の家系でね。リーアの話に飛び付いて、自分たちの国を得ようとしていたのよ」
その後ろには、三人の青年が続いていた。
ボサボサの赤髪で、槍を持った青年――きっとセバーグだろうか?
剣を持った青髪の青年は、アークライトか?
杖を持ったローブ姿の青年は、フィールドだろう。
三人の青年は、後ろからやって来る黒髪の青年を睨んでいた。
黒髪の青年はメアリーと話をしながら歩いている。
「へ~、そいつは知らなかった。メアリーは物知りだな!」
「そ、そそそ、そんなことないですよ。これくらいふつ、普通です」
何やら植物に関して話をしているようだが、メアリーの知識に黒髪の男性が感心していた。
その後ろから、アンがつまらなそうについてくる。
「たかが植物一つで大袈裟な連中だ。それよりも、まだ先に進むのか? この辺りは物騒なモンスターがいると現地人たちが話していたぞ」
アンの台詞を聞いて、ルクシオンが何かを察したようだ。
『現地人がいたのですね。新大陸とは言っても、無人ではないわけですか』
メアリーは黒髪の青年に視線を固定しながら、過去の自分とのやり取りを妬ましそうな顔で見ていた。
過去の自分が妬ましいのか?
「えぇ、そうよ。新大陸には現地人が沢山いたわ。先に入植した連中の多くは、現地人と随分揉めたらしいわね。――でも、わたしたちにはリーアがいたから」
八人が森の中を歩くと、現地人の集落が見えてきた。
暮らしぶりは木造の建物に住み、狩りと農業で細々と暮らしているようだ。
服装も民族衣装のように見える。
集落に近付くと、男たちがやって来て弓を構えた。
それを見て他の五人が武器を構えるのだが――。
「集落だ! これでしばらく生活に困らないな」
――武器を構えて現地人と争う姿勢を見せるホルファートだったが、五人を無視して前に出るのは黒髪の青年とメアリーだった。
黒髪の青年が自己紹介をする。
「初めまして、俺はリーア・バルトファルトだ。最近こっちに来たんだが、少し話を聞かせてくれないか?」
両手を上げて話し合いを使用と話しかけるが、現地人とは言葉の壁があるのか話が通じなかった。
それをメアリーが、リーアの言葉を訳して伝える。
しばらくして現地人たちが、八人を集落へと招き入れた。
リーアはメアリーとハイタッチをしているが、そこに文句を言うのはホルファートだ。
「ここを襲撃すれば、俺たちの物資の問題は解決した! リーア、お前は本気でここで独立するつもりがあるのか?」
乱暴な手段で物資を得ようとするホルファートに対して、リーアは面倒そうな顔をしていた。
「現地人と敵対するなんて馬鹿かよ。彼らにとって、ここは庭みたいなものだぞ」
「魔法も使えない連中に俺たちが負けると思うのか?」
「俺は侵略とか嫌いだからな。最初にそう言っただろ?」
「――ちっ!」
ホルファートが舌打ちをすると、そのままリーアから離れて行く。
黒髪の青年がリーアで間違いないようだ。
マリエが後ろから俺の服を掴んでくる。
「あんた、ご先祖様に似ていたのね」
「そんなに似ているかな?」
「結構似ていると思うわよ」
俺たちが話をしていると、メアリーが親指の爪を噛んで睨み付けてくる。
マリエは心底嫌そうな顔をしつつ、俺から一歩距離を取った。
また、メアリーに暴れられると面倒と考えたのだろう。
マリエが俺から距離を取ると、露骨にメアリーが上機嫌になってリーアについて語り始める。
「リーアは凄いんだよ。他が現地人との関係で苦労している時に、親しくなって色々と助けてもらったんだから」
他の入植者たちが苦労している中、リーアに率いられたメンバーはうまく立ち回っていたらしい。
だが、この景色を信じられない人物が一人。
アンジェリカさんだ。
「ふざけるな! 現地人との交流を進めたのは、当時リーダーだった建国王と聖女様のお二人だ! こんなの、お前が見せている幻だろうに!」
「もしかして、その嘘を真実だと思っているの? 残念でした~。ホルファートは見ての通り、現地人から略奪を考える糞野郎でした~」
ケラケラ笑うメアリーに、アンジェリカさんが近付こうとするが――。
「この!」
「気安くわたしに触れるな」
――アンジェリカさんに、メアリーが手を向けた。
それだけで、アンジェリカさんは体が動かなくなってしまう。
「か、体が動かない」
その姿を見たメアリーは、何かを確信したのか口角を上げて笑っていた。
「やっぱり、この子が次代の女王様だわ。あの馬鹿女もいい器を見つけてくれたものね」
先程からオリヴィアさんを女王と呼ぶのも気になるが、俺はアンジェリカさんを助けるためルクシオンを見る。
「アンジェリカさんを助けられるか?」
普段なら文句を言いながら助けてくれるルクシオンだが、今回は様子がおかしい。
『――対処しようにも原因がわかりません。メアリーは魔法で動きを止めているわけではないようです』
「魔法じゃない? 何かの能力か?」
『それも不明ですが、私にはアンジェリカが自ら体の動きを止めているようにしか見えません』
必死に体を動かそうとしているアンジェリカさんが、冗談をしているとも思えない。
困惑する俺たちに、メアリーが言う。
「――真なる女王は古代文明で誕生した超人類とでも言うべき存在かしらね? 蜂という昆虫は知っているかしら? 女王蜂と働き蜂が存在するわよね? それと同じで、生まれながらに人類を統べる存在が真なる女王と呼ばれているわ」
メアリーのとんでも話に、マリエが頭をかいていた。
「またわけのわからない事を言うわね」
「信じないならそれもいいけど、わたしが持っている羅刹の道具はね――その真なる女王が持っていた道具なのよ」
メアリーが石突きで床を叩くと、今度は洞窟らしき場所の景色へと変化した。
洞窟内は広く、奥には玉座らしき物が用意されている。
そこに座っていたのは、ほとんどミイラにしか見えない女性だった。
禍々しい三つの道具――羅刹の道具を持ち、洞窟に入り込んだ侵入者たちに気が付くと玉座から立ち上がって口を大きく開けた。
洞窟内に甲高い叫び声が響き渡ると、内部に入り込んだ八人組が武器を構える。
指揮するのはリーア――ご先祖様だった。
「お前がこの辺りで暴れている化け物の正体か。悪いが、この辺りの集落が困っているから退治させてもらうぞ」
退治するというリーアに向かって、ミイラは声を発する。
「――愚かな者たちだ。真なる女王に逆らえると本気で考えているのか?」
「あん?」
「我の前にひれ伏せ!」
ミイラがそう言うと、リーアたちは何故か膝をついて頭を垂れてしまう。
本人たちは何が起きたのか理解していない様子だ。
赤髪の大男が槍を杖代わりに立ち上がろうとするが、体が思うように動かないらしい。
「くそっ! 何の魔法だ!? おいメアリー、お前の専門だろうが、何とかしろ!」
何とかしろと言われたメアリーだったが、このような魔法は知らないのか狼狽えていた。
「精神系の魔法? でも、魔法には相応の準備が必要で――なら、ロストアイテムの能力? そうなると魔法ではどうにもならない」
冷や汗を流しながらどうにも出来ないと言うメアリーに、周囲は冷たかった。
「魔法しか取り柄のないのに、こういう時まで役立たずかよ!」
「ご、ごめんな――さい」
メアリーが泣き出してしまう。
だが、そんな中で動ける人物がいた。
――アンだ。
アンは周囲が急に座り込んだことに驚いたらしいが、この状況でも咄嗟に体が動いたのか杖を構えて羅刹に攻撃を仕掛ける。
魔法による攻撃を受けた羅刹は、アンを見て信じられない顔をしていた。
「どうして貴様は動ける!? まさか、お前が次代の――」
「どうでもいい。お前はここで終わりだ」
アンは驚いている羅刹に魔道具の類いを投げつけると、アンデッド系のモンスターと判断したのか銀のナイフを取り出す。
そのまま狼狽える羅刹に近付くと、銀のナイフを突き立てていた。
しかし、羅刹が消える気配はない。
「ちっ! これでは倒せないか」
アンが飛び退くと、羅刹の影響から脱したリーアが立ち上がって左手で魔法を放っていた。
戦闘スタイルは、剣と魔法の療法を使うタイプらしい。
「助かったぞ、アン! このまま一気に畳みかけろ!」
立ち上がった他の仲間たちも羅刹に攻撃を行う。
多勢に無勢となった羅刹が持ち直すことはなかった。
むしろ、戦意が削がれているように見えた。
「そうか――次の女王は――お前――か」
羅刹が倒れると、最後に止めを刺したのはアンだった。
羅刹から奪った槍を持ち主に突き刺して絶命させるのだが、モンスターのように消えることはなかった。
◇
羅刹から奪った三つの道具を自らに装備するアンは、玉座に座って冗談で偉ぶってみせる。
「今回一番活躍したのは私だったな」
アンが羅刹の道具を装備すると、ロストアイテムなのか大きさが調整されていた。
お宝を手に入れたアンは上機嫌になっていたが――その姿を見ていたメアリーは悔しさで胸が一杯だった。
(わたしの特技は魔法だけなのに)
魔法が取り柄であるメアリーは、大事な場面で役に立てなかったことが悔しくて仕方がないようだ。
同じ魔法使いのフィールドもいるのだが、そちらはそこまで責任を感じていないらしい。
ただ、羅刹の死体に興味があるようだ。
「こいつが言っていた真なる女王ってのは何だろうな?」
フィールドの疑問に誰も答えられなかった。
ホルファートが面倒そうに仮説を語って、話を強引に終わらせようとする。
「真なる女王だと自分で思い込んでいただけだろ。それにしても、何とも寂しい女王様の部屋じゃないか。だが、このダンジョンはいいぞ。魔石も鉱石も豊富だった。ここを押さえれば、俺たちの国が手に入る」
ダンジョンという尽きない鉱山が手に入った。
ホルファートを始め、他の仲間たちも自分たちの旅がようやく報われる時が来たと興奮していた。
――だが、一人だけ興味がない男がいた。
リーアだ。
「ここはこの辺の人たちの聖域だろ? 勝手に押さえると対立することになるぞ」
このダンジョンは周辺で暮らしている現地人たちにとって、聖域とされていた。
下手に自分たちの物であると主張すれば、対立は避けられないだろう。
そんなリーアの判断に、ホルファートが驚いていた。
「何を言っている? このダンジョンがあれば、俺たちの国が手に入るんだぞ!」
「俺は別に国とか欲しくないね。ただ、暮らしていけるだけの土地があれば幸せだし」
「ば、馬鹿なのか!? お前は王になれるんだぞ!」
「だから――俺は王様に何て興味ないって」
リーアはそう言ってダンジョンを去って行く。
残されたメアリーたち七人だが、最初に動いたのはアンだ。
「本当に面白い奴よね」
リーアを追いかけようとするアンに、ホルファートが狼狽しながら問い掛ける。
「アン、お前はこのままでいいのか? 俺たちの国が手に入るんだぞ。国が出来れば、いつかラーシェルにだって復讐できる。お前が一番悔しいはずだろ!」
反乱が成功したことで、アンもメアリーもその立場を追われた。
メアリーだって悔しい思いをしてきたが、ホルファートには関係ないらしい。
(わたしだってお姉ちゃんと同じなのに)
回復魔法が使えて、姉御肌のアンは仲間内でも人気者だった。
逆に、メアリーの方は人気がなかった。
陰気で空気が悪くなると、嫌われてすらいた。
アンは手に入れた槍を担いで、ホルファートの言動を鼻で笑う。
「そもそもリーダーはリーアでしょ? 私はリーアを支持するわ」
去って行くアンを見て、ホルファートは項垂れていた。
ホルファートがアンを狙っていることは皆が知っており、マーモリアが近付いて慰める。
「ふられたな。だが、女なんて星の数ほどいるんだ。気にするな」
「――うるせーよ」
マーモリアの手がホルファートの肩に置かれていたが、それを振り払っていた。
ホルファートがリーアたちを追いかけると、他の仲間たちも続いていく。
一人取り残されたメアリーは、玉座に近付くと手で触れた。
「羅刹が消えなかったとなれば、きっとモンスターじゃないはず。もしかしたら、このダンジョン自体が遺跡になっているとか?」
ロストアイテムに興味があるメアリーは、その日からダンジョンに入っては古代の遺跡について調査を行った。
◇
その日もメアリーは一人で調査を行っていた。
玉座に刻まれた文字を解読する日々。
メアリーは夢中になって古代遺跡を調べていたが、それは同時に現実逃避でもあった。
アンと違って、メアリーに居場所はない。
魔法使いとしてはフィールドに負け、本で蓄えた知識も活躍する機会が少ない。
自分が足手まといになっているのは気付いており、古代遺跡の調査に逃げている部分もあった。
だが、メアリーにとっては調査が天職だったようだ。
「ふぅ~、これが終わったら次はあっちを調べてみようかな」
額の汗を拭いながら立ち上がると、メアリーに近付く人物が一人。
「相変わらずだな。そんなに遺跡の調査が面白いのか?」
「ひゃっ!? リーアさん? あ、あの、ど、どうしてここに?」
ビクビクしながらリーアが来た理由を尋ねる。
もしかして、手伝いもせず調査を続けている自分を叱りに来たのではないか?
あるいは――。
(もしかして、わたしを追い出すつもりで?)
――仲間から追放されるのではないか? そんなことを想像していると、リーアが自分のアゴをなでながら遺跡の一部を見ていた。
「いや、毎日飽きずに長時間調査をしているから、根を詰めすぎていると思ってさ。たまには体を休めた方がいいぞ」
「へ?」
「フォウやフィアも心配していたからな。また、メアリーお姉ちゃんに色々と教えてもらいたい、って言っていたから伝えに来たんだ」
フォウとフィアは、ダンジョン近くに集落がある現地人の双子だった。
入植してきたメアリーたちに興味があるのか、現地人の大人たちが近付いてこない中でも積極的に関わってくる子供たちだ。
「あの子たちがわたしを心配していたんですか?」
「あぁ。それから、俺も心配していたよ」
「リーアさんが?」
キョトンとするメアリーを見て、リーアは心外そうにしている。
「俺って薄情に見えるのかな? 最近落ち込んでいたみたいだから、これでも心配していたんだけど?」
「え、えっと、あ、ありがとうございます」
礼を言うメアリーを見て、リーアは困った顔をしながら言う。
「メアリー、遺跡の調査は楽しいか?」
リーアの問いにどう答えるべきか考えたメアリーだが、自分にとって夢中になれる物を見つけたこともあって頷いた。
「わたし――もっと色々と調べたいです。皆さんの役には立てないけど、でも――」
ようやく夢中になれる物を見つけた。
仲間から追放されたとしても、これだけは続けたいと思っているとリーアが微笑む。
「別にいいんじゃないか? この辺りに住み着いて開拓も進めるつもりだし、しばらくは自由に出来る時間もあるからな。何せ、この辺りの人たちからすれば、俺たちは羅刹を倒した英雄だ。少しくらい自由にしても許されるだろ」
「いいんですか?」
「遺跡の調査をしていたメアリーは、楽しそうな顔をしていたよ。きっと、メアリーにはこれが合っているんだ」
メアリーは、リーアが遠回しに仲間から追放するつもりであると察する。
「――やっぱり、わたしは邪魔ですか? 遺跡の調査に専念しろって事は、そういう意味ですよね?」
落ち込むメアリーに、リーアは頭をかいて必死に勘違いを訂正してくる。
「いや、そもそも旅も終わりだから! 今後はここを拠点に開拓をするから、冒険はこれでお終いって流れでね。それぞれが、自分の道を進みましょう~って話だから!」
元々、メアリーたちは新天地を求めてここに来た。
入植できそうな場所も見つかり、冒険はこれでお終いとなる。
リーアはメアリーに微笑む。
「だから、メアリーも自分の好きなことをしたらいいよ。俺は一度、ラーシェルに戻って入植希望者を募るつもりだ。それが終われば、しばらくは畑を用意するために忙しくなるからさ」
旅が終わることをメアリーも望んでいたが、いざ終わると寂しくなる。
「あの、旅が終わってもわたしと会ってくれますか?」
(あぁ、そうか。わたしはきっとこの人が――)
リーアは笑顔でメアリーに答える。
「いつでも会いに来いよ」
その返事を聞いて、メアリーは自分の中に温かい何かが広がるのを感じた。
「はい!」
◇
夜になると、メアリーもダンジョンを出て家にしている簡易的な建物に戻った。
急造で隙間風が入り込む小屋を姉のアンと二人で使用している。
メアリーが小屋に入ると、アンはまだ戻ってきていなかった。
「お姉ちゃんが遅いなんて珍しい」
普段はメアリーよりも先にベッドに入って眠っているのだが、今日に限っては違うようだ。
娯楽も少ない土地であるし、夜になれば寝るしかない。
メアリーはさっさと寝るために支度をするのだが、外から声が聞こえてきた。
それは、アンとホルファートの声だった。
壁に耳を当てると、二人の会話が聞こえてくる。
どうやら、ホルファートがアンに強引に迫っていた。
「アン、俺と来い! リーアと一緒にいても夢は見られないぞ。あいつは、どこまでもお人好しの馬鹿野郎だ。せっかくのチャンスを捨てて、ただの農民に成り下がろうとしていやがる」
「――それがどうしたのよ?」
「アン?」
「私はリーアが好きなのよ。悪いけど、あんたに興味なんてないわ」
メアリーはアンの言葉に呆然とした。
アンがリーアを好き? それでは、自分では勝ち目がないではないか。
人気者で皆に好かれているアンと比べて、自分には何もない。
小屋にアンが近付いてくる足音を聞いて、メアリーはベッドに潜り込む。
(わたしがお姉ちゃんに勝てるわけがない。でも、せめて――リーアさんとは一緒にいた)
一緒になれずとも、好きな遺跡調査をして近くで暮らす。
それが、メアリーにとって細やかな望みだった。
それから数日後、リーアはラーシェルに向かって旅立った。
そして、二度と戻っては来なかった。
◇
「これから俺たちがこの周辺の集落を支配する!」
周辺集落から男たちを集めたホルファートが、そう宣言したのはリーアが戻ってこないまま数ヶ月が過ぎた頃だ。
羅刹を倒したという事実は大きく、現地人たちはホルファートたちに逆らおうとはしなかった。
青髪の青年――アークライトが呟く。
「最初からこうすれば良かったんだ。あいつのやり方は温すぎる」
ホルファートは、逆らう者たちが出ないのを確認すると声を大きくする。
「今日からは俺がお前たちの王だ!」
ひれ伏す現地人を前に、ホルファートは高笑いをしていた。
その様子を見ていたメアリーは、ホルファートが何かをしたと察した。
(この男――もしかして、リーアさんを)
何かと意見が対立することは多かったが、実力行使に出るとはメアリーも考えていなかった。
メアリーはすぐに小屋へと戻る。
◇
「姉さん! ホルファートが――姉さん?」
小屋に戻ったメアリーが見たのは、泣き崩れるアンの姿だった。
普段は強い姉の姿しか見たことがないメアリーだったが、弱々しいアンの姿に唖然とする。
アンはメアリーが戻ってきたと知ると、泣きながら言う。
「――リーアが死んだって。もう、戻ってこないって」
「ね、姉さん」
「私の――私のリーアが」
私のリーア――その言葉を聞いて、メアリーの中に激しい憎悪がこみ上げてきた。
(私の、ですって? 小さい時から何もかも手に入れておいて、わたしが一番欲しかった人まで当然のように奪って――どこまでも図々しい女)
リーアを諦めていたメアリーだが、心は納得できなかった。
どうしようもない憎悪が、心の奥からこみ上げてきて止められなかった。
(許さない。ホルファートも――この女も――絶対に許さない)
◇
小屋を出たメアリーは、これから自分が何をするべきか考えていた。
(ホルファートは絶対に許せない。そもそも、他の四人だって怪しいわ。リーアさんがいないとここまで来られなかった癖に)
あの五人に復讐する気持ちはあったが、どのようにするべきか悩んでいた。
この辺り一帯を火の海にしてやろうと頭をよぎったが、丁度そのタイミングでフォウとフィアが現われる。
「お姉ちゃん、大人たちが何だか変なんだよ。何かしらない?」
フォウに問われて戸惑うメアリーは、困ったように微笑む。
「わ、わたしもわからないな。けど、今日は大人しくしている方がいいかもね」
そして、今度はフィアが答え難い質問をしてくる。
「それから、リーアお兄ちゃんは? すぐに戻ってくるって言っていたのに、帰ってこないんだよ。戻ってきたら、新しい遊びを教えてくれるって言ってくれたのに」
メアリーは二人の姿を見て、復讐心を一時だけ抑え込むことにした。
(ここで暴れ回ったら、せっかくリーアさんが手に入れたものもなくなってしまう。せめて、現地の人たちはわたしが守らないと)
双子が首をかしげているのを見て、メアリーは無理をして微笑む。
「リーアお兄ちゃんはね――ちょっと遠くに行ったの。だから、会えるのは当分先になるかな」
誤魔化したメアリーは、心の中で葛藤していた。
すぐに復讐してやりたい気持ちと――双子を始め、仲良くなった現地人たちを守りたい気持ち。
そして――。
(あの女はどん底に叩き落としてやる)
◇
それから数年後。
ホルファートは国王を名乗ると、入植者を募って急速に勢力を拡大していった。
森を切り開き、建物が建ち並び、人口が増えた。
ダンジョンを所有しているため、何度もこの土地を奪おうと攻め込まれた。
その度に、ホルファートたちが戦場に立って敵を退けた。
その際に活躍したのは――メアリーだった。
あの日――アンに憎悪を抱いたメアリーは、遺跡の調査をしなくなった。
毎日のように魔法の腕を磨き、そして戦場に立って敵を退けた。
次第に仲間たちにも認められるようになったメアリーは、仲間内でも発言力を高めていた。
そして、ついにその日が来た。
リーアを失ってから無気力になったアンは、その回復魔法の腕を見込まれて病院で怪我人の治療を行っていた。
淡々と怪我人を治療する日々を過ごしていたアンだが、人々からは「聖女様」と呼ばれるようになっていた。
病院もいつの間にか神殿のような扱いをされるようになり、人々から崇められていた。
しかし、アンの心にはぽっかりと穴が空いたまま。
そんなアンに、メアリーは頃合いだと判断して近付いた。
「久しぶりね、姉さん」
「――何か用かしら? また羅刹の道具を調べさせろと言うの? それなら、倉庫にしまってあるから好きにしなさい」
「今日は別の用事があるの。実はね――リーアさんの事なんだけど」
「見つかったのか!」
リーアの名前を出すと、アンの目の色が変わった。
メアリーが頭を振ると、アンは明らかに落胆する。
「そうか。もう帰れ。お前の顔を見ていると苛々する」
「相変わらず酷いわね。たった一人の妹なのだから、もっと優しくしてよ」
メアリーがクスクスと笑うと、アンが眉間に皺を作って不快感を表した。
「以前よりも性格が悪くなったようだな。昔の方が、まだ可愛げがあったぞ」
「――そうかもしれないわね。でも、わたしの話を聞いた方がいいわよ。リーアさんを殺した犯人を知りたくないの?」
「殺された? リーアは飛行船の事故だと――」
「ホルファートよ。あいつ、リーアさんと対立していたでしょ? リーアさんが消えて、一番得をしたのは誰よ?」
アンの瞳の奥に妖しい光が灯るように見えた。
メアリーは、考えていた作戦を実行に移す。
「今から殴り込みをかけても無駄よ。ホルファートの周りには護衛もいるし、国も大きくなってきたからね。姉さん一人ではどうにもならないわ」
「――許さない。よくもリーアを――ホルファート、あいつら全員――」
復讐心に支配されたアンの姿を見ながら、メアリーは提案する。
「姉さん、わたしにいい考えがあるのだけど?」
「何だ?」
「わたしが以前に羅刹の道具を調べていたのは知っているわよね? その時に知ったんだけど、あの道具には持ち主の心を宿せるの」
「だからどうした? 心を宿した程度で、何が出来る?」
「聖女様の人気が凄く高いみたいでね。あいつら、立派な神殿を建造して、そこに羅刹の道具を神具として飾る計画を立てているのよ。羅刹の道具に姉さんの心を宿して、次の持ち主を操ってしまえば――」
メアリーの計画はとても手間のかかるものだったが、アンは必ずホルファートたちに復習すると心に決めていた。
そのため、メアリーの計画にも真剣に耳を傾けていた。
「私が直接乗り込むのは駄目なのか?」
「今まで何もしてこなかった姉さんと、修羅場をくぐり抜けてきたわたしたちを一緒にしないでくれる? それに、あいつらは最近色々と買い揃えていてね。新しい鎧が出たのは知っているかしら?」
「――確か、人では動かせない重装甲の鎧に浮遊石を入れたやつか?」
「魔法対策もしているから、並の人間では太刀打ちできない代物よ。それが何十体といるんだけど、姉さんは勝てるかしら?」
浮遊石という浮かぶ性質を持った石を鎧に取り付け、人でも百キロを超える鎧を着ながら走り回れるようになった。
徐々に戦場にも登場しており、鎧の数が戦局を左右するとまで言われている。
アンは頭に血が上っているようだが、そんな鎧を相手に確実に勝てるとは考えていないらしい。
「私の心を羅刹の道具に宿して、他者を操り近付くのか」
「そうよ。その方が確実にあいつらを殺せるわ」
「――いいだろう。お前の計画に乗ってやる」
リーアを失ってから自暴自棄になったアンは、道具に心を宿すことにためらいがなかった。
メアリーはアンから見えない位置で、醜悪な笑みを浮かべていた。
「そう。なら、すぐに準備するわね」
◇
それから数時間後。
メアリーは、姿を変えた羅刹の道具を前にしていた。
そして、近くにはうつろな表情をしたアンの姿がある。
「やった! ついにやったわ! あいつの心を道具に宿すことに成功した! あの馬鹿女、わたしが本当に手助けすると思っていたのかしら? 本当に傲慢よね」
メアリーが狙っていたのは、アンの心を道具に宿すこと。
そして、心を抜かれたアンの肉体はまるで人形のようだった。
声をかければ反応するし、最低限の生活は行えるが――そこに本人の意志があるかは不明だ。
ただ、生きているだけの状態だった。
「――アン、あなたの体は辺境にでも売り払ってあげる。心は道具に宿したし、もう抜け殻なんていらないわよね?」
返事がないのに問い掛けたメアリーは、今度は羅刹の道具に自分の心を宿すことにした。
ただし、宿すのは――負の感情のみ。
危険な行為だが、メアリーはアンに対する憎悪から決行する。
「あんたが復讐を果たす前に、わたしに全て奪われるの。肉体も、そして心も、何もかも失うのよ、馬鹿女」
それから数日後、アンを極秘に辺境送りにしたメアリーは――憎悪や執着心といった負の感情を羅刹の道具に宿した。
負の感情を切り離したメアリーは、その後にアンの代役として聖女となる。
皮肉にも負の感情を切り離したメアリーは、慈愛に満ちた聖女として人々に広く愛されてその生涯を閉じた。
◇
「――というわけよ」
メアリーの昔話が終わると、俺は言わずにはいられなかった。
「姉に対する復讐心でそこまでするのかよ」
普通に考えればあり得ない行動だが、メアリーの中では正しいようだ。
「身も心も踏みにじられるあの馬鹿女の姿が見られるなら、わたしはここまでやるよ。さて、話も終わったしさ――わたしだけのリーアになってくれるよね?」
まるで決定事項のように言っているが、俺は了承した覚えがない。
俺はライフルを構えて答えとした。
「お断りだ。俺はリーアじゃなくて、リオンだ。ご先祖様の代わりなんてできるかよ」
断言する俺を見て、マリエが少しだけ嬉しそうにしていた。
マリエがメアリーを指さす。
「残念だったわね」
すると、メアリーが小さくため息を吐いたと思えば――眉間に深い皺を作って瞳をどす黒く染めていた。
「あ、そう。だったら、お前たち全員――死ねよ」
残念ながら、アンのように俺の姿を見て動揺してくれる程の可愛げは期待できそうになかった。
(その9了)