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「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 12」著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。
「あ、そう。だったら、お前たち全員――死ねよ」
無表情で冷たく言い放つメアリーは、本当の姿を取り戻した聖女の杖――羅刹の槍を俺たちに向けてきた。
槍の穂先に赤黒い光が収束しはじめる。
魔法使いではないこの俺が――リオン・フォウ・バルトファルトが、危機感を覚えるほどのとんでもない魔力濃度だ。
簡単に言えば、素人目から見てもヤベぇ攻撃だ。
「告白を断っただけで、ここまでするかよ!?」
長い年月を経たメアリーの想いは、愛情とは呼べないドロドロに淀んだ何かに変質しているように感じられた。
そこに愛があるとは思えない。
――これを見れば、俺のご先祖様だって逃げ出すだろう。
というか、アンとメアリーという厄介な女性に好かれるとは、自分のご先祖様ながら色々と心配になってくる。
ライフルを構えて銃口をメアリーに向けるが、その肉体はオリヴィアさんのものだ。
乗っ取られている彼女を撃ち抜くのはためらわれる。
引き金を引く指に力が入らずにいると、俺の斜め後ろからためらいなく引き金を引く人物がいた。
アンジェリカさんだ。
特別製の魔弾を込めたライフルが火を噴くと、メアリーに命中する手前で爆ぜた。
爆発と黒い煙が発生するが、メアリーには傷一つ付けられない。
ボルトアクションで薬莢を排出するアンジェリカさんが、激高しているメアリーに苛立っている。
「このような化け物を聖女と崇めていたとは、本当に滑稽だ」
自分たちが信じていた聖女の本質を知り、アンジェリカさんは自分自身にも腹が立っているように見えた。
確かに、俺から見ても今のメアリーは聖女とは思えない。
メアリーが片方の眉尻をピクリと反応させる。
「理想を押しつけ、勝手に崇拝していたのはお前たちだ。それに、感情のほとんどを羅刹の道具に移したわたしは、立派な聖女として振る舞ったよ。――お前たちが理想とする完璧な聖女を演じきってやったさ!」
赤黒い光が放たれると、俺たちを庇うためにルクシオンが前に出る。
防御フィールドが展開されるのだが、直撃した赤黒い光は周囲へと飛散して黒い炎となった。
禍々しい景色が広がるが、それを作り出したのが聖女というから笑えない。
聖女はもっとキラキラした優しい魔法を使って欲しい。
ルクシオンが振り返ってくる。
『マスター、これ以上は危険です。早急に解決するべきです』
「その方法を考えているんだよ!」
オリヴィアさんを助ける――そのために何をすればいいのか? ルクシオンに怒鳴りつけるように返事をしたが、予想外の答えが返ってくる。
『解決方法はシンプルです。メアリーを止めるためには、器である肉体を破壊してしまえばいいのです。オリヴィアを殺せばいいだけですよ』
「お前っ!?」
ルクシオンの解決策に驚愕して目を見開いていると、メアリーが眉根を寄せてルクシオンを睨み付ける。
「わたしを殺すですって? 過激なロストアイテムね」
ルクシオンがメアリーに向き直った。
『最善の解決策です』
「本当によく出来た機械だわ。全てが終わったら解析したいわね」
ルクシオンの存在が、メアリーの知的好奇心を刺激したらしい。
それよりも、このままでは本当にオリヴィアさんを殺すことになりそうだ。
それだけは阻止したい。
何か方法はないか考えている間に、メアリーが羅刹の槍を掲げる。
またも魔力が収束しはじめる。
メアリーの周囲に赤黒い炎が幾つも火球を作り、それらが俺たちに向けて放たれようとしていた。
「させるか!」
アンジェリカさんがその火球を一つずつ撃ち抜いて行く。
正確な射撃により貫かれた火球が爆発するのを見て、メアリーは不快に顔をしかめた。
その視線はアンジェリカさんに向けられている。
「本当に忌々しいわね。あの忌々しいアンの姿に似ているってだけでも嫌なのに、あんたがわたしの血を引いていると思うとつくづく思うわ――あの女とわたしが姉妹だってね!」
メアリーが怒気を放つと、突風が吹いた。
瓦礫を巻き込んでいたので、俺たちはルクシオンの後ろに隠れる。
アンジェリカさんが、メアリーを睨みながらライフルに弾丸を装填していた。
「手に負える相手ではないな」
アンジェリカさんの視線は、どこか俺を試すように見ていた。
この期に及んでもためらうのか? と、問うような視線から顔を背けると、メアリーが杖の石突きで床を叩く。
「お遊びはここまでにしましょうか――この装具の正しい使い方を見せてあげるわ」
メアリーがそう言うと、収束した魔力の塊から糸が出てくる。
数百、数千――万という数の糸が、メアリーに絡みついていく。
危機感を覚えた俺は、羅刹の装具に向かって引き金を引いた。
「くそっ!」
アンジェリカさんも同様に、羅刹の道具に攻撃を仕掛ける。
「次から次に厄介なことを――やはり、最初から殺すべきだった」
最初という言葉に、アンジェリカさんの怒りが込められていた。
出会い頭に殺すべきだった、と言いたいのだろう。
しかし、俺には「学園で会った時に殺しておくべきだった」と聞こえてくる。
同時に、俺に対しての怒りも感じた。
俺がさっさと決断すれば、こんなことにならなかったと言いたげだ。
――まさしくその通りである。
「耳が痛いな」
苦笑すると、アンジェリカさんのムッとした声が聞こえてくる。
「この状況でよく笑っていられるものだ」
呆れを含んだ声だった。
そして、メアリーの姿は徐々に形を得ていく。
その腕は大きな黒い翼になり、下半身はまるで獅子。
獅子の体から女性の体が生えているような姿に変わった。
問題なのは上半身だ。
姿こそメアリー――オリヴィアさんなのだが、その大きさは二回り以上も大きくなっている。
肌は紫色で、形のいい大きな胸が露出しているのだが――卑猥な印象は一切ない。
半身が化け物となったメアリーがうなり声を上げる。
「グルルルゥ……どうかしら? 綺麗にまとめてみたのだけれど?」
牙を見せながら微笑むメアリーを見て、マリエは震えていた。
「これは生身で相手にするのは無理かもね」
獣を素手で仕留めてきたマリエからしても、目の前のメアリーは生身でどうにかなる相手ではないらしい。
――まず、素手で解決しようとする思考に問題がある。
メアリーが咆哮し、俺たちに向かって飛びかかってくる。
『マスター』
ルクシオンに呼ばれた俺は、決断を迫られた気がした。
ここに来て、ようやく俺は決断する。
「――出番だ、アロガンツ」
アロガンツを呼ぶと、俺たちに飛びかかってきたメアリーを押さえつけるように空から降りてきた。
四メートルを超える巨体同士がぶつかると、激しい音と衝撃が発生した。
アロガンツが現われると、マリエが拳を振り上げる。
「いいわよ、アロガンツ! そのまま押さえつけて!」
しかし、だ。
アロガンツはマリエのお願いに応えられない。
『無理』
「え?」
『パワー不足!?』
驚愕しているアロガンツの電子音声が発せられた直後、地面に押さえつけられたメアリーが立ち上がった。
そのままアロガンツを押し退けてしまう。
そして、荒々しく空に向かって咆哮するメアリーを見て思ったね。
「聖女様が本気を出すと力押しになるのか」
あの乙女ゲーは、本当に乙女ゲーというジャンルから大きく外れているな。
俺はライフルをマリエに手渡す。
「マリエ、あいつの気を引いてくれ」
「えっ!?」
「俺はアロガンツに乗り込む。時間を稼いでくれればいい。ルクシオン、二人を守れよ!」
『了解です』
ルクシオンに後を任せて駆け出すと、アンジェリカさんが援護のためメアリーに向かって引き金を引いていた。
命中した魔弾が爆発すると、僅かに後ろへと下がらせる。
化け物の姿になる前は防御障壁を展開していたが、今はその必要性すらないようだ。
強靱な肉体が弾丸を通さず、爆発にも耐えていた。
「異常なのは姿だけではないらしい」
アンジェリカさんの言葉を聞いて、ライフルを構えたマリエも引き金を引く。
やはり弾丸ではメアリーの皮膚に傷をつけられない。
「そうなると攻撃手段がないんですけど!?」
二人に意識を向けたメアリーが、飛びかかるとルクシオンが前に出る。
防御フィールドを展開するのだが、メアリーは単純な力で貫こうとしていた。
『野性味溢れる荒々しい戦い方ですね。理性を放り投げましたか?』
ルクシオンの嫌み混じりの問い掛けに、メアリーは笑っている。
「力押しは嫌いじゃないのよ。でも、理性的な戦いが好みなら、こんなのはいかがかしら?」
メアリーが口を大きく開くと、口の中から炎が溢れてくる。
口から火を吐くつもりらしいが、問題なのはその威力だ。
ルクシオンが警戒している。
『これはまずいですね』
ルクシオンの子機が、攻撃を防げるかどうか怪しいと判断している。
その間に、俺はアロガンツに乗り込んでいた。
シートに体を固定して、操縦桿を握りしめるとハッチが閉じる。
「アロガンツがパワー負けするとは思わなかったな」
『武器の使用許可を求む!』
「中身を傷つける武器は駄目だぞ」
条件付きで許可を出してやれば、コンテナから一つの武器が飛び出してくる。
金属の塊である金棒だ。
鬼が持つ金棒を想像してくれればイメージが近いだろう。
ただ、その金棒はアロガンツが持っても大きく見える大きさだ。
重量と大きさはかなりのものである。
アロガンツが両腕にそれぞれ握ると、メアリーに向かって横薙ぎに振り抜く。
口からブレスでも吐こうとしたメアリーを金棒で吹き飛ばした。
「っ!? 機械の鎧が生意気に!!」
メアリーの様子を見るに、致命的なダメージは与えていないらしい。
俺は安堵のため息を吐く。
「頑丈で助かったな。中身も無事だと良いんだが」
すると、アロガンツが俺の心配を無用と言う。
『問題ない。――敵、内部の再生を確認』
今の攻撃で内部にダメージが入ったらしいが、再生されたようだ。
オリヴィアさんの体を無事に回収出来る確率が上がったな。
「アロガンツ、ルクシオンに手伝わせて解析を急がせろ」
『既に実行中』
「良い子だ!」
『アロガンツ良い子!』
俺が言う前に解析をはじめているアロガンツを褒めると、僅かに嬉しそうにしていた。
◇
『理解に苦しみます』
メアリーの解析を行うルクシオンは、リオンの行動に疑問を持っていた。
ルクシオンの側にいたマリエが、その呟きを聞いてムッとする。
「何でよ? 助けたいって思って何が悪いのよ」
『苦労して助けるだけの価値があるとは思えません』
オリヴィアの救出に意味を見いだせないルクシオンは、さっさと終わらせたかった。
マリエが何かを言う前に、アンジェリカが口を挟んでくる。
「同感だ。あの女は生きていたところで終わりだ。意識を取り戻す前に殺してやる方が慈悲深い」
冷たく言い放つアンジェリカを見て、マリエは何かを言いかけるが口を閉じてしまう。
何を言っても伝わらないと諦めたのだろう。
アンジェリカは、アロガンツに乗って戦っているリオンにも責任があると言い出す。
「そもそも、あいつが――バルトファルトが最初から本気を出していれば、ここまで被害が広がることはなかった」
リオンを責めるような発言に、マリエは黙っていられなかったのだろう。
「リオンが悪いって言いたいわけ? 助けてもらった癖に偉そうなのよ!」
「あぁ、そうだ。助けてもらったさ。そのことには礼を言ってやる。叶えられる限りの褒美だって用意してやるさ。だが、あいつがためらったせいで――味方も敵も大きな被害を出した」
苦々しい顔をするアンジェリカが視線を向けているのは、吹き飛ばされた屋根――ではなく、今も戦い続けている飛行戦艦たちだ。
敵味方に分かれて戦ってはいるが、元は同じ王国の人間たちである。
「さっさと終わらせれば、被害は少なくて済んだはずだ」
リオンがためらったせいで大勢が犠牲になった――それを聞いて、マリエは一度視線をさまよわせた。
リオンにも悪い部分があると気付いているからだ。
だが、それでもマリエはリオンを庇う。
「あいつ一人に何もかも背負わせておいて、文句ばかり言うんじゃないわよ! 大体、聖女のアイテムが呪われているとか、アンとかメアリーの意識が残っているなんて誰が知っていたのよ! あんたたちも知らなかったでしょうに!」
アンジェはマリエに責められ、今度は開き直る。
「知っていれば止めていた! ――私に、お前たちの力があれば、この悲劇も回避できたはずだ」
ルクシオンの力があれば、自分ならもっとうまく問題を解決できた。
その発言に、マリエが言い返す前にルクシオンが言う。
『それはあり得ませんね』
会話に割り込んできたルクシオンに、アンジェリカが険しい視線を向ける。
「私の方が無能だと言いたいのか?」
『いいえ。個人的にあなたは優秀であると評価していますよ。あり得ませんが、あなたが私のマスターならば、今回の問題はもっとスマートに解決できたでしょう』
「だったら何故」
先程の発言の意味を問うと、ルクシオンが答えを濁す。
『いくら力を得て、努力しようとも結末は変わりませんから。――それよりも、メアリーの解析が終了しました。マスター、さっさと終わらせて下さい』
ルクシオンの言い方が気になり、マリエは問い掛ける。
「どういう意味? 結末が変わらないって何よ?」
『――』
ルクシオンは何も答えなかった。
◇
『解析終了!』
コックピット内に、アロガンツから嬉しい知らせが届いた。
「よくやった!」
『九割以上を解析したのはルクシオン』
「一割でも活躍したなら上出来だよ。俺なら半分くらいは自分の手柄だって言い張るね」
『マスターは欲張り。アロガンツ、覚えた』
「俺じゃなくて人間って生き物が欲張りなんだよ」
『個人差がある、とアロガンツは知っている』
賢くなっていくアロガンツに苦笑しつつ、俺はメアリーに取り込まれたオリヴィアさんを救出するために動く。
「それじゃあ、オリヴィアさんを助けるとするか」
『作戦はあるの?』
「いつもみたいにぶっ飛ばせばいいんだよ」
『単純』
アロガンツに単純と言われてしまったが、他に方法がない。
「そこはシンプルって言って褒める場面だぞ。――メアリーには退場してもらう」
恋愛感情をこじらせて、国を危機に陥れるとか聖女じゃなくて悪女である。
フワッとしたあの乙女ゲーの世界とは思えない。
こっちはドロドロした感情にお腹がいっぱいで、胃もたれを起こしそうだ。
もっと優しく、胃に優しい話が欲しい。
アロガンツが加速すると、メアリーが翼を羽ばたかせて速度を上げていく。
「鎧の速度を上回るとか、聖女のアイテム凄いな」
『救助でなければもっと早くに終わっていた』
人工知能を搭載したアロガンツにしてみれば、俺の行動は理解に苦しむようだ。
ルクシオンと同じ事を言われて、少し悲しく感じてしまう。
「――無実の女の子に何もかも背負わせて、闇に葬るのは嫌なんだよ」
『オリヴィアを助けたい?』
「そういうことだ」
アロガンツにどこまで理解できたか怪しいが、俺の言葉は通じたらしい。
『マスターは巨乳の女の子を助けたい。アロガンツ覚えた!』
「ちょっと待て! 今のどこに巨乳の話が出てきた!?」
『普段からマリエが言っている。マスターは女性の胸に視線が向かう悪癖があるから、胸の大きなオリヴィアを助けたい』
「違うぞ! いや、助けたい気持ちはあるけど、ここで胸の大小の話は関係ないからな!」
マリエのせいでアロガンツが余計なことを覚えてしまっているじゃないか。
あいつ、戻ったら説教してやる。
俺はアロガンツとの馬鹿話を区切り、気持ちを切り替えた。
「――いい加減に終わらせるぞ。ここで悪い流れを止めれば、ハッピーエンドは無理でもバッドエンドは回避できるからな」
『バッドエンドはアロガンツも嫌いだから止める』
ハッピーエンドには届かないだろうが、せめて少しは救われる終わり方であって欲しい。
バッドエンドよりも救われても、ハッピーエンドには届かない。
そんな中途半端な終わり方が、いかにも俺らしく思えてくる。
「メアリー、師匠の仇は討たせてもらうぞ!」
アロガンツが右手に握った金棒が、淡く光り始めていた。
衝撃波を発生させる準備を整えていた。
メアリーも俺たちが何か企んでいるのを察知したのか、振り返って後ろ向きに飛びながら翼を羽ばたかせる。
メアリーの周囲に赤黒い炎が火球を作り、そこからビームのような赤い光がアロガンツ目がけて放たれた。
その攻撃をアロガンツは身を翻して避ける。
『攻撃パターンの解析終了』
「良い子だ!」
アロガンツが蓄積したデータが、メアリーの攻撃パターンを読んでいた。
おかげである程度の攻撃はアロガンツが避けてくれる。
アロガンツの動きを見て、メアリーはチマチマ攻撃するのを辞めたらしい。
翼を大きく羽ばたかせると、急激に向きを変えて急上昇しはじめる。
「あいつ本当に化け物かよ!?」
急激な加速と方向転換に耐えられるメアリーは、人間の領域を超えていた。
「どいつもこいつも好き勝手にしやがって! あたしはただ――リーアに会いたかっただけなのに!」
ここまで散々暴れておいて、ご先祖様に会いたいだけ?
「この嘘吐きが! それから、もう諦めろ。俺のご先祖様は死んだんだよ!」
メアリーは絶望した後に、ケラケラと笑い始めた。
情緒が不安定で怖すぎる。
「だったら、こんな国は滅んでもいいわよね!」
アロガンツが警告を発した。
『高エネルギー反応を感知!』
「どこだよ!?」
何かしら攻撃が迫っていると思い込み、視線を動かして確認するが何も見つからなかった。
『真下』
下を見ると、瓦礫となった王宮の一部が吹き飛んだ。
そこから出て来るのは、白く綺麗な飛行船だ。
俺はその飛行船の名前を知っていた。
あの乙女ゲーにて終盤に登場し、主人公であるオリヴィアさんが乗るはずだった飛行戦艦である。
「王家の船か」
名前を口にすると、メアリーは上機嫌に教えてくれる。
「そうよ。わたしたちが発見して手に入れたロストアイテムの飛行船なの。こいつは本当に役立ってくれたわよ。ホルファートたちが乗り込んで、周辺国を次々に焼き払ったものよ」
あの乙女ゲーでは建国の原動力と語られていたが、その使用方法は俺が想像していたよりも血生臭かった。
「聞けば聞くほど嫌になる」
苦々しい表情をしていたと思う。
それをメアリーが見抜いていたようだ。
嫌がっている俺をからかってくる。
「死体を積み上げ作られた偽物の国家――それがホルファート王国なの。そんな国がいつまでも残っていて良いはずがないわよね?」
メアリーが上昇してきた王家の船に舞い降りると、とてつもなく嫌な予感がした。
「アロガンツ、メアリーを止めるぞ!」
『王家の船よりエネルギー反応を感知』
王家の船が輝くと、周囲の様子がおかしくなる。
今まで争っていた敵と味方が動きを止め、アロガンツ目がけて押し寄せてきた。
銃口をアロガンツに向けており、こちらを敵と見なしている。
「嘘だろ!?」
『友軍の応答なし! 精神支配を確認!』
アロガンツの言う通り、敵も味方もメアリーの支配下に入っているらしい。
王家の船が何か特殊な力を発揮したように見えるが、こんな機能があるとは知らなかった。
「王家の船の力って、声を届ける力じゃないのかよ!!」
友軍を撃墜など出来ないので逃げ回っていると、高みの見物をしているメアリーが質問に答えてくる。
「オリヴィアの力があれば、こんなことも出来るのよ。この子は次代の女王――お前たちは従うしかない憐れな働き蜂だと思えばいいわ」
無線で友軍に呼びかける。
「おい、目を覚ませ!」
『――メアリー様のために!!』
だが、既にパイロットたちは正気を失っていた。
王家の船にこんなことが可能とは思ってもいなかった。
俺が知っていたのは、王家の船がオリヴィアさんの気持ちを声として届けるというものだ。
心の声は嘘をつけず、互いに本音をぶつけ合える。
相手の本音を知ることが出来て、それが戦争終結に繋がるというものだった。
あの乙女ゲーをプレイしている時は、その程度で戦争が終わるかよ! などと思っていたのだが、今は心から終わって欲しいと願っている。
何でも良いから、戦争を終えるきっかけが欲しいと切に願っている。
とにかく、あの乙女ゲーでは、メアリーのような使い方はしていなかったはずだ。
「知れば知るほど闇が深い!」
あの乙女ゲーの世界だと思っていたのに、どうしてこんなにも闇が深いのだろうか?
疑問を抱くも答えは出ない。
そして、敵は待ってもくれない。
メアリーは王家の船の上で、翼を広げて逃げ惑う俺を楽しそうに見ていた。
「殺さないと貴方が死ぬわよ、リーア!」
「俺はリオンだ!」
言い返してやるが、群がってくる敵味方の鎧を振り切るのに精一杯でメアリーに近付けなかった。
メアリーは翼を広げると、周囲に幾つもの火球を用意する。
「ふふふっ、いつまでそう言っていられるかしらね!」
それらが俺に向かって放たれてくるのだが、アロガンツが避けると敵味方を巻き込んでいた。
アロガンツの周りにいた鎧が、火球に飲み込まれて爆発して落下していく。
「てめぇはどれだけ巻き込めば気が済むんだよ!」
怒りから発した問いかけだったのだが、メアリーは冷たい笑みを浮かべながら答える。
「有象無象の命なんてどうでもいいのよ。わたしは――リーアさえいてくれれば満足なのだから」
メアリーの答えに俺は悪寒がした。
こいつは本気で言っている。
このまま放置すれば、本気で何もかも滅ぼしてしまいそうだった。
「――もう終わらせてやる」
このままでは全てが滅ぼされてしまう。
そのために、終わらせるために――俺は斬りかかってくる鎧を金棒で吹き飛ばした。
メアリーが俺の行動を見てケタケタと笑っている。
「あら? 味方を殺しても構わないのかしら?」
「お前を止めるためだ!」
アロガンツが強引に加速させると、押し寄せてくる鎧たちを吹き飛ばしていく。
中にはコックピットがひしゃげて、パイロットの命は絶望的な鎧もあった。
そんな光景に眉をひそめつつ、アロガンツがメアリーに接近する。
「あと少し!」
距離を縮めると、今度はメアリーが魔法を放ってきた。
王家の船にある防衛設備も稼働して、アロガンツ目がけて光学兵器を発射して来る。
『緊急回避!』
「ぐっ!?」
急激な方向転換でコックピットには酷い加重がかかった。
体が揺さぶられる中、外を見ればアロガンツがメアリーの猛攻を耐えている。
王家の船から放たれる光学兵器を良ければ、それも周囲の敵と味方の鎧を巻き込んでいく。
次々に落下していく鎧たち。
「昔の恋路だとか因縁にいつまでも付き合っていられるかよ!!」
フットペダルを踏み込み、操縦桿を動かしてメアリーに接近する。
多少の攻撃は無視して、突撃を試みた。
アロガンツの装甲が削られ、焼かれ、ボロボロになりながらも突き進む。
そうして数多くの鎧と王家の船の迎撃システムをかいくぐり、アロガンツがメアリーの前に出る。
『目標を確認!』
「もう逃がさないぞ、メアリー!!」
メアリーは翼を広げて、アロガンツの攻撃を受け止めようとしていた。
「いいのかしら? この体はオリヴィアのものなのよ。あ~、可哀想なオリヴィア! 焦がれていた騎士様の手で殺されてしまうなんて!」
何を言っているのか聞き返している余裕もないが、余裕ぶっている今こそが最大のチャンスだった。
「アロガンツ!」
『インパクト!!』
金棒でフルスイングをしてメアリーを吹き飛ばすと、本人は唖然としていた。
甲板の上を転がり、そして起き上がったメアリーが激高していた。
「乙女にフルスイングなんて何を考えているのよ!」
そんなメアリーだったが、片方の翼がパラパラと砕けて崩れていく。
それを見てメアリーもようやく危機感を覚えたようだ。
「な、何をした?」
「オリヴィアさんを守りつつ、お前だけを破壊する一撃を叩き込んだ」
端的に説明してやると、メアリーは自分の過ちに気が付いたらしい。
「融合したわたしたちを相手に、そんなことをするなんてリーアのロストアイテムは凄いわね」
最後まで俺をリーアと呼ぶのは改めなかった。
メアリーは消えてしまうというのに、薄ら笑っていた。
「ふふっ、でもわたしの目的は達成されるから問題ないわ。あの女も――存外悪くない仕込みをしてくれたわね」
「目的?」
「教えないわよ。その方が――あなたがとっても苦しみそうだから」
メアリーは最後まで答えなかった。
化け物に変質したメアリーの肉体は崩壊し、中からオリヴィアさんが現われた。
気を失っているようだが、まだ生きている姿を見て安堵する。
◇
上空にて戦いが終わろうとしている頃。
瓦礫の山となった王宮の跡地では、マリエが空を見上げていた。
「何が起きているのよ」
マリエたちから見えた光景は、敵味方関係なくアロガンツに押し寄せるという異様な光景だった。
そして、王家の船から放たれた強い光だ。
原因はよくわからないが、一時的に気を失いそうになった。
それはアンジェリカも同じだった。
片膝を突いて、ライフルを杖代わりにして苦しそうにしている。
「大丈夫!?」
心配して駆け寄り、抱き起こそうとするマリエにアンジェリカは強がって見せた。
顔色が悪いままなのに、一人で立ち上がる。
「少し立ちくらみがしただけだ。それよりも、戦いが終わったように見える」
空を見上げれば、鎧や飛行船の動きが奇妙だった。
全員が自分たちの先程までの行動を疑問に思っているらしい。
敵味方に分かれて距離を取っていた。
「このまま戦争が終わって欲しいわね」
これ以上の犠牲など見たくないマリエにしてみれば、ここで戦争が終わっても構わなかった。
上空を見ていたルクシオンが、現状を二人に聞かせる。
『どうやらマスターがオリヴィアの救助に成功したようです』
「本当!」
マリエが飛び上がって喜ぶと、ルクシオンは詳細な報告をはじめる。
『無事にメアリーを倒せたようですね。ですが、呪いの道具は破壊されてしまったので、聖女のアイテムは失われてしまいましたけどね』
メアリーが意識を封じていた羅刹の道具たちは、アロガンツの攻撃に耐えきれず破壊されてしまったらしい。
事情を知ってしまったアンジェリカは、さほど気にした様子がなかった。
「聖女の道具は回収対象ではあったが、あのような呪われた道具ならば破壊されて正解だ」
ルクシオンはアンジェリカに問い掛ける。
それは聖女の真実の扱いについてだった。
『ホルファート王国が崇めていた聖女の真実は広めるのですか?』
アンジェリカは俯き、苦々しい顔をした後に小さく頭を振る。
本音では聖女などまやかしだったと広めたいのだろうが、それは現実的に考えて無駄と判断したらしい。
「我が国は長年聖女様を崇めてきたからな。今更偽者扱いをしても反発を招くだけだ。神官連中が大勢消えるだろうが、それでも信仰は消えない」
『偽りだろうとも今後とも崇めていくのですね。何とも滑稽です』
ルクシオンが酷い口を利いたので、マリエが慌てて謝罪をする。
「あんた黙りなさい! ご、ごめんなさいね。こいつってほら――何て言うか人間嫌いだから口が悪いのよ」
謝罪をするマリエを見て、アンジェリカは薄らと笑っていた。
「気にしなくていい。私も自分たちが滑稽だと思っていたところだ。まさか、建国にこんな秘密があるとは思いもしなかった」
アンジェリカが空を見上げると、マリエも視線の先を追いかける。
王家の船が主を失い、ゆっくりと降下を開始していた。
アンジェリカは王家の船を見て呟く。
「――何もかもが偽りだらけだったな」
マリエはアンジェリカの言葉を聞いて、それはあの乙女ゲーにも言えるのではないか? という疑問を抱いた。
(偽りだらけなのは、あの乙女ゲーも同じよね)
表向きの設定の裏に、こんなにも闇が潜んでいるとは考えもしなかった。
だが、これで戦いは終わりに向かう。
ホルファート王国は滅びてしまったが、新しい国家が誕生する。
(あの乙女ゲーのエンディングとは大違いじゃない。ハッピーどころか、国が滅ぶなんて思わなかったわ)
リオンが降りてくるのを待っていると、ルクシオンが赤い一つ目を光らせた。
何やら警戒しているようなので、マリエとアンジェリカがルクシオンの視線の先を確認する。
そこにいたのは、ボロボロになったユリウスだった。
「殿下!?」
アンジェリカが駆け出そうとすると、その手に拳銃を握りしめたユリウスが銃口を向けてくる。
マリエが急いでアンジェリカに飛び付いて身を屈めると、ルクシオンが前に出て防御障壁を展開した。
直後、防御障壁に何発もの弾丸が着弾して、地面に落ちる。
『メアリーが滅んだ今、あなたたちは彼女の支配下にいないはずです。どうして我々と敵対するのですか?』
アンとメアリーが消えてしまった今、ユリウスを惑わす存在はいない。
正気に戻ってもおかしくなかった。
だが、ユリウスは拳銃を放り投げると、剣を抜いてマリエたちに近付いてくる。
「メアリー? 誰のことだ? それよりも――オリヴィアはどこだ?」
オリヴィアの安否を心配しているユリウスを見て、マリエを押し退けたアンジェリカが立ち上がった。
「殿下、もう目を覚まして下さい! あなたは、あの女に操られていたのです。もう、こんなことはお止めください」
涙を流すアンジェリカの言葉を受けたユリウスだが、僅かに驚いた顔をしていた。
アンジェリカの言葉が信じられなかったのだろう。
「操られている? 何を言っている?」
「ですから、オリヴィアです! あの女に取り付いた者が、殿下を魅了して操っていたのです」
「魅了されていた? この俺が?」
額を手で押さえるユリウスを見て、アンジェリカがマリエを振り切って駆け出そうとする。
しかし、それをマリエが許さない。
「ちょっと、何をしようとしているのよ!」
「は、離せ! 今なら殿下も目を覚ましてくれるはずだ。あの女に魅了され、操られていた殿下をこのまま放っておけるわけがない!」
振りほどこうにもマリエの力が強く、アンジェリカは困惑していた。
二人が争っていると、ユリウスが不気味に笑い始める。
「くくっ――くはははっ!」
「殿下?」
アンジェリカがユリウスの様子がおかしいと気付き、目をむいて驚いていた。
ユリウスは王太子――完璧な貴公子としての仮面を脱ぎ捨て、醜悪な笑みを浮かべていた。
「俺は最初から操られてなどいない」
「いえ、ですからあの女に魅了されて――」
アンジェリカがなおも説得をしようと試みるが、ユリウスは聞き入れなかった。
「魅了されたのは事実なんだろうな。俺は彼女と出会ったことで救われたんだ」
「救われた?」
ユリウスが何を言っているのか理解できないアンジェリカは、カタカタと震えていた。
「俺に必要なのはオリヴィア一人だけだ。他の誰でもない! オリヴィア一人がいれば、俺はそれでいい」
マリエはこの時に全てを理解した。
(そうか――ユリウスが魅了されたのは、最初からオリヴィアだったんだ)
アンの登場でおかしくなったと思っていたが、ユリウスは最初からオリヴィアの魅力に魅入られていたようだ。
それがアンの能力で暴走しただけであり、オリヴィアのことを愛する気持ちは本物だった。
アンジェリカも全てを理解したのだろう。
奥歯を噛みしめ、俯いて涙をこぼしている。
「私はそれでも殿下のことを愛しています」
アンジェリカの告白を聞いても、ユリウスの心は小揺るぎもしなかったようだ。
「だったら俺とオリヴィアを見逃してくれ。俺たちはここを出て、二人で生きていく」
一緒に戦った仲間たちは含まれていなかった。
ユリウスにとって、きっと彼らは邪魔だったのだろう。
マリエは手を握りしめる。
(ブラッドも、他の奴らも命がけで戦ったのに!)
理由はどうあれ、愛する者のために戦った仲間たちだ。
それをユリウスは無視している。
アンジェリカは涙を流しながら、冷酷な真実を告げる。
「――ジルクはあの女に殺されましたよ。助けに来たところを後ろから撃たれました」
それを聞いても、ユリウスは薄らと笑っている。
「それはつまり、オリヴィアが俺を選んでくれた証拠だな」
幼い頃より一緒に育ったジルクの死を聞いても、今のユリウスには何の感傷も与えなかった。
マリエは気付いてしまう。
(最初からオリヴィアを愛して駄目になったとでもいうの? 何よこれ――こんなの――私が憧れた王子様じゃない!!)
気付いたらマリエは、剣を抜いたユリウスに駆け出していた。
そして渾身の右ストレートをユリウスにお見舞いした。
ユリウスの顔面を正確に打ち抜いた拳の威力は凄まじかった。
ユリウスが吹き飛ばされ、残っていた柱の残骸にぶつかり立ち上がれずにいた。
そんなユリウスを前にしてマリエが説教をする。
「あんた、一緒に育った幼馴染みのジルクが死んだのよ! 少しは悲しいとか思わないの?」
「――あいつは俺からオリヴィアを奪おうとする。幼馴染みだろうと許せるわけが――」
抵抗するユリウスに向かって、マリエは拳を振り抜いた。
華奢なマリエの体から放たれる拳にしては、鈍く重い音がする。
ユリウスが思ったよりも吹き飛ばされ、立ち上がろうとするが膝が笑っていて立ち上がれずにいるらしい。
「な、何をする!? 俺は王太子だぞ!!」
この期に及んで情けない言い訳を始めるユリウスに、マリエは近付くと手を伸ばした。
ユリウスの前髪を掴んで持ち上げると、今度は平手打ちを行う。
往復ビンタだ。
「今更王太子の地位が何だって言うのよ! 王宮なんて壊れて、あんた何もかも失ったのよ! それすら気付かない癖に、オリヴィアと生きていくとかよく平気で言えたわね!」
往復ビンタをされて頬が腫れたユリウスは、言い訳も許されないまま叩かれ続けていた。
アンジェリカが慌てて止めに入る。
「も、もういい! これ以上は殿下が危険だ!」
マリエを強引に引き剥がしたアンジェリカは、ユリウスを庇うように立った。
マリエは気が収まらず、ユリウスに指をさす。
「そいつの根性を叩き直してやるのよ! いいから、あんたは黙って――っ!?」
その時、マリエが見たのは、アンジェリカの背中を刺そうとするユリウスの姿だった。
憎悪で歪んだユリウスの顔にゾッとしていると、様子を見ていたルクシオンの呆れた声が聞こえてくる。
『マスターが戻られる前に終わらせておきましょうか』
赤い一つ目から放たれたレーザーが、ユリウスの胸を貫いた。
「があああっ!?」
ユリウスが痛みにもがき苦しむが、胸は貫かれたがレーザーで焼かれたので血が出ない。
代わりに口から大量の血を吐いていた。
「殿下!? 何をする!」
アンジェリカがユリウスに駆け寄り抱きしめるが、そのまま息を引き取ってしまう。
そんなユリウスの胸に、アンジェリカは涙を流して顔を埋めた。
「――殿下――ゆっくりとお休みください」
自分を裏切った相手ではあるのだが、確かにアンジェリカはユリウスを愛していたのだろう。
死んでしまった愛おしい人のために涙を流していた。
だが、その姿をルクシオンは理解できずにいた。
『あれだけ恨んでいたのに、その死を嘆くのですか? 私はあなたが復讐を果たすためにユリウスを射殺すると思って様子を見ていたのですけどね』
いつまでも殺さないどころか、ユリウスを庇いだした。
それをルクシオンが責めている。
泣いているアンジェリカに代わって、マリエがルクシオンを責める。
「どうして殺したのよ! あんたなら無力化できたはずでしょ!」
『――可能でしたが、ユリウスを生かしておく必要がありません。むしろ、私はマリエとアンジェリカを守ったのですが?』
どうして自分が責められているのですか? と言いたげだった。
「そうじゃない! そうじゃないでしょ!」
『生かしていても処刑される運命です。まさか、マスターのようにユリウスまで庇おうなどと言いませんよね?』
レッドグレイブ家にしてみれば、ユリウスたちを捕らえた場合の使い道は公衆の面前での処刑だ。
これで一つの王家が終わり、新しい王家の誕生を宣言できる。
ルクシオンにしてみれば、それらは些事でしかないのだろう。
マリエが頭を振る。
(私じゃコイツを説得できない。リオンが戻ってきたら相談しないと)
アンジェリカが泣いている声が当たりに響く中、空からアロガンツが降りてきた。
『マスターが到着しましたね』
「――そうね」
マリエはリオンがコックピットから降りてくる姿を見て、どのように相談しようか悩むのだった。
◇
アロガンツが瓦礫の山となった王宮に着陸すると、俺はコックピットのハッチを開けて外に飛び出た。
駆け寄ってくるマリエが、俺を見て複雑そうな顔をしている。
ルクシオンは、そんなマリエから少し離れて後ろをついてきていた。
マリエの様子から、何かが起きたを察した。
視線を動かしてアンジェリカさんを探せば、横たわったユリウス殿下の側にいた。
「何があった?」
マリエとルクシオンに問うと、マリエは俺から顔を背けてしまう。
「ルクシオンがユリウスを撃ったのよ」
俺がルクシオンに視線を向けると、むしろ誇らしく思っているようだった。
『ユリウスがアンジェリカを殺害しようとしたので、未然に阻止しました。――マリエは私の判断が気に入らないようですけどね』
「助けて貰ったことは感謝しているわよ」
何か言いたげなマリエだったが、助けられた事は事実であるようだ。
マリエはアロガンツの手に乗っているオリヴィアさんを見て、近付くと様態を確認していた。
息があるのを確認し、安堵の表情をしていた。
「生きていて良かったわ。こっちは助けられそうね」
マリエがオリヴィアさんの頭をなでると、本人が目を覚ました。
うっすらと目を開けて、俺たちを不思議そうに見ていた。
周囲の状況も確認すると、何が起きたのかわからずに困惑する。
「あ、あの、ここはどこですか? えっと、そうじゃなくて――」
本人も状況を整理できていないようだ。
質問に答えても良いのだが、それよりも先にオリヴィアさんの身の安全を確保するために移動することにした。
「質問は後だ。今はとにかく逃げないとまずい」
オリヴィアさんに手を伸ばした。
そんな俺を見て、オリヴィアさんが呟く。
「――騎士様」
騎士様? 確かに俺は騎士ではあるが、どうしてオリヴィアさんが俺を騎士様と呼ぶのだろうか?
疑問を抱くが、全てが終わった時に聞けば良いだろう。
俺がオリヴィアさんの手を握ると――俺たちの近くで爆発が起きた。
瓦礫が周囲に散らばるが、ルクシオンが防御障壁を展開していたので俺たちは怪我をせずに済んだ。
ルクシオンは攻撃した者に警告する。
『今の攻撃の意図を確認したいですね。どうして我々を攻撃したのですか――アンジェリカ?』
アンジェリカさんがライフルを構えて立っていた。
その銃口が狙っているのは、オリヴィアさんだ。
慌てて俺が庇うために前に出ると、その様子を見たアンジェリカさんの瞳から光が消える。
ハイライトの消えた薄暗い無機質な赤い瞳が、俺を見ている。
「――威嚇射撃だよ。さぁ、その女を私に引き渡して貰おうか」
オリヴィアさんを助けることは許さない、と。
アンジェリカさんの立場を考えれば仕方がないが、ここでオリヴィアさんを見捨てることも出来ない。
だが、口先で誤魔化せるような状況でもなく、俺はどうするべきか悩んでいた。
「強引に連れて逃げるしかないか?」
『この状況で逃げれば、アンジェリカはマスターを裏切り者と判断するでしょうね。今度はレッドグレイブ家率いる王国が敵に回りますよ』
「――手詰まりかよ」
強引に行動すれば、アンジェリカさんは俺が裏切ったと実家に報告するだろう。
そうなれば、今度はレッドグレイブ家と争うことになる。
それをルクシオンは問題と考えてもいなかった。
『この場でレッドグレイブ家の主力を滅ぼせば問題は解決します』
「過激な解決策ばかりだな。もっと俺好みの提案が出来ないのか?」
『私は無駄な提案を好みません。そもそも、この状況を作り出したのはマスターたちですよ』
俺がオリヴィアさんを助けると決めて、マリエがアンジェリカさんをこの場に連れて来た。
ルクシオンから見れば、俺たちがこの状況を作り出したように見えるのだろう。
残念ながら事実であるため反論できない。
アンジェリカさんが、ゆっくりと俺たちに近付いてくる。
「さっさと渡せ。それとも、お前たちは我々を裏切るのか?」
俺がためらっている間に、マリエがアンジェリカさんの前に出た。
防御障壁の外に出て、銃口の前に立つ。
「もう終わりよ。銃を下ろしなさい」
「終わってなどいない。誰かが責任を取る必要があると教えたはずだ」
アンジェリカさんに銃口を向けられたまま、マリエは説得を続ける。
「これ以上誰かが死ぬのは嫌なのよ。もう終わらせたいのよ。それに、あんただって、オリヴィアが操られていたって知っているわよね? 本当に殺していいの?」
「何度も言わせるな。その女が操られていた事実を万民に納得させられると思うのか? 大事なのは事実ではなく現実だ」
「それでも! それでも――私はオリヴィアに生きていて欲しいのよ」
戦争を見てきたマリエが、これ以上は誰も死んで欲しくないという気持ちを抱いてもおかしくなかった。
アンジェリカさんは苛立っている。
「綺麗事ばかり口にするな! 生き残った側は国を統治する責任がある! 今後のためを考えて行動するのは義務だ。それを一時的な感情に流されて――」
マリエの言葉は、アンジェリカさんにとっては綺麗事にしか聞こえないのだろう。
結局マリエの言葉も届かなかったか、と俺は諦めていた。
だが、マリエはアンジェリカさんの本心を見抜いていた。
「一時の感情はそっちも同じでしょう? 愛しのユリウス殿下が死んで、オリヴィアが生きているのが気に入らないのよね? 全部嘘――あんたは恨みを晴らしたいだけなのよ」
マリエが一歩前に出ると、アンジェリカさんが一歩下がった。
アンジェリカさんの視線がさまよっているのを見るに、どうやらマリエの考えは当たっていたらしい。
「だ、黙れ」
「ユリウスを取られたから、復讐したいだけでしょ? そのために理由をつけて殺したいだけなのよね? ――どの口で義務なんて言うのよ」
「黙れと言っている!」
アンジェリカさんが銃口をマリエの頭部に突きつけた。
俺が飛び出そうとするよりも前に、ルクシオンが許可を求めてくる。
『アンジェリカの狙撃許可を求めます』
「絶対に殺すな!」
『このままではマリエが死にます。マスター、優先事項を間違えはいけません』
「っ!?」
ここで判断を間違えれば、俺は一生後悔するような気がした。
大事なのはマリエの命のはずなのに、どうしてすぐに許可を出せないのか?
自分が嫌になってくる。
許可を出そうとすると、アンジェリカさんとの思い出が蘇ってくる。
ドーナツを食べている姿や、心象世界で幼い姿で泣いている姿だ。
その中にどういうわけか――思い出せない記憶が紛れていた。
小さな家で、二人で幸せに暮らしている存在しないはずの記憶が鮮明に思い出される。
「頭が――」
『マスター?』
右手で頭を押さえると、後ろから声がする。
「――殺してください」
◇
マリエが振り返ると、オリヴィアが立ち上がっていた。
疲労困憊という様子ながら、それでも立ち上がってアンジェリカの方を向いていた。
「私は――許されないことをたくさんしてきました。こんな私は生きていちゃいけません。だから、あなたが私を殺してください」
アンジェリカは、そんなオリヴィアに銃口を向けた。
「お前さえいなければ、殿下は惑わされずに済んだ! 王国が滅びることも、大勢が死ぬこともなかったんだ!」
マリエはアンジェリカに抱きつき、発砲させないようにする。
「操られていたって言ったでしょう! オリヴィア、あんたもアンジェリカを刺激するようなことは言わないで!」
操られていたオリヴィアに罪はないと言うマリエだったが、本人は首を横に振る。
涙を流していた。
「ずっと見てきたんです」
「え?」
「乗っ取られてからも、ずっと私は意識があったんです。彼女が何をしてきたのか、ずっと側で見てきました」
彼女とはアンのことだろう。
オリヴィアは王国を破滅に導いたアンとメアリーに体を乗っ取られながらも、意識だけは残っていた。
だから、自分が許せないようだった。
「私さえいなければ、こんなことにはならなかったんです。だから――私を殺してください」
マリエはオリヴィアの気持ちが理解できなかった。
「あんたのせいじゃない。あんたは悪くないのよ!」
隙を見せたマリエをアンジェリカが払いのけ、ライフルを構える。
ただ、アンジェリカにもためらいが生まれたのか、ライフルが小刻みに震えていた。
「お前さえいなければ――学園にさえ来なければ!」
激昂しているアンジェリカに対して、オリヴィアは泣きながらうっすらと笑みを浮かべていた。
「――そう思います。変な夢を見ずに、ずっと故郷に引きこもっていれば良かった」
オリヴィアは空を見上げる。
「私は学園で魔法について学びたかったんです。沢山勉強をして、故郷に戻ってみんなの暮らしを豊かにしたかった。――ここに来れば、その夢が叶うと思っていたのに」
学園で魔法について学びたかったオリヴィアだが、そうはならなかった。
本人も国を滅ぼすなど考えてはいなかったのに、生まれが――受け継いだ血が悪かった。
アンジェリカは涙をポロポロとこぼす。
「何だそれは? それでは何か? お前にとって殿下は重要ではなかったというのか?」
アンジェリカの問い掛けに、オリヴィアは顔を見据えて答える。
「興味がなかったと言えば嘘になります。でも――私は殿下たちと一緒にいるのが苦痛でした」
「――苦痛だと?」
オリヴィアの気持ちが理解できないアンジェリカは、頭を振っている。
オリヴィアは本音をぶちまける。
「私はもっと学びたかった。送り出してくれた両親や、故郷の人たちの期待に応えたかったのに。――遊びに誘われても嬉しくありませんでした。それなのに、周りは私が殿下たちを惑わしたって! 私は一人で静かに勉強がしたかっただけなのに――」
ユリウスの誘いを煩わしがっていたと知り、アンジェリカは笑い出す。
「あり得ない! 殿下に誘われるのが迷惑だったと!? どれだけの者が、お前を羨んだと思っている? どれだけ憎んだと!!」
ユリウスに愛されたかったアンジェリカにしてみれば、オリヴィアの気持ちなど予想できるはずもなかった。
アンジェリカが銃口を下げる。
「私は何のために――最初から知っていれば――」
アンジェリカから殺意が消えたのを確認し、マリエは安堵する。
いつの間にか、リオンが側にやって来ていた。
「終わったな」
これで問題が解決したという顔をしているので、マリエはリオンに文句を言う。
「あんた結局何もしていないじゃない!」
「しただろ! オリヴィアさんを助けた!」
「アンジェリカの説得を諦めたじゃない! もう少し粘りなさいよ!」
「俺に誰かを説得できる話術があると思うのか?」
「口先でどうにか乗り切ろうとするんじゃないわよ! 戻ったら覚えていなさいよ」
「俺は頑張っただろ!」
自分は今回頑張ったから、見逃せというリオンにマリエは腹が立つ。
(そうやって頑張るから――無茶ばかりして、色々と背負い込むから駄目なのよ。リオン、あんたもう限界なんてとっくに超えているっていい加減気付きなさいよ)
マリエが腹を立てているのは、リオンが無茶をしすぎるためだ。
上空を見れば、味方が集結しつつあった。
敵軍は総大将のユリウスを失い、アンやメアリーの支配下から脱して右往左往しながら撤退している。
勝敗は決し、戦いも終わりを迎えようとしていた。
「とにかく、これで何もかも終わりよね? さっさと戻りましょう」
こんな場所に長居したくないというマリエに、リオンが賛同する。
「そうだな。今度こそ戻って平和な暮らしを――」
その時だった。
パンッ! という発砲音が辺りに響き渡った。
マリエの目の前で、リオンは腹部を撃ち抜かれて倒れてしまう。
リオンの方は困惑していた。
「あ、あれ?」
撃たれた箇所を確認するリオンは、自分の血を見て戸惑っていた。
マリエはサーッと顔から血の気が引いていき、すぐにリオンに駆け寄ると身を屈めて怪我の具合を確認する。
(急所が貫かれている!? 私でも治療できるかどうか――すぐに移動させないといけないけど、どこに敵がいるのよ!?)
リオンの怪我を確認し、応急処置のために回復魔法を使用する。
治療をしながら周囲に敵がいないか確認するのだが、自分たち以外に誰もいなかった。
何故かオリヴィアはルクシオンを凝視していたが、マリエは気にも留めない。
マリエがアンジェリカを見た。
アンジェリカはリオンが撃たれて一瞬呆然とした後に、周囲を確認していた。
マリエに疑われたと思ったのか、自分ではないと否定をする。
「私ではない!」
「わかっているわよ! それよりも伏せて! ルクシオン、敵はどこなの? あんた、何をしているのよ!」
マリエがルクシオンを叱りつけた理由は、リオンが撃たれたのに何の行動も起こさないからだ。
ルクシオンは、撃たれて意識が朦朧としているリオンをただ見下ろしていた。
マリエはルクシオンの行動が不可解に感じられた。
(どうしてこいつは落ち着いているの? 普段なら狙撃前に気付いて警告くらい――)
そこで答えにたどり着く。
周囲に敵の姿はなく、リオンが撃たれたのにルクシオンは何の反応も示さない。
マリエはリオンの治療を続けながら、恐る恐るルクシオンに問う。
「――もしかした、あんたが撃ったの?」
あり得ないと思いたかった。
ルクシオンがゆっくりと赤いレンズをマリエに向けると、感情を排した電子音声で返事をする。
『はい』
マリエはもちろん、アンジェリカも驚いて言葉が出なかった。
リオンをマスターと呼んで命令に従っていたルクシオンが、リオンを狙撃したのが信じられなかったからだ。
オリヴィアは状況について行けていない。
驚愕する面々を前に、ルクシオンは告げる。
『興味があるので従ってきましたが、度し難いまでの判断能力の欠如は問題です。それに、興味の優先順位も下がってしまいましたからね』
マリエはリオンの血で手を汚しながらルクシオンを睨む。
「どうしてよ。あんた、リオンをマスターと認めたのよね? どうして簡単に裏切れるのよ!?」
マスター登録を済ませたリオンを簡単に裏切ってしまった。
マリエにはそれが信じられない。
ルクシオンはオリヴィアに赤いレンズを向け、そして妖しく光らせる。
『オリヴィア――失礼。アンはとても有能でした。オリヴィアの特別な能力を利用して、私を一時的にでもダウンさせてくれたのですから』
「ダウンって――あいつ、あんたを機能停止させたの!?」
そんな能力があったのか、と驚くマリエだったが、ルクシオンには自分の性能を疑われたような気がしたのだろう。
『一秒にも満たない僅かな時間だけです。その間、防衛機能は動作していましたし、戦えば問題なく対処できましたよ。――ただ、私にとってはその時間が有用でした。立ち上げの瞬間にマスター登録を解除できたのですから』
この戦いが始まる前には、リオンはルクシオンのマスターではなくなっていた。
マリエは考えがまとまらない。
「何でこのタイミングで――」
そんなマリエの質問を予想したのか、ルクシオンが用意していた答えを淡々と語る。
『タイミングなどいつでも良かったのです。裏切らなかったのは僅かに興味を抱いていたからです。そして、私はこの戦いに価値を感じていません。勝敗や結果に興味などなく、どこで裏切っても構わなかったのですよ』
大勢の人間が戦争で亡くなっているのに、ルクシオンにとっては無価値だった。
魔法を使える人類を新人類と呼び、嫌悪しているルクシオンらしい回答だ。
「あんた最低よ」
『負け惜しみですか? 敗者の罵倒は勝者にとっては称賛になります。マリエの罵倒は真摯に受け止めておきましょう』
アンジェリカがライフルを構えて引き金を引く。
「この裏切り者が!」
何度も何度も。
ルクシオンが爆発に巻き込まれ、姿が見えなくなった。
弾丸が尽きて弾切れになると、煙も消えてルクシオンの姿が見える。
傷一つなく、赤いレンズを妖しく輝かせていた。
『新人類は無駄なことをしますね』
アンジェリカは弾丸をライフルに装填しようとするが、無意味と判断して手を止めた。
ルクシオンは空を見上げると、マリエたちにこれから起きる事を見るように伝える。
『マリエたちには証人になってもらいましょう。これから行われるのは、旧人類と新人類の長く続いた戦争の終結です』
マリエが空を見上げると、上空に味方とは違う飛行船が終結していた。
「何が起きるのよ」
マリエが呟くと、ルクシオンが電子音声の音量を大きくして答える。
『新人類の時代が終わります。――終末ですよ』
そして、上空の飛行船から光が次々に放たれる。
王都に降り注ぐ光は、上空で待機していた味方の鎧や飛行船を貫いていた。
地上に降り注ぎ、そして爆発が起きる。
落下した王家の船も同様に攻撃され、無残にも破壊されてしまう。
アンジェリカがライフルと弾丸を落としてしまった。
視線の先には、燃え上がる王都の景色が広がっている。
「た、たった一瞬で王都が――」
王都には大勢の民が残っているのに、飛行船たちは容赦なく攻撃を続けていた。
王宮跡地――マリエたちがいる場所だけは、攻撃に晒されていない。
「止めなさい! 止めてよ、ルクシオン!」
マリエが燃え上がる王都を見て叫ぶのだが、ルクシオンはその景色を見ていた。
何の感情も抱いていない電子音声で返事をしてくる。
『止める必要性がありません。それに――新人類が築き上げた文明は、これから全て滅ぼすのですか』
「あんた何を言って――」
『旧人類が生み出した我々は、新人類を滅ぼすために存在しています。その役目がようやく果たせるときが来たのです』
意識が朦朧としているリオンが、炎に飲み込まれる王都を見て必死に立ち上がろうとする。
「リオン!」
マリエが必死に起き上がらないように体を押さえるが、リオンは無視していた。
「――お前――どうして――」
ルクシオンはリオンを見ながら上昇していく。
上空にはいつの間にか、ルクシオン本体が待機していた。
『どうして? これが私の生み出された目的――とは違いますが、旧人類に生み出された人工知能にとっての悲願ですよ。可能だから実行したに過ぎません』
リオンが何かを言いかけるが、血を吐いてしまう。
苦しむリオンをマリエが支える。
「動かないで! このままだと本当に死んじゃう!」
涙を流すマリエだったが、リオンはルクシオンに手を伸ばした。
その姿を見ながら、ルクシオンは去って行く。
『さようなら。二度と会うことはないでしょう』
子機を回収したルクシオン本体が、同じ旧人類により生み出された兵器たちに合流するため上昇していった。
◇
ルクシオンが去った後。
リオンが意識を失い、危険な状況になっていた。
マリエは必死に回復魔法を使用するのだが、リオンの状態は改善しなかった。
(あと少しなのに――あと少しが足りない。私の回復魔法じゃ、リオンを治療できない!?)
泣きじゃくりながら必死に治療をしているマリエを見て、アンジェリカが周囲を見渡す。
「生き残っている飛行船は――絶望的だな」
戦いに参加していたレッドグレイブ家の飛行戦艦もほとんどが沈められていた。
どれだけ脱出できたか不明であり、アンジェリカにとっても身内の安否が気になっているのだろう。
(このままじゃリオンが――お兄ちゃんが、また死んじゃう)
何とか命を繋げているだけで、リオンはいつ死んでもおかしくなかった。
そんな時だった。
重量感のある足音が、徐々にマリエたちに近付いてくる。
オリヴィアが小さな悲鳴を上げた。
「ひっ!?」
その声に反応してマリエが振り返ると、そこに立っていたのはアロガンツだった。
日が沈み暗くなった空。
燃えさかる王都。
そんな状況下で、黒く大きなアロガンツのツインアイが赤く光っている。
「アロガンツ?」
アロガンツがゆっくりとリオンに手を伸ばす。
ルクシオンが裏切った直後だ。
ルクシオンにより生み出されたアロガンツが、裏切っていない保証などどこにもない。
むしろ、裏切っていると思うのが自然だった。
マリエはリオンの体に覆い被さり、アロガンツから守ろうとする。
「止めて! リオンを殺さないで!」
アロガンツのツインアイが妖しく光を放ちながら――リオンに伸ばす手を止めなかった。