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「あの乙女ゲーは俺たちに厳しい世界です 1」著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。
大雨が降る夜。
突風で窓がガタガタと音を立てていた。
豪華な調度品で揃えられた広い部屋では、暖炉に火が灯っている。
普段は家族で過ごす憩いの場だが、今日に限っては子供達の姿しかない。
長女である【ヘルトルーデ・セラ・ファンオース】は、風雨に怯える妹を抱きしめている。
二人とも癖のない綺麗な黒髪と、赤い瞳が特徴的な女の子だった。
妹の名前は【ヘルトラウダ・セラ・ファンオース】。
黒髪を首の後ろで結び、ポニーテールにしている。
「お姉様、まだお父様とお母様は帰ってこないの?」
震えるヘルトラウダは、両親が早く王城に戻ってこないかと待ちわびている様子だった。
二人きりで心細いのだろうが、それはヘルトルーデ――ルーデも同じだ。
しかし、自分がお姉さんであるという自覚が、年上らしく振る舞わせる。
泣きそうな妹を宥めようと、笑顔で接する。
「大丈夫よ。すぐに戻ってきてくれるわ。でも、今日は遅いからもう寝ましょう。明日になれば、二人とも帰っているわよ」
「帰ってくるって言ったのに――」
公務で王城を出た両親は、本来であれば今夜の内に戻るはずだった。
しかし、窓の外を見れば風雨に加えて雷も発生している。
強い光の後には、少し遅れて激しい落雷音が聞こえてきた。
二人して抱き合いながら「きゃっ」と小さな悲鳴を上げ、ルーデは恐る恐る窓の外を見る。
「この雷雨で遅れているのかもね」
「え~、今日はお母様に絵本を読んでもらう約束をしていたのに~」
今夜の内に戻ってこられないと聞いて、ラウダは涙目で拗ねた顔をする。
困ったルーデは、母親の代わりに絵本を読むことにした。
「だったら、私が読んであげるわ」
「お姉様、もう絵本が読めるの?」
「よ、読めるわ――全部じゃないけど」
ルーデの様子に怪しい視線を送るラウダだったが、立ち上がると本棚へと向かってお気に入りの絵本を手に取って抱きしめる。
それは、公国では有名な絵本だった。
「だったら、これを読んで」
ラウダのお願いに、ルーデは絵本の表紙を見て小さく笑った。
「黒騎士の物語? ラウダったら、本当にその絵本が好きなのね」
公国では知らぬ者がいない偉大なる英雄――黒騎士バンデルをモデルとした絵本だった。
ラウダは瞳を輝かせて頷く。
「うん! だって絵本のバンデルは、髪の毛がふさふさでかっこいいもん!」
幼子の素直で残酷な言葉に、多少は大人の事情も理解しつつあるルーデが顔を背けた。
頭部のことには触れないだけの分別を、幼いながらもルーデは持ち合わせている証拠である。
「そ、そう。でも、それをバンデルに言ったら駄目よ」
ルーデの言葉を聞いて、悪気のないラウダは小首をかしげる。
「どうして?」
「ど、どうしても! 駄目なの! ――ほら、寝室に行くわよ」
ルーデも立ち上がってラウダの手を引くと、そのまま部屋を出る。
ドアを開けると、そこには護衛の兵士とメイドたちの姿があった。
だが、彼らは落ち着かない様子だった。
ルーデとラウダが出てくると、僅かに驚いて慌てて平静を取り繕う。
その様子が、ルーデには違和感となった。
(何かしら? ピリピリしている感じがする)
周囲が緊張しているのを感じるも、子供であるルーデは明確に言葉にすることが出来ない。
徐々に自分の中で不安が広がっていくが、妹のラウダがいるので気丈に振る舞おうとしていた。
不安があっても大丈夫と見せるため、普段のように振る舞う。
「もう寝室に向かうわ」
メイドたちが互いに顔を見合わせてから、一人が深く頭を下げる。
「かしこまりました」
一人のメイドと、護衛の兵士たちに付き添われて二人が寝室へと向かう。
薄暗い廊下を照らすのは、メイドが持ったロウソクの灯だ。
普段何気なく歩いていた廊下だが、今日はいつもより心細かった。
そんな時に、廊下の奥から歩いてくる人物がいた。
公国の大英雄である【バンデル・ヒム・ゼンデン】――額に傷のある大男は、とても辛そうな顔をしていた。
普段は二人に優しいバンデルの姿を見たルーデは、喜んで声をかける。
「バンデル!」
声をかけた瞬間、バンデルは目を見開いてルーデとラウダの姿を見た。
そして一瞬、酷く辛そうな顔をするが、首を横に振って表情を改める。
厳つい顔からは想像できない優しい声色で、二人に話しかけてくる。
「まだ起きておられたのですか? 早く寝なくては、大きくなれませんよ」
注意されたラウダは、頬を膨らませていた。
「絵本を読んでから寝るの! 本当はお母様に読んでもらうつもりだったのに」
ラウダが愚痴をこぼした瞬間、バンデルは眉根を寄せて辛そうな顔をする。
心配になったルーデは、バンデルに近付いた。
「どうかしたの、バンデル? どこか痛いならバンデルも眠った方がいいわよ」
ルーデがバンデルを心配すると、ラウダも気になってしまったようだ。
「バンデル病気なの?」
絵本を抱きしめて悲しそうにするラウダを見て、バンデルが無理に笑顔を作った。
厳つい顔付きながら、二人のために出来る限りの笑顔を見せている。
バンデルがここまでするのは、ルーデとラウダを相手にした時くらいだろう。
「どこも痛くは――いえ、今日はちょっと古傷が痛みますかな? わしも早く眠るとしましょう。姫様方も早くお休み下さい」
そう言って、バンデルは足早に二人のもとを去って行く。
その姿を見送るメイドと護衛の兵士たちは、バンデルが横を通り過ぎるだけで緊張していた。
――畏怖。
公国最強の騎士として恐れ、敬われている。
ラウダがルーデの手を強く握ってくる。
「お姉様、今日のバンデルはどこか変でしたね」
「――そうね」
ラウダから見ても、今日のバンデルは普段と様子が違っていた。
◇
二人が寝室に到着すると、大きなベッドに飛び込んだ。
枕元に灯を用意して、大きな絵本を広げる。
ルーデが絵本に書かれた大きな文字を読み始める。
「あるところに、ファンオース公国という平和で美しい浮島がありました」
絵本では黒騎士と呼ばれるようになったバンデルの活躍が、手短にまとめられている。
平和な公国に攻め込んできたホルファート王国が、残虐の限りを尽くしたところから物語は始まる。
「壊れた公都を見て黒騎士は決意します。王国を許してはならない!」
気持ちを込めて少し大きな声を出すと、眠りかけていたラウダがハッと目を覚ました。
だが、すぐに眠くなったのか、またすぐにウトウトする。
「ふふっ、お休みなさい、ラウダ。――絵本は、また明日にでもお母様に読んでもらいなさい」
◇
(幼子二人から両親を奪うなど許されない。だが――だが!)
二人のもとを立ち去ったバンデルは、苦悩から胸を痛めていた。
右手で服の胸元を握りしめる。
窓の外では雨風が吹き荒れ、雷まで起きている。
その様子を眺めながら後悔していた。
(こうするしかなかった。こうするしか――わしは――家族の仇を討つためだけに、人生を捧げてきた。今更、復讐を止めるなど認められるものか)
左手で拳を作って握りしめる。
窓にうっすらと映るバンデルの表情は、険しくなっていた。
(ホルファート王国と和平を結ぶなどと言い出さなければ、わしとて――どうして、理解して下さらないのか)
殺意が滲み出た表情だったが、次第に緩んで何とも言えない顔になる。
バンデルは、先程の二人の顔を思い出して胸が苦しくなった。
(傍観していただけだろうと、これはわしの罪だ)
両手を下げたバンデルは、窓に写る情けない自分の顔を見る。
(陛下、王妃様、許してくれとはもうしません。ただ、姫様たちだけは、このバンデルが命をかけて守ると約束します)
仕えていた主君に対して謝罪をし、そして二人の姫を守ると誓う。