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「モブせか」完結記念 連動購入特典の著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。

いざ砂漠の国へ


 青空の中を白亜の飛行船が飛んでいた。
 飛行船はアインホルン級三番艦として建造されたユニコーンだ。
 ネームドシップであるアインホルンと、二番艦であるリコルヌを失った後に、新たな象徴として建造された。
 国家の威信を示すため建造されており、その全長は三百メートルと強大だ。
 船首にはアインホルン級の特徴である角が引き続き用意され、白亜の船体に金色の装飾が施された煌びやかな飛行船だ。
 そんなユニコーンの周囲を固めるのは、ホルファート王国軍の飛行戦艦たちだ。
 ユニコーンを守る艦隊は、王国軍の最新鋭の飛行戦艦で編制されている。
 艦隊の数は三十隻。
 ユニコーンの船室にある窓から艦隊を眺めるのは、普段のドレスを脱いで白いシャツに黒いパンツという恰好の【アンジェリカ・ラファ・バルトファルト】だった。
 窓の側に用意されたテーブル席には、これから向かうオシアス王国関連の本が幾つも置かれていた。
 休憩中に外の景色を眺めたのだが、護衛艦隊と空と海が見えるだけだった。

「久しぶりに王宮を出られて気分転換が出来たが、代わり映えしない景色というのも飽きてきたな」

 バルトファルト朝を開いてから、アンジェは不在であるリオンの代わりに王妃として王国をまとめていた。
 口の悪い者たちからは、新王朝の女王陛下、などと言われるくらいにはめざましい活躍をしていた。
 そんなアンジェが王宮を離れられたのは、これまで縁もゆかりもなかったオシアス王国との間に友好関係を結ぶためだ。
 正式な同盟の締結のために、調印式に出る予定だ。
 国王不在の状況で、王妃までもが外国に出るという非常事態である。
 しかし、アンジェからすれば久しぶりの息抜きでもあった。
 同行するのは【ノエル・バルトファルト】である。
 毛先に向かうほどピンク色になるグラデーションの入った金髪を、右側でサイドポニーテールにまとめている。
 学生の頃から変わらない髪型だが、着用する服装はワンピースにカーディガンと落ち着いた物を好むようになっていた。

「飽きたというよりも、待ちきれないだけじゃないの? だって久しぶりにリオンに会えるからね」

 アンジェの内心を見透かしたノエルが、ニシシッと笑っていた。
 ノエルに図星を突かれたアンジェは、表情を変えずに落ち着いた態度を崩さない。
 反応すればノエルを喜ばせ、からかわれると理解しているから。

「メールや動画だけというのは味気ないからな。そう言うノエルは、リオンと会うのがさほど楽しみでもないらしい。倦怠期というやつか?」

 意地の悪い返しをされたノエルは、顔を背けてつまらなそうな表情をする。

「アンジェリカも人が悪くなったよね」
「王宮で生きていれば嫌でもこうなるさ。……今になってミレーヌ様の凄さを実感しているよ。あの方の精神力は見習いたいものだな」

 野心や陰謀の渦巻く王宮から国の舵取りをするアンジェは、人間の汚い部分を見てきて心が荒んでいるのを自分でも実感していた。
 自分を指導してくれたミレーヌが、いかに優れていたのかを今になって痛感させられている。
 アンジェの話を聞いたノエルも同意する。

「元王妃様の精神力はあたしだって見習いたいくらい図太いよ。普通さ、自由になったからって本当に押しかけてくるとは思わなかったし」

 当時の状況を思い出したアンジェの表情が消えた。
 ミレーヌがリオンの元に押しかけてきた時は、初の家庭内修羅場が発生して大変だった。

「私だって予想外だ。ローランド様の策略だったと知った時は、思わず暗殺も考えてしまったよ」

 ミレーヌが来たことで、激しく抵抗したのはクラリスやディアドリーだった。
 リオンがどれだけミレーヌに夢中であるかを知っており、危機感を抱いたのだろう。
 何故かアンジェたちがフォローする側に回るという展開になり、結果的にリオンが「ミレーヌ様を見捨てられません!」と言ってアンジェたちを前に土下座を披露して……これにヘルトルーデとルイーゼが、激怒するという展開に発展した。
 まさかリオンが土下座するほどミレーヌを求めるなど、二人は思ってもいなかったのだろう。
 最終的にアンジェ、リビア、ノエルの三人でリオン側に回り、四人を説得した経緯を思い出す。
 アンジェは思う。

(どうして私は義母になるはずだった人を庇ったのだろう? 私が一番怒っていいはずなのに)

 アンジェが初の修羅場を思い出していると、ノエルは真剣な顔で呟く。

「実行すればよかったのに」

 ミレーヌ事件からアンジェたちの中で、ローランドに対する評価は底値を割っている。
 ノエルですら無表情で暗殺を実行してほしかった、と冗談で言えるくらいには嫌っていた。
 アンジェが小さくため息を吐く。

「そう言ってやるな。暗殺を考えた私が言うのもおかしいが、以前にローランド様が女性に刺された時にリオンが動揺したからな。あいつの精神的な負担になる行動は避けたい」

 ノエルもローランドが刺された際に、リオンが動揺したことを思い出していた。

「あの二人の関係って何なのかな? 憎み合っているはずなのに、時々凄く仲がよく見えるよね」
「……同族嫌悪なのかもしれないな」

 二人があれこれ話をしていると、部屋のドアがノックされる。
 レッドグレイブ公爵家でアンジェの世話係をしていた【コーデリア】だった。

「アンジェリカ様、司令官殿が艦橋でお待ちです」
「わかった。すぐに向かう」

 返事をしたアンジェが席を立つと、ノエルも同行する。

「そろそろだっけ? あたしも行こうっと」

 気軽に艦橋に立ち入るというノエルに、アンジェは苦笑する。

「リコルヌの時とは違うのだが、お前ならいいか」



 ユニコーンから艦隊の指揮を執る司令官は【ブラッド・フォウ・フィールド】だった。
 自前で用意したと思われる紫色の軍服やコートを着用し、自分で飾り付けた司令官席に座っていた。
 胸元には赤い薔薇が一輪挿してある。

「オシアス王国の艦隊との合流地点に、予定通りの到着だ。あちらは少し遅れているみたいだけどね。ふぅ、時間厳守は紳士の基本だというのに困ったものだね」

 艦橋にやって来たアンジェは、以前よりも自己愛に磨きのかかったブラッドを見て遠い目をする。

「……王国の人材不足を嘆くべきか、それともお前が有能なのを認めるべきなのか悩ましい」

 艦隊司令を務めるのが、同級生のブラッドだ。
 残念なことに、他の候補者たちと比べてもブラッドが有能だったので今回の護衛艦隊の司令官に選ばれてしまった。
 ノエルが周囲の船員たちの何とも言えない表情を見て、ブラッドに言う。

「回りも困っているから少しは自重したら?」

 ブラッドは前髪を指ではねてから返事をする。

「おや? これでも僕は控えめにしているつもりだよ」
「自重してこれなの!? それと、後ろに子供の絵を飾るとかどうかと思うよ」

 艦橋にはブラッドの娘の絵が飾られていた。
 紫色の髪を持つ赤ん坊である。
 ブラッドが瞳を潤ませる。
 既に周囲のことは気にも留めていない。

「あぁ、僕とマリエの愛しの姫!! パパは仕事を終えたら、君のもとに必ず戻るからね!! お土産は期待してくれ。僕の活躍を子守歌代わりに沢山聞かせてあげるから!」

 絵に向かって声を張り上げるブラッドに、アンジェが平手で頭を叩く。

「やかましい! それよりも合流の準備をしろ」

 叩かれたブラッドがクルーたちに指示を出す。

「りょ、了解しました、王妃様。合流の準備に入る。艦列を整えて出迎えをお行儀よく待つとしようか。それから、念のために周辺警戒も忘れないようにね」

 護衛艦たちが、ユニコーンを中心に艦列を整えるため動き出す。
 司令官であるブラッドも表情を引き締め、周囲に聞こえない声量でアンジェに問い掛けてくる。

「今回の同盟締結だけど、やっぱり急ぎすぎじゃないかな?」

 交流を開始してから短期間で同盟締結にこぎ着けたわけだが、国内では急ぎすぎているという意見が多数だった。
 黙っているアンジェに、ブラッドは続けて問題点を指摘する。

「時間をかければ優位に交渉を進めただろうに、と思っている貴族たちは多いよ。実際、同盟締結のためにこちらがいくらか譲歩したからね」

 アンジェは小さくため息を吐くと、ブラッドの顔に視線を向けた。

「私の独断専行が過ぎると騒いでいる連中がいるらしいな。実際に間違いでもないから言い返せない」

 事情を知るブラッドは、心配そうにアンジェを見ていた。

「リオンが表に出られないから、君が国王を閉じ込めて好き勝手に権力を振るっているように見えてしまうのが問題だよ」

 ホルファート王国の女王陛下……国王を監禁し、権力を意のままに操る、と一部の貴族や領民たちが騒いでいた。
 皮肉なことに、原因は表に顔を出さないリオンにある。
 ヴォルデノワ神聖魔法帝国を撃ち破った英雄は、ホルファート王国の生きた英雄として大人気だ。
 リオンを差し置いて権勢を振るうアンジェは、英雄を利用する悪い奴、となっていた。
 アンジェが苦笑する。
 この場は王妃と司令官ではなく、秘密を共有する元学友という立場で話をする。

「今回の件は私から見ても急ぎすぎているし、王国に損失を出したと自覚しているよ。だが、中長期的に考えれば、急ぐしかなかった」

 自国に損失を出させても、同盟締結を急ぐ理由がアンジェたちにはあった。
 ブラッドも事情を知るだけに難しい表情をする。

「事情を知る僕らからすれば仕方がないと理解できるけど、表向きは失敗だから困るよね」

 あの乙女ゲーの事情から同盟締結を急いでおり、それは事情を知る者たちからすれば正解だった。
 事情を知らない者たちには、失敗にしか見えないのが問題だ。
 アンジェも悩ましい表情になる。

「そうだな。学生時代のリオンもこんな気持ちだったのかもな」

 学生時代にリオンがとった不自然な行動を思い出しながら呟くと、ブラッドが頬を引きつらせた。

「リオンは僕たちみたいに悩んでいなかったと思うよ。むしろ、軽率に行動して後々苦労したタイプだよね? 王妃様はリオンに甘すぎるよ」

 リオンに対して甘すぎる評価を下すアンジェに、ブラッドは納得いかない様子だった。
 アンジェはブラッドに険しい表情を向ける。

「お前たちがリオンを過小評価しているだけだ」
「違うね。リオンは君が思うよりもずっと凡人で――」

 学生時代の関係に戻って話を続ける二人だったが、ユニコーンの艦橋にあるブラウン管のモニターにクリスの顔が映し出された。
 かつてリコルヌに設置されていた巨大モニターとは違い、小さくて映像の質も悪い。
 それでも現時点では王国の最先端技術だ。
 ノイズの入った画面に映るクリスは、険しい表情をしていた。
 護衛艦隊の機動騎士部隊を率いる立場で、肩書きは親衛隊隊長となっている。

『緊急の用件で挨拶は抜きだ。周辺偵察に出ていた味方機が戻ってきた。合流予定にない艦隊がこちらに接近しつつある。数は五十隻以上だ』

 無愛想な報告をしてくるクリスに、ブラッドがアゴに手を当てて返事をする。

「空賊にしては数が多いね」
『部下の報告を聞く限り軍隊だな』

 軍隊と聞いてアンジェが二人に会話に割り込む。

「国旗は? オシアスではないだろうな?」

 合流予定の艦隊が変更になり、相手側の数が違っただけ、という可能性も捨てきれない。
 クリスは淡々と答える。

『国旗は掲げていなかった。事前に調べたオシアスの飛行戦艦と建造様式も異なっている』

 アンジェは視線をブラッドへと向ける。

「オシアスの秘密結社か、もしくは周辺国の可能性が高いな。ここで我々を叩いて両国の関係を悪化させたいらしい」

 ブラッドは悩ましい表情をしている。

「リオンの報告書に書かれていたね。襲撃の可能性は考えていたけど、これならもっと数を増やしておくべきだったよ」

 飛行戦艦の数で劣っているのを、ブラッドは気にかけている。
 だが、護衛艦の数を増やせない事情もあった。

「これ以上数を増やせばオシアスを刺激する。それから、合流予定のオシアスの艦隊は無事だろうな? 我々が騙し討ちをしたなどと思われれば、今後の計画に支障が出るぞ」

 ブラッドはアンジェの予想に同意し笑うのだが、それは自棄になった強引なものだった。

「それありそう。最悪、オシアスと戦争になるね」

 笑っているブラッドに冷めた目を向けるアンジェは、王妃として命令を出す。

「何とかしろ、司令官殿」
「……了解いたしました、王妃様」

 冷や汗をかくブラッドは、所属不明の敵と思われる艦隊と戦いつつ、合流予定のオシアス軍を探すという仕事に取りかかるのだった。



 オシアス王国の首都はブエルバラという名だ。
 砂漠の国であるが、巨大なオアシスに建造された自然豊かな巨大都市である。
 そんなブエルバラから数十キロ離れた砂漠に、エリシオンが用意した基地が存在していた。
 いわゆる秘密基地というやつだ。
 ロッカールームでパイロットスーツに着替える俺【リオン・フォウ・バルトファルト】は、嫌な熱気に辟易していた。
 じんわり滲んだ汗のせいでスーツがひっかかり、着替えを苛立たせてくるからだ。

「同盟締結のために遙々やって来た俺の王妃様を襲撃するとか、秘密結社の連中もやってくれるよな。それにしても、ここ蒸し暑いな」

 着替えている俺の横にいるのは、既に着替え終わったグレッグだ。
 以前よりも日焼けして濃い褐色の肌になっているのは、俺のサポートをするためオシアスを駆けずり回っているからだろう。

「お前は首都に戻って涼めるからマシだ。俺はずっとこの場所で蒸し暑いままだぞ」
「冷却装置があるだろ? 使えよ」
「一日中涼んでいると負けた気がするから嫌だ。あと、どうせトレーニングで汗をかくから」
「なら文句言うなよ」
「言わせろよ! 俺はお前と違って単身赴任だぞ! おかげで、マリエと過ごす順番が最後になっちまった……くそっ」

 俺たちの活動をサポートするために、派遣されたのがグレッグだ。
 指名したわけでなく、五馬鹿たちの話し合いの結果送られてきたのだ。

「――いっそマリエと別れて別の人と結婚すれば寂しくないぞ?」
「それだけは絶対に嫌だ」

 真顔のグレッグに拒否され、俺は冗談を切り上げて引き下がる。

「あ、うん。そう言うと思ったよ」

 くだらない会話をしている間に着替え終わり、ロッカールームを出るとエリシオンが近付いて俺の左肩付近に来る。

『ユニコーンと合流予定のオシアス軍ですが、秘密結社にそそのかされた他国の軍隊に襲撃され散り散りに撤退しています。激しい追撃が行われていますね』

 アンジェたちを迎えに行ったオシアスの艦隊だが、途中で他国の軍隊に襲撃されたらしい。
 激しい追撃を行うのは、証人を一人も残さないためだろう。

「ホルファートと手を結ばれると困る奴らが多いとは理解していたが、まさかここまでするとは思わなかったよ」

 斜め後ろに立つグレッグが、俺の詰めの甘さを指摘してくる。

「相手もそれだけ真剣だってことだろ。オシアスの周辺国からすれば、今まで無関係だった遠い国が好条件で接近してくるんだからよ。お前は昔から大事な場面でミスが多いよな」
「おかげで今は国王だ。笑っていいぞ」

 振り返っておどけてやれば、グレッグが鼻で笑う。

「今は教師だろ? リオン先生」
「嫌みな野郎だな」

 二人して冗談を言い合いながら通路を抜けると、砂漠の地下に用意された格納庫に辿り着く。
 天井の明りに照らされるのは、全長四十メートルの輸送機だ。
 いいわけ程度の小さな翼を持つこいつは、オシアスで活動する俺たちのためにエリシオンが用意した。
 周囲では忙しそうに人と作業用ロボットたちが動き回っており、出撃準備が進められている。
 後部ハッチが開かれており、そこから俺たちの鎧が積み込まれていた。
 エリシオンが現状を報告してくる。

『ツヴァイは積み込み済みです。その他諸々の準備も完了しておりますので、いつでも出撃可能ですよ』
「それなら、アンジェとノエルを迎えに行くとしますか」

 俺が気合いを入れてタラップに一歩踏み込むと、後ろでグレッグが言う。

「ブラッドとクリスも来ているぞ」
「あいつらには会いたくないな」

 二人の名前を聞いて深いため息を吐いた俺は、やる気が大きく削がれた気がした。



 アンジェたちが乗るユニコーンは、護衛艦を引き連れて敵と思われる艦隊に追われていた。
 飛行船自体の性能はホルファート王国製の方が優れているようだが、逃げ回っている空域は敵にとって地の利があるようだ。
 艦橋に用意されたシートに座るアンジェの隣には、補助シートが用意されノエルが座っている。

「このまま逃げ切れるかな?」

 ノエルの問い掛けに、アンジェは司令官であるブラッドに視線を向けて答える。

「どうかな? だが、この場はブラッドに任せていればいい。普段はともかく、あいつは頼りになる男だからな」

 アンジェの言葉に、ノエルも微妙な顔で頷く。

「そう……だね。普段はともかく、今だけは頼りにしていいかも」

 ブラッドは真剣な表情をしていた。
 軍人の一人が大声を上げる。

「浮島より浮上する飛行船を確認しました!」

 遠くに見える浮島から出現するのは、隠れ潜んでいた敵艦隊の一部だった。
 数は多くないが、他にも潜んでいる可能性が高い。
 ブラッドは数十秒間思案した後に、全軍に向けて命令を出す。

「ここまでだね。逃げ回れば囲まれることになる。待ち伏せしていた敵を先に叩こう」

 ブラッドの命令を受け、軍人たちが慌ただしく艦内や味方艦に命令を伝える。
 ユニコーンを中心に護衛艦隊が、待ち伏せしていた敵艦隊に近付いていくとブラッドが部下からマイクを受け取った。
 外部スピーカーや、無線を使って呼びかける。

「こちらはホルファート王国の旗艦ユニ――」

 言い終わる前に、接近してきた敵艦隊が砲撃を開始してくる。
 信号弾も発射しており、空高く打ち上げられ、爆発すると赤い煙が広がっていた。
 艦隊の合間を砲弾が通り抜けると、ブラッドは苦笑する。

「――話し合いは嫌いらしいね。居場所も知られてしまったようだ。それでは、こちらも本気を出すとしよう。撃ち方はじめ!」

 ブラッドのかけ声に合わせ、ユニコーンと護衛艦の大砲が一斉に火を噴いた。
 大砲から一発、二発、三発と、次々に砲弾が発射されていく内に目の前の敵艦隊は数を減らして沈んでいく。
 飛び立った敵の鎧も撃ち落とされ、待ち伏せしていた艦隊が撃破されてしまった。
 圧倒的な力を見せ付け、軍人たちが歓声を上げる。
 しかし、ブラッドは難しい表情をしたままだ。

「ここで勝てても、オシアスとの関係が崩れると失敗になる。可能ならば合流予定だった艦隊を見つけたいところだね」

 今後を考えると頭が痛いのか、ブラッドの表情は曇ったままだ。
 アンジェがブラッドを労う。

「お前が鍛えた艦隊は優秀だな」
「お褒めにあずかり光栄です、と言いたいけど、まだ終わっていないみたいだ」

 ブラッドが小さくため息を吐くと、信号弾に気付いた敵艦が集まってくる。
 最初に集まったのは、周囲に隠れ潜んでいた艦隊だろう。
 数は多くないが、集まれば厄介だ。

「機動騎士たちの三分の一を出撃させよう。とりあえず、味方が来るまで凌げばいい」

 ブラッドの言葉に、軍人が困惑していた。

「オシアスが駆け付けてくれますかね?」
「いや、待っているのは僕たちの味方だよ」



 戦闘が開始されてしばらく経った。
 艦橋で戦闘の様子を見ていたノエルの視線は、空中を飛び回る青い鎧を追いかけている。
 スピーカーから操縦者の声が聞こえてくる。

『息子のもとに帰るために、私はこんな場所で死ねない!』

 青い鎧は通常の二本の腕とは別に、バックパックに取り付けた三本目と四本目の腕を持っていた。
 右手以外の三本の手が持つのは、全て銃火器だ。
 周囲に銃弾の雨を降らせ、ユニコーンに敵機が接近するのを防いでいる。
 正式に剣聖の地位を引き継いだクリスだが、その戦い振りは銃火器を重視していた。
 銃火器の火力に頼るクリスの戦い振りを見て、敵機は接近戦に持ち込むことを考えたらしい。
 二機が大きな盾を用意して、その後ろに反りのある大きな剣を持った敵機が隠れていた。
 銃弾の雨を防いだ二機の鎧だが、クリスの乗る青い鎧に到達する頃には盾は撃ち抜かれて二機も沈められた。
 その後ろから飛び出した三機目が、クリスの乗る青い鎧に斬りかかる。
 必殺のつもりで鋭い一撃を放ったのだろうが、青い鎧は右手に持った剣でそれを受け止めた。
 スピーカーから敵機に乗る操縦者の声が聞こえてくる。

『俺の一撃を受け止めただと!?』

 クリスにも聞こえていたのか、落ち着いた様子で言い返す。

『悪くない一撃だった。だが、私はこっちが専門でね』

 青い鎧が相手の剣を弾くと、素早く敵機を斬り付けた。
 片腕と片脚を失った鎧は、バランスが取れずに降下していく。
 ノエルはクリスの腕前に心から感心していた。

「前より強くなったわね」

 褒めるノエルに、アンジェは苦笑していた。

「剣術指南役の地位も引き継いでいるからな。これくらい出来てもらわないと困る」

 アンジェの言い分はもっともだと思いながらも、ノエルは腕を組む。

「でも、王都にいるクリスさんを見ていると信じられないのよね。この前、息子さんが木剣を握って構えただけで、天才だって褒めちぎっていたし」

 息子に対して甘すぎるクリスの姿を見ているため、目の前にいるのが同一人物とは思えない。
 アンジェも笑っていたが、スピーカーからクリスの声が聞こえてくる。

『くっ! 弾が切れただと!? ユニコーン、これより補給を受けるために帰還する。弾を! 積載できる限界まで弾を用意してくれ!!』

 弾が切れてしまったことで、精神的に不安定になったクリスが叫んでいた。
 剣にばかり頼る戦いを捨て、重機に頼るようになったのはいい。
 だが、今度は弾切れを起こすと慌て始めるという問題が生じていた。
 ノエルは素が出てしまう。

「いや、そのまま剣で戦いなさいよ。あんたホルファートの剣聖なのよ」

 ノエルの声はクリスにも届いていたのだろう。
 スピーカーから返答がある。

『剣聖だからこそ、戦場で剣の価値を熟知していると思ってくれ』

 さっきまで狼狽していたのに、剣聖として語るクリスには説得力が乏しかった。
 ノエルが何かを言う前に、アンジェが暗くなり始めた空を見て笑みを浮かべて言う。

「来たか。随分と待たせてくれる」

 アンジェの発言の後に、ユニコーンの一番大きなブラウン管のモニターにリビア――【オリヴィア・バルトファルト】の顔が映し出された。

『皆さん、お迎えに上がりました』

 微笑みを浮かべるリビアは、学生時代よりも髪を伸ばして落ち着いた雰囲気を持っていた。
 味方の登場と聞いて、軍人たちがアンジェたちに視線を向ける。

「まさか味方とは――」

 答えるのはブラッドだ。

「我らが国王陛下は人を待たせるのが好きらしいね」

 敵艦隊の直上から、黒い鎧と赤い鎧が急降下して――そのまま敵艦隊を通り過ぎた。
 少し遅れて敵艦隊から爆発が起きた。
 ノエルは立ち上がって窓に近付くと、敵艦隊を蹴散らす新しいアロガンツを見る。

「あれがツヴァイ? 話しに聞いてはいたけどアロガンツに似ているわね」



『流石は私の用意したツヴァイですね。この程度の敵ではデータ取りにも役立ちませんよ』

 アロガンツに代わり、俺のために用意されたのは同じアロガンツ――ではなく、新しく用意されたツヴァイだ。
 ルクシオンが残していたデータから、エリシオンが無駄を省いて完成させた次世代機らしい。

「お前の自慢話は後で聞くとして、さっさと終わらせて包囲網から味方を連れ出すぞ」
『はい、マスター。――小型ミサイルの発射準備完了。敵機を全てロックオンしました。トリガーはマスターに任せます』

 ツヴァイの見た目はアロガンツとほとんど同じだが、バックパックは大きく変更されている。
 バックパックの左右に大型の細長いコンテナがあり、武器を保管してある。

「あいよ」

 素っ気なくトリガーを引けば、左右のコンテナハッチが開き、そこから小型ミサイルが数十発も発射された。
 小型ミサイルは、決められた目標に向かって飛んでいく。
 逃げ回る敵機は追尾機能で追いかけ、命中して爆発――飛行戦艦も、そして鎧も炎に包まれ落ちていく。
 何度も見てきた光景だ。

「喧嘩を売る相手を間違えたな。生き残って祖国に戻ったら、秘密結社の言いなりに動くなと上層部に伝えてやれよ」

 願うように言うと、エリシオンが俺を見ていた。

『外部スピーカーはオフになっています。今からマスターの言葉を再生して、敵に聞かせてやりましょうか?』
「――そこまでしなくていいから」
『そうですか。残念です。マスターのありがたいお言葉を、敵にも聞かせてやりたかったのですが』
「あ、そう」

 前の相棒であるルクシオンであれば、ここで俺に嫌みや皮肉を交えつつ何か言ってくれたのだろうか?
 エリシオンはいい子なのだが――俺を重要視して、時々暴走するのが問題だな。
 エリシオンが一つ目を数回光らせ、俺に知らせてくる。

『ユニコーンより連絡が入りました。誘導を頼む、と』
「輸送機に先導させよう」
『了解しました。オリヴィア様に連絡します』
「頼む」

 戦闘が終わって安堵する俺は、操縦桿から手を離して深呼吸をする。

「面倒になってきたが、秘密結社に周辺国と役者は揃ってきたな」

 あの乙女ゲー四作目については、詳しい情報が一切ない。
 僅かな手がかりを頼りに、調査を進め、問題の解決に取り組んでいる。
 敵が動いてくれたのも、俺たちにとっては手がかりというわけだ。
 モニターにリビアの顔が映し出される。

『リオンさん、お疲れ様です』
「リビアもね。悪いけど、安全圏まで誘導をお願いするよ」
『はい、任されました。それはそうと、安全圏に入ったら――』

 リビアが何を言おうとしているのか察した俺は、笑顔で頷いておく。

「あぁ、久しぶりにアンジェやノエルと顔を合わせよう」

 予想した通り、リビアは満面の笑みを浮かべる。

『はい!』



 安全圏を抜けたので、ユニコーンに乗り移った俺たちは応接室で再会を果たした。

「リオン、久しぶりだな! 少し痩せたか? ちゃんと食べているだろうな?」

 アンジェに抱き締められながら、体調を気遣われる俺は苦笑する。

「心配しすぎだって」

 抱きついたまま、アンジェは不機嫌そうに俺を見つめてくる。

「いきなりあれだけの敵に囲まれれば不安にもなる。どうせ、こちらでも敵ばかりなのだろう?」
「まぁ、はい」

 曖昧な返事をしたのは、まだ調査が不十分だからだ。
 手探りで調べているため、何が正しいのか判断が難しい。
 アンジェが俺に抱きついて離してくれないので、ノエルが手持ち無沙汰になっている。

「しばらく代わってくれそうにないし、あたしはオリヴィアと話そうかな」

 ノエルがそう言うと、リビアは困った顔をしていた。

「私をオマケ扱いにしないでくださいよ。それより、子供たちはどうです? あっちで寂しがったりしていませんか?」

 すぐに子供のことを確認するリビアに、ノエルは曖昧な返事をしている。
 どうやら気になることがあるらしい。

「最初は泣いたけど、今は他の人も構ってくれるから大丈夫みたいよ。それはそうとさ――オリヴィア、あんたまた太った?」
「なっ!?」

 リビアが顔を赤くすると、ノエルは無遠慮にパイロットスーツに手を伸ばす。
 摘まんで引っ張り、リビアの肉付きを確認していた。

「だってほら! こことか、ここ! 動画で確認していたけど、前より色気あるな~って思っていたのよ。やっぱりいい感じの肉付きになったわね」

 ノエルにあれこれ言われて、リビアは顔を赤くして叫ぶ。

「違いますから! こっちのお菓子が甘すぎて、体重管理をちょっと失敗しただけですからね! こんなのすぐに元通りですよ!」

 言い訳をするリビアに、これまた俺以外には冷たく、無遠慮なエリシオンが言い放つ。

『私は何度もカロリーオーバーを進言しましたし、オリヴィア様が定期的な運動を拒否したのを記憶していますよ。現状では体重が減ることはあり得ませんね』

 エリシオンの鋭い言葉に、リビアの視線が冷たくなった。
 ノエルもまずいと思ったのか、俺たちの後ろに下がる。
 俺はエリシオンに注意する。

「エリシオン、何度も言葉を選べと言っただろうが!」
『マスターはオリヴィア様を傷付けまいと言わないので、ここはエリシオンが正直に言いました。大丈夫です。私が全ての不満を受け止めます!』

 俺に任せろ! と言っているようだが、リビアの冷たい視線が俺にも向けられた。

「リオンさんもそう思っていたんですね」
「ち、違う! 俺は最近ムチムチしてきたリビアもいいな、って!」
「やっぱり思っていたんじゃないですか!」

 リビアが泣きそうな顔をしていると、アンジェが俺から離れた。
 アンジェはそのままリビアに近付いて、無言のまま抱き締める。
 突然の行動にリビアも驚いていた。

「アンジェ!? え、何ですか!? アンジェまで私が太ったと――」
「――よい!」
「へ?」

 アンジェが大声を出すと、その場の雰囲気が一変する。
 硬直しているリビアに、アンジェは頬擦りして肉付きのいい体を堪能し始める。

「今のリビアも実にいい。この程よいムチムチ感が王宮での疲れを癒してくれる。このまま持って帰りたいくらいだ」
「え!? えっと、連れ戻されると困るんですけど……」

 リビアが狼狽えながらそう言うと、俺がフリーになったのでノエルが背中から抱きついてきた。

「それなら、今度はあたしがこっちに残ろうか?」

 ノエルに残ってもらっても色々と困ってしまう。

「こっちでは、俺の奥さんはリビアだけってことになっているんだけど?」
「離婚して再婚した、って言えばいいじゃない」
「スピード離婚に続いてスピード結婚か……俺の評判がまた地に落ちるな」
「え? また何かしたの?」
「色々」

 俺の返事を聞いて察したのか、ノエルは俺に抱きついたまま呆れている。

「オリヴィアが側にいて、どうして止めないのよ」

 ノエルの疑問に、アンジェに抱きつかれて困り果てているリビアが言い返す。

「私だって何度も止めたんですからね! それなのに、リオンさんは無自覚に女性の気を引くし、主人公さんの女の子は何度も自宅に訪ねてくるし! 私だって大変なんです」

 リビアの話を聞いていたアンジェは、抱きついたまま顔だけ俺に向けてくる。
 その顔は真剣というか、怒っていた。

「また女を増やしたら、今度こそ許さないからな! 今度は絶対に怒るからな! いいか、絶対だぞ! 私には激怒する権利があるからな!」

 アンジェの本気の睨みを前に、俺はヒッと喉から声が出た。

「も、もちろんです! き、気を付けます」

 俺たちの会話を聞いていたエリシオンが、またしても爆弾発言をする。

『マスターのお子様が増えた方が、私としては喜ばしいのですけどね。あ、そうです! 私は最近、現地妻という言葉を学習しました。連れ帰る必要のない女性なら問題ありませんよね? ね!』

 アンジェ、リビア、ノエル――三人の視線が険しくなり、俺とエリシオンに向けられた。
 どうしてエリシオンは、こんなにも家庭内を破壊する爆弾発言を繰り返すのだろうか?
 アンジェたちが俺の前に無言で並ぶ。
 どうやらすごく怒っていらっしゃるようだ。
 俺は自然と床に正座をして、アンジェの言葉を待つ。


「リオン、とりあえず詳しい事情を聞こうじゃないか。事と次第によっては、私も今後の対応を考える必要があるからな」

 ふっ、どうやら今日は長くなりそうだ――朝までに事情聴取が終わることを祈ろう。
 あれ? それよりもグレッグたちはどこだ? この状況、あいつらに騒がせて有耶無耶にしたかったのに、どこに行った?



 その頃、グレッグも苦しい状況に置かれていた。

「見てくれ、グレッグ! 私の息子は幼いのに木剣を構えて振ったんだ! これはアークライト家始まって以来の天才かもしれない。お前もそう思ってくれるよな? な!」

 自慢の息子の写真を何枚もテーブルに置いて、あれこれ説明すること数時間。
 グレッグは椅子に座って黙っていた。
 近くではブラッドが、可愛い娘について聞いてもいないのに語っている。

「僕の姫はとてもお転婆でね。マリエも大変だと言っていたんだ。けど、僕はその苦労も愛おしくてね。邪魔だからと育児にあまり参加させてもらえないのが残念で仕方ないよ。今はただ、可愛いマリエと娘のためにお金を稼ぐのが僕の使命さ」

 二人に呼び出されて部屋に来てみれば、聞いてもいないのに子供の自慢話が続く。
 しかも、同じ話が何度も続いていた。
 グレッグが不機嫌な様子を見せても、二人は止まらない。
 諦めて強い口調で言う。

「お前らの自慢話は聞き飽きたぜ。俺はそろそろ失礼するぞ」

 席を立とうとすると、グレッグは二人に肩を押さえつけられ強引に席に着かされた。

「僕の話は途中だよ、グレッグ?」
「そうだぞ。私は友としてお前にも幸せを分かち合いたいんだ。さぁ、ここからが本番だ。まずは私の息子がどのように木剣を手に取ったか話そう。あれは、あの子が偶然にも訓練場に遊びに来た時で――」

 子供の自慢話をしたい二人の圧に負け、グレッグは逃げられそうになかった。
 諦めて話を聞き流すグレッグは、遠い目をしていた。

(この無駄な時間で筋トレしたいなぁ)