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「あの乙女ゲーは俺たちに厳しい世界です 5」著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。

公国姉妹編 その5


<アンジェリカからリオンへの手紙>
 王国では最近になって随分と朝晩が冷えるようになりましたが、公国ではどうですか? 体調を崩されていないか心配しております。
 黒騎士の後継者殿もそうですが、やはり黒騎士殿もご高齢ですからね。
 そちらの方も気にかかっておりますよ。
 私の近況といえば、王都で流行の演劇を観に行って感銘を受けたことくらいです。
 黒騎士の後継者殿には理解できない男女の恋愛をテーマにした演劇でしたが、屋敷に戻ってからも興奮が冷めぬほどでした。
 王都の演劇は規模も大きく、公国では観ること叶わないでしょうから残念に思います。
 ところで、黒騎士の後継者殿は演劇などを鑑賞されますか?
 高尚な趣味があるとは思えませんが、一応確認しておきたく筆を執りました。

<リオンからアンジェリカへの手紙>
 嫌みたっぷりのお手紙をありがとうございます。
 公国でも朝晩と冷えますが、冷えるとうちの爺さんが修行の季節だ! と元気になるので体調を崩している暇がありません。
 俺や爺さんが元気で残念でしたね。
 それにしても恋愛をテーマにした演劇に夢中とは、アンジェリカさんも可愛いですね。
 俺には理解できない高尚な趣味ですが、うちの姫様たちが大好きですよ。
 この前なんて各国を旅して回る演劇の一団を呼び寄せまして、大々的な公演を行わせていました。
 公都ばかりか地方からも人が集まり、お祭りのような賑わいを見せていましたよ。
 自分は無骨者なので理解できませんが、公国の人々が笑顔でいられるのが一番だと思いますね。
 それはそれとして、王妃ミレーヌ様はお元気でしょうか?
 この【リオン・ヒム・ゼンデン】が出会ったあの日からあなたを一日たりとも忘れたことはありません、と是非とも、必ず、絶対に! お伝えください。

 レッドグレイブ家の領地にある城にて、文通相手であるリオンの返事を受け取った【アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ】はプルプルと震えていた。
 リオンの手紙をグシャリと握り潰し、丸めてゴミ箱に放り投げる。
 そのゴミ箱はリオンの手紙を保管してあるため、メイドたちも事情を知っており中身を捨てることはなかった。
 我慢していた怒りが、ここに来て爆発した。

「何が嫌みたっぷりのお手紙だ! 私の倍は嫌みに塗れた返事を書いておいて、被害者面をするのが許せん!」

 アンジェリカが手紙に嫌みを込めたのは、リオンの返事に原因があった。
 最初はミレーヌに言われて文通をはじめたために、丁寧に、そして当たり障りのない手紙のやり取りを続けていた。
 おかしくなったのは、手紙に飽きたリオンが本音を漏らすようになったためだ。
 最初は「文通って続けないと駄目? 手紙が届く度にうちの姫様たちが不機嫌になるから、爺さんに怒られるんだよね」だった。
 アンジェリカとて、好きで文通を続けているわけではない。
 次代の黒騎士に付け入る隙があるから、とミレーヌがアンジェリカと文通を続けさせて情を持たせようとする作戦に過ぎない。

「誰が好き好んで、こんな奴と文通などするものか!」

 アンジェリカが憤懣やる方なく地団駄を踏んでいると、何事かとメイドの【コーデリア】が部屋のドアをノックした。

「アンジェリカ様!? 何かございましたか!!」

 心配するコーデリアの声に、アンジェリカはハッと我に返って恥じらう。
 頬を紅潮させつつ咳払いをした。

「な、何でもない」
「安心しました。それと、王都から手紙が届いております」
「王都から?」

 手紙を持ってきたコーデリアを入室させたアンジェリカは、差出人を見て目を見開いた。
 ミレーヌ・ラファ・ホルファート……先程までミレーヌについてあれこれ考えていたために、まるで見透かされたような気分だったからだ。
 受け取って開封しようとするとアンジェリカを見て、コーデリアが慌てて背を向けてきた。
 仕えている主人の娘の手紙を除くような真似は出来ないし、何よりも相手は王妃様だ。
 内容を知っていい立場ではないのと、マナーもあってコーデリアが部屋を出ようとしていた。

「失礼します」
「構わない。部屋で待機していてくれ。頼みもあるからな」

 コーデリアが立ち止まって壁際により、手紙の内容を確認していないと態度で示していた。
 アンジェリカはコーデリアの誠実なところが気に入っているし、何より幼い頃からの付き合いである。
 コーデリアに対しては甘い部分があり、手紙を確認する際に同席を許した。
 内容を確認し終えると、アンジェリカは瞳を輝かせる。
 リオンの手紙を読んでいた時とは違って、嬉しさが滲み出ていた。
 その様子を気にかけるコーデリアだったが、内容を聞くことを躊躇っているのか声をかけてこない。
 アンジェリカの方からコーデリアに話しかける。

「ミレーヌ様からしばらくは王都の屋敷で過ごすようにと提案された。ユリウス殿下と一緒にパーティーに参加して良いらしい!」

 十五歳。
 学園を卒業してもいないのに、公の場に婚約者のユリウスと一緒に出てもいい、とミレーヌが許可を出してくれたのが嬉しかった。
 自分を認めてくれた気がしたから。
 コーデリアが胸の前で両手を組んで微笑みを浮かべていた。

「アンジェリカ様の努力が報われたこと、このコーデリアも嬉しく思います」
「すぐに兄上に知らせよう! コーデリア、王都に行く手配を任せてもいいか?」
「はい、直ちに準備に取りかかります!」

 すぐにでも王都に行きたいアンジェリカの気持ちを察して、コーデリアが準備をするためにお辞儀をしてから部屋を出た。
 アンジェリカはミレーヌからの手紙を広げて掲げた。

「ユリウス殿下と一緒に過ごせる」

 喜ぶアンジェリカだったが、一抹の不安も覚えた。

(殿下にも手紙を出しているのに返事が遅い。今回の件も、殿下からの手紙で直接知りたかったと想うのは贅沢だろうか?)

 アンジェリカの視線は、リオンの手紙が積み上げられたゴミ箱に向けられた。
 嫌みや皮肉に塗れた手紙だが、すぐに返事を書く辺りは次代の黒騎士は筆まめなのだろう、と。



<アンジェリカからリオンへの手紙>
 次代の黒騎士殿に体調を気遣っても無意味と悟りました。
 日頃から血反吐を吐くような修行をし、心身共に鍛えられているであろうあなた様には、こんな小娘の心配など必要ありません。
 修行中にヘマをして怪我でもしたならば、手紙にてお知らせ頂ければ心配の一つもしましょう。
 それよりも、実はしばらく王都で過ごすことになりました。
 レッドグレイブ家は王都にも屋敷を構えており、学園入学まではそちらで過ごす予定です。
 婚約者であるユリウス・ラファ・ホルファート王太子殿下と共に過ごしてよい、とお許しが出ましたもので。
 ユリウス殿下ですが、あなた様と違って非常に紳士で、知的で、優雅で、それでいてお強い素晴らしい殿方です。
 あなた様も無骨者という言葉に逃げず、ユリウス殿下を見習って、少しは紳士になられてはいかがでしょうか?
 あぁ、それから私はユリウス殿下と楽しい日々を過ごしますので、手紙へのお返事が遅れてしまうかもしれません。
 次代の黒騎士殿も恋人や婚約者と楽しい時間をお過ごしくださいませ。……おっと、今はお相手がいませんでしたね。
 可愛いお姫様たちのお世話を頑張ってくださいませ。

 俺はアンジェリカさんから届いた手紙を握り潰した。
 嫌みや皮肉に塗れた手紙であるのも理由の一つだが、何よりも許せないのがアンジェリカさんの頑なな態度にあった。

「ミレーヌ様からの返事はどうしたよ! 俺が毎度毎度、ミレーヌ様によろしくって書いているのに一向に本人からの手紙や言伝が届かないっておかしいだろ!」

 パーティー会場で出会ったお美しい女性……ミレーヌさん。
 まさかこの俺が、敵国の王妃様にここまで心を奪われるとは思いもしなかった。
 彼女は王妃様で、俺は敵国のしがない騎士……立場が釣り合わず、叶わぬ恋だとは知りつつも、せめて言葉だけは交わしたかったのに。
 俺が憤慨していると、相棒のクロが後ろを見て怯えていた。

『相棒、相棒!』
「何?」

 振り返ってやれば、そこには木製のバットのような棍棒を手に持った王女様たちの姿があった。
 黒髪ペッタンの【ヘルトルーデ・セラ・ファンオース】が、冷ややかな目を俺に向けていた。

「ミレーヌ様、ミレーヌ様と毎回五月蠅い男よね」

 赤い瞳を持つ【ヘルトラウダ・セラ・ファンオース】は、打者のようにバットを振っていた。
 素振りは終わったのか、俺の方を見てバットを構えていた。

「私たちがいるのに他の女性のことばかり! 今日という今日は許しません!」

 アンジェリカさんの手紙が届く日には、二人揃って不機嫌になってしまう。
 共に育った幼馴染みにだけ恋人の影がチラついて許せないのだろうが、俺から言わせてもらえれば二人も大概だ。

「二人揃ってバットを構えるな! 大体、お前らがアンジェリカさんの手紙が届いたら内容を教えろ、って言ってきたんだろうが」

 俺がコソコソとアンジェリカさんと手紙のやり取りをしているのが許せず、王城で開封しろというプライバシーなど無視した命令を出したのがこの二人だ。
 現代風に例えるならば、「お前の交友関係を知りたいからスマホを使うのは私の前だけな!」という横暴にも程がある命令である。

「この状況が非常識だって理解しているのか? お前たちが王女様だから許されているのであって、普通だったらドン引きものの扱いだからな」

 二人には常識というものが欠けていた。
 王城で関わることができる人間に偏りがあるためだろう。
 そう思うと少しばかり同情したくもなるが、被害を受けている俺からすれば文句の一つくらい許されるはずだ。
 素直なヘルトラウダが、自分にも非があると思ったのかバットを下ろした。

「うっ、それを言われると確かに……」
「そうだろう、そうだろう。だから二人とも、もう俺の個人的な手紙を二人の前で読むなんて止めようじゃないか」

 二人に正しい常識を教えるために、今日も俺は一人で奮闘していた。
 していたのだが、素直ではない姉のヘルトルーデは冷たい目をしたままだった。

「ラウダ、騙されては駄目よ。私たちが怒っているのは、アンジェリカの手紙ではなかったでしょう? こんな皮肉に塗れた手紙のやり取りなんてどうでもいいのよ。許せないのは……毎度のように敵国の王妃に愛の言葉を書き記して、返事を待っているリオンに対してよ!」

 ヘルトルーデの絹のように滑らかな黒髪が、怒りで僅かに広がったように見えた。
 ヘルトラウダがハッとした顔をして、バットを構え直した。

「そ、そうでした! 私たちには言ってもくれない言葉を敵国の王妃様にはペラペラと! お姉様が落ち込んでいたんですよ!」

 ヘルトラウダの言葉に、ヘルトルーデが味方に後ろから撃たれたような衝撃を受けていた。
 グフッ、と言いながら胸を押さえてヘルトラウダに落ち着くように言う。

「ラウダ、その話はしたら駄目って言ったでしょ」
「そうでした! でも、事実なので言った方がいいと思いまして」

 ニコニコしているヘルトラウダを見て、ヘルトルーデは察したらしい。
 妹は人の良さそうな顔をして、後ろから姉を撃つような女である、と。

「そう……そうやってわざと姉を貶めるのなら、私にも覚悟があります。リオン、ヘルトラウダはアンジェリカに嫉妬しているのよ。私も文通がしたい、って」
「お姉様、それは言わない約束ですよね!?」
「先に裏切ったのはあなたよ、ラウダ」

 姉妹が喧嘩を始めたので、俺は気配を消してそろり、そろり、とこの場から逃げ出した。
 毎度毎度、アンジェリカさんから手紙が届く度にこれだ。
 少しは王女様らしくなれないのだろうか?

「まったく、あの二人にも困ったもんだ」

 俺がそう言えば、ついてくるクロが何とも言えない目をしていた。

『俺は相棒にも半分以上は責任があると思うけどな』
「何でさ?」

 立ち止まって振りかえると、クロはため息を吐いた。

『アンジェリカはともかく、敵国の王妃様を口説こうとしているのは常識があるとはとても思えないぜ』
「……クロ、常識とは人の数だけあるんだ。そして俺は、常識に縛られない男だ」
『相棒は都合が悪くなると煙に巻いて逃げる癖、どうにかした方がいいと思うぞ。爺さんに聞かれたら、また修行を増やされるからな』

 黒騎士の爺さんは無骨な武辺者だ。
 俺のように口が回るタイプを嫌っていた。
 あやふやにして逃げようとする態度が気に入らない、と言って追い回してくるから厄介だ。
 修行を増やされては遊ぶ時間がなくなってしまう。
 俺は頭をかいて、この話題からも逃げることに決めた。

「さて、アンジェリカさんへの返事を書くとするか。今は婚約者の王太子に夢中で、俺への返事なんて戻って来ないかもしれないな。そうなると、これが最後の手紙かも?」
『また逃げたな。それはそうと、相棒が筆まめなのが意外だったぜ』

 この世界は前世と比べて娯楽が少ない。
 手間のかかる手紙の返事を書かさないのは、これ自体が一種の趣味になっているためだ。

「俺はまめな男だよ」
『あの姉妹には雑な態度を取るのに?』

 首を傾げるような仕草をするクロに、俺は苦笑してしまった。

「……あの二人に無責任な態度なんて取れるかよ。今の関係ですら踏み込みすぎているんだ。これ以上、俺と二人が近付くのは色々とまずいからな」

 前世は政治などに関心を持ってこなかった。
 だが、次代の黒騎士という立場を持つ今の俺は、王城の政治に無頓着でもいられなかった。
 幸か不幸か、俺を拾った黒騎士の爺さんは政治に疎い。
 いや、政治から距離を置こうとしていた。
 武辺者の自分は命令に従うのみ、という立場を取っていた。
 そんな爺さんでも、王城で人付き合いをしているといつの間にか主戦派の重鎮になっていたらしい。
 公国最強の騎士という立場では、本人にその気がなくても政治に無関心でもいられないそうだ。
 ……俺は次代の黒騎士というだけ。
 黒騎士の爺さんに拾われて育てられたが、素性のわからない子供に過ぎなかった。
 ゼンデンの家名を名乗らせてもらってはいるが、何の実績もない俺は爺さんや王女様たちに気に入られただけのガキ、という扱いだ。
 おっと、クロというとんでもない力を持つ糞ガキ、も付け加えておこう。
 表立って俺が批判されないのは、次代の黒騎士に相応しい力を持っている、と周囲が勝手に思い込んでいるからだろう。
 そんな俺でも二人に釣り合うかと問われれば、答えはいいえ、だ。
 俺が二人のどちらかと恋仲にでもなろうものならば、すぐにでも王城から遠ざけられて前線に配置されるだろう。

「さて、家に戻って手紙を書くとしますか」



 ホルファート王国の王都で暮らしはじめたアンジェリカだったが、心に思い描いていたような状況とは違っていた。
 朝から身を清め、念入りに着飾って準備をしてきたアンジェリカは、赤いドレスを着用して王宮に来ていた。

「ユリウス殿下、少しよろしいでしょうか?」

 訪れたのはユリウスが休憩時間を過ごしている部屋だった。
 朝から晩まで家庭教師たちと座学を行い、時には熟練の騎士に鍛えられる日々を過ごしているユリウスには休日というものがない。
 休憩時間だけが、ユリウスにとっては憩いの一時だった。
 そんな時間を邪魔されると思ったのか、ユリウスは一瞬だけ不機嫌な顔付きになった。
 すぐに表情を改めて王太子としての顔になり、穏やかな口調でアンジェリカに言う。

「あまり時間はないが、それでいいなら」
「は、はい! 学園入学を前に主だった生徒たちを集め、細やかながらもパーティーを開いて交友関係を広げようと考えています。ミレーヌ様には許可を得ていますので、是非ともユリウス殿下にも参加して頂きたいと思いまして」

 学園入学を前に、有力な貴族たちの子弟と繋がっておこうという考えだった。
 アンジェリカにとっては、これがユリウスのためになると思っていた。
 ただ、ユリウスはあまり乗り気ではないらしい。

「学園に入学してからでも遅くはないと思うが?」
「確かに遅くはありませんが、上級生たちと顔見知りになっておけば入学後もスムーズに話が進みますし」
「上級生? あまりに急ぎすぎていないか?」
「……実は今年度に卒業する生徒たちから、ユリウス殿下と面会できる機会がほしいと」

 現在の三年生は、ユリウスが入学する頃には卒業した後だ。
 たった一年の違いで交流が持てないのは悔しいのか、王都の屋敷にアンジェリカがいると知って頼って来た。
 アンジェリカも思うところはあったが、三年生たちの気持ちも理解できるため話をしておくべきと判断した。
 ユリウスは目に見えて落胆した態度に変わると、アンジェリカに対してきつい口調で断りを入れた。

「今の三年生に気を遣えば、卒業生たちも黙っていないはずだ。アンジェリカ、悪いが俺は自らの仕事を増やすつもりはないぞ」
「いえ、そんなに時間は取らせません!」
「学園入学前となって、タダでさえ家庭教師たちが五月蠅い。騎士たちの稽古も厳しくなり、皆が口を揃えて入学後に恥を晒さないために、だ。これ以上、俺の時間を奪わないでくれ」

 ユリウスが朝から晩まで忙しいのはアンジェリカも知ってはいたが、今の内に有力になると思われる生徒たちとの顔合わせは重要でもあった。
 ユリウスの将来を思えばこそ、アンジェリカも今が好機かと提案したのだが……当の本人が乗り気ではないために引き下がることにした。

「申し訳ありませんでした。殿下のためになると思っての提案だったのですが……」

 アンジェリカが目に見えてシュンと落ち込んでしまうと、ユリウスも罪悪感を覚えたのかフォローをした。

「……俺も言い過ぎてしまった。さて、そろそろ次の授業が始まってしまう。悪いが、ここで終わりとさせてもらうよ」

 ユリウスは席を立つと部屋から出て行ってしまった。
 アンジェリカは思う。

(朝から気合いを入れてめかし込んでみたが、殿下はお気付きにならなかったな)

 自分の努力が無駄に終わってしまったことに、アンジェリカは悲しそうに、自嘲するように笑った。



「う~ん……」

 デンゼン家の屋敷にある自室のベッドに横になりながら、王都から届いた手紙に目を通していた。
 差出人はペンフレンドのアンジェリカさんだが、あちらも筆まめなのか返事を書いてくれた。
 ただ、内容に関しては一切の毒がない。
 こちらの体調を気遣いつつ、当たり障りのない内容を書いているだけだ。

「せっかく本音を書ける相手になったと思ったら、振り出しに戻ってしまった気分だ」

 文通を開始した最初の頃を思い出していると、俺のベッドの上でクッキーを食べているクロが覗き込んできた。

『毒のある内容が好きって相棒は変わっているよな』
「おい、食べるならベッドの上は止めろって言っただろ! せめて机の上にしてくれ」

 食べかすがポロポロとこぼれると気になるので注意すると、クロが俺の方に一つ目を向けた。

『それで、どうするんだよ? いきなり内容が事務的になったのには理由があると思うぜ』
「理由?」
『敵国の最強の騎士と親しくなり過ぎだ、って怒られたのかもしれないぞ』
「王都で何かあったのかもしれないな」
『調べに行くか? 俺様なら飛んで行ける距離だぜ』
「それもいいが、それをするとうちのお姫様たちを怒らせるばかりか爺さんまで激怒させちまうな。敵国の女に熱を上げるな! って」
『いや、相棒の場合はもう呆れられているって。どうして敵国の王妃様を口説こうとするんだよ。爺さんも相棒の趣味がわからないって悩んでいたんだぞ』
「……あの人、めっちゃ美人だったじゃん」
『自国の王女様たちが怒るのも無理ないと思うな』
「俺の趣味の話は置いておくとして、せっかく心を開いてくれたペンフレンドが落ち込んでいるならば少しは手を貸そうじゃないか」
『直接会えないのに解決できるのかよ?』
「任せておけ」



<リオンからアンジェリカへの手紙>
 いつも可憐に嫌みや皮肉を手紙に織り交ぜるアンジェリカさんが、事務的な返事ばかりするので心配になっております。
 王都で何かあったのでしょうか? それならば、ペンフレンドであるこのリオンに相談してみませんか?
 次代の黒騎士として華麗に解決してご覧に入れますよ。

 公国から届いた手紙を前に、アンジェリカは酷く面倒そうな顔をしていた。
 王都に来てからもリオンへの返事は欠かしていない。
 むしろ、王都に来たからこそ頻繁にやり取りをするように、と注意を受けたほどだ。
 注意してきたのはミレーヌだ。
 何かとユリウスと一緒に過ごしたがるアンジェリカに、手紙の件を忘れてはいないか? と釘を刺されてしまった。

「何が解決してご覧に入れます、だ。お前如きに解決できるわけがない。こっちはミレーヌ様に言われて仕方なく筆を執っているに過ぎないのに」

 そう思うとムカムカしてきたアンジェリカは、腕まくりをすると引き出しから紙を取りだして乱暴な時で書き殴ってやった。

「女心の理解できない貴殿には話すつもりはない! ……ふん、これで少しは分をわきまえるだろ」

<リオンからアンジェリカへの手紙>
 女心がわからないとは心外ですね。
 私は自国の王女様たちの遊び相手もしておりますので、女心がコロコロ変わる一貫性のない不思議なものだと理解しておりますよ。
 もしかして、愛しい殿下に構い過ぎて嫌われちゃいました?
 それならばご安心ください!
 このリオン、女心は理解できずとも男心は理解できますので!

 リオンからの返事はすぐに届いた。
 内容を確認したアンジェリカは、手紙を丸めて床に投げつけて何度も踏みつけた。

「見透かしたようにこちらの悩みを見抜いて! 何が次代の黒騎士だ! どうせバンデル殿にも及ばない愚物の癖に!」

 腹立たしいのは、手紙には一切触れていないのにユリウスの件で悩んでいるのを見抜かれたことだ。
 激高しているのも、図星を突かれたから。
 何より、これを見抜いたリオンへの恐怖もあった。
 呼吸の乱れたアンジェリカは、またも紙を取りだして書き殴ってやった。

<アンジェリカからリオンへの手紙>
 貴殿に心配して頂くことは何一つありません!
 そちらのお姫様たちと違って、我が国の王太子であるユリウス殿下は朝から晩まで忙しいのです。遊んでいられる時間など一切ありませんからね。
 貴殿のように遊び呆けていられる時間があるのは羨ましい限りです。

<リオンからアンジェリカへの手紙>
 ふふっ。
 字が乱れていますね。
 もしかして、図星を突かれて心が乱れちゃいましたか? 手紙に向き合う時は心を落ち着けることをお勧めしますよ。
 その様子なら、愛しの殿下との間に問題が起きたのは間違いなさそうですね。
 アンジェリカさんの悩みに気付いた俺って凄くない?

<アンジェリカからリオンへの手紙>
 自惚れるなよ、黒騎士の劣化品風情が!

<リオンからアンジェリカへの手紙>
 その劣化品に悩みを見抜かれたアンジェリカさん、無様っすね(笑)
 少しはミレーヌ様を見習って、大人の女性になりましょうよ。
 俺だから一文を書き殴る返事を許していますけど、他だったら大問題ですよ。
 あ~あ、そうやってユリウス殿下にも雑に接したんじゃないの? って心配になるな~。

「お前に言われたくねーんだよ!!」

 王都にあるレッドグレイブ公爵家の屋敷に、リオンからの手紙を受け取ったアンジェリカの怒声が響き渡った。
 何事かとアンジェリカの部屋の前に、コーデリアが駆け付けてきた。

「アンジェリカ様!? 何かございましたか!!」

 ドアを激しくノックするコーデリアに、アンジェリカは呼吸を整えてから返事をした。

「だ、大丈夫だ。それから、後で手紙を出したい。一時間後にでも取りに来てくれ」
「……かしこまりました」

 納得しきれない様子のコーデリアが部屋の前から去ると、アンジェリカはため息を吐いてから机に向かった。
 引き出しから紙を数枚取り出すと、深呼吸をしてからペンを取った。
 そして、真っ白な紙を前に何を書こうか悩み……目を閉じた。
 数十秒悩んだ後に、アンジェリカは目を開いた。

「解決できるものならばしてもらおうか」

<アンジェリカからリオンへの手紙>
 これまでの数々のご無礼をどうかお許しください。
 王都に来てから思い通りにならない日々を過ごしている内に、心が乱れていたようです。
 貴殿が見抜いたように、原因は婚約者であるユリウス殿下との関係です。
 王都に来てから何度も面会しておりますが、ユリウス殿下は私が来ると表情が曇ってしまうのです。
 何か自分に至らないことがあったのではないかと不安になり、挽回しようとして余計に怒らせてしまったこともありました。
 殿下は貴殿よりも繊細な方ですのでお気持ちを理解するのは難しいでしょうが、何か解決する術があるならばご教授頂きたいものです。

<リオンからアンジェリカへの手紙>
 さらりと嫌みを混ぜるお返事に笑みがこぼれましたよ。
 調子が戻って来たようで何よりですね。
 それはさておき、貴国の王太子殿下は繊細ではなく余裕がないだけです。
 アンジェリカさんが挽回しようとして空回りしているのを見て、怒りを抱く辺りが幼い。
 俺なら「あぁ、また空回りしているな~」と微笑ましく見守ることでしょう。
 さて、解決策ですが簡単です。
 アンジェリカさん、王都で暮らせるのが嬉しすぎてユリウス殿下に構い過ぎていませんか? 最初は良いのですが、毎日続けば面倒に思うのが男というものです。
 特に王太子殿下のお立場を考えれば、朝から晩まで学びの日々を過ごしておられるのでしょうね。
 我が国の姫様たちも同様なのでお気持ちお察しします。
 ……ただ、それなのに自分の都合だけを押し付けるのは頂けませんね。
 面会したいならば相手の都合も考えるのが解決の糸口ですよ。
 どうせミレーヌ様を通して強引に都合を付けたんでしょ? そういうの、年頃の男の子って嫌がるんですよね~。

 リオンからの返事を受け取ったアンジェリカは、目を丸くしていた。
 両手で持つリオンの手紙が震えていた。

「お前も同い年だろうに。だ、だが、まともな解決策を出してくるとは思わなかった。た、確かに、嬉しすぎて殿下のもとに通い詰めていたし、ミレーヌ様を通して都合を付けてもらっていたな」

 自分の行動を振り返ったアンジェリカは反省した。
 アンジェリカはリオンの指示に従って、ユリウスとの向き合い方を変えることにした。



 王宮にて剣の訓練を終えたユリウスが、汗を拭っていると乳兄弟の【ジルク・フィア・マーモリア】が笑みを浮かべてやって来た。
 王宮の中庭にある樽に用意された水に布を濡らし、体を拭いていたユリウスは悪い知らせかと思い身構えた。

「どうした?」
「そんなに警戒しないでくださいよ、殿下」
「お前がここ最近持って来る話題は、どれも俺の貴重な休憩時間を削る内容ばかりだったからだろ」
「心中お察ししますよ。ですが、今回は違います。アンジェリカさんから、都合のいい日にお茶会は出来ないかと」

 相手の名前を聞いてユリウスは辟易した。

「アンジェリカから? どうせ母上を頼ったのだろう? どこに予定をねじ込んで来るやら」

 ここ最近のアンジェリカの様子を思えば、ユリウスが不満に思うのも仕方がなかった。

 ジルクは笑みを絶やさずに言う。

「王妃様を通さずの提案ですよ。それに、ユリウス殿下の都合に合わせるそうです」
「俺の? とはいえ、そうなると一週間後になるぞ」

 一週間後まで待てないと言われ、どうせ予定を変更するのだろうとユリウスは期待していなかった。

「そのようにお伝えしますよ」
「大丈夫か?」
「今のアンジェリカさんなら大丈夫だと思いますよ。それに、毎日のように押しかけたことを反省している様子でしたからね」
「そ、そうか」

 アンジェリカが自分の気持ちを察してくれたと思ったユリウスは、安堵からため息を漏らした。



<アンジェリカからリオンへの手紙>
 あれから殿下との関係は良好となりました。
 毎日のように押しかけたことを謝罪すると、普段よりも柔らかい笑みを浮かべて受け入れてくださったのです。
 これも貴殿のおかげですね。

<リオンからアンジェリカへの手紙>
 それは何より。
 お二人の関係が良好になれば、俺は愛のキューピットですね。
 もっと褒め称えてもいいですよ。

<アンジェリカからリオンへの手紙>
 この世で一番頼りたくない腹黒いキューピットですね。
 あなたを頼ったと知られれば、殿下もきっと落胆されることでしょう。
 私としては悪魔に魂を売ったような気分ですよ。

<リオンからアンジェリカへの手紙>
 真摯な俺を悪魔とはいただけませんね。
 それはそうと、ミレーヌ様への愛の言葉はちゃんと伝えて頂けていますか? このリオン、王妃様のお返事を一日千秋の思いでお待ちしております。

 リオンからの返事を受け取ったアンジェリカは、久しぶりにミレーヌの話題が出ると苛立っていた。
 以前はまた馬鹿なことを、と思っていたが今回は違う。
 妙に胸がムカムカして、仕返しをしてやりたい気分になっていた。

「そうか……そんなにミレーヌ様に愛の言葉を伝えたいのか。いいだろう、伝えておいてやる」



 後日。
 ミレーヌの執務室を訪れたアンジェリカは、男装をしてリオンの言葉を伝えていた。

「敵国の王妃であられるミレーヌ様! どうしてあなた様は王妃様なのでしょう? このリオン・ヒム・ゼンデン……あなたが王妃様でなければ駆け落ちしていたところです!」

 男装の麗人となったアンジェリカの言動に、ミレーヌは口を半開きにして反応出来ずにいた。
 仕事をしながら話をしようとしていたのだろうが、ミレーヌの手は止まっていた。
 ハッとしてアンジェリカの振る舞いについて理由を問い掛けてくる。

「アンジェ!? どうしたというのですか!?」

 アンジェリカは部屋に入ってからリオンに成り切り、それ以上の騎士らしい騎士としてミレーヌにこれまでの愛の言葉を囁いていた。

「今の私は次代の黒騎士リオンの代弁者でございます。それでは……このリオン! ミレーヌ様のためならば火の中水の中、恐れず飛び込んで見せましょう。パーティー会場で出会ったあの日、私は運命と出会ったのです!」
「アンジェ、止めなさい。文通を任せたことを怒っているの? だったらちゃんと言ってくれればいいのよ。もう、こんな真似は止めなさい!」

 男装したアンジェリカに愛を囁かれ続けたミレーヌの顔は、もう耳まで赤くなっていた。
 アンジェリカはミレーヌの側に近付くと、手を取って甲にキスをした。

「ミレーヌ様への愛を止めることなど出来ません。あなたへの愛で胸が張り裂けてしまいそうな日々を過ごしているのですから」
「アンジェェェェ……お願いだからこれ以上は勘弁して」

 こういう恋愛面で弱点を晒してしまったミレーヌを前に、アンジェリカは思う。

(どうやら熱烈な言動にミレーヌ様は弱い様子。意外な一面を見てしまった気分だが、このままやり返させてもらうとしよう)
 最初はリオンに対する嫌がらせと、自分に文通を任せきりにしたミレーヌへの悪戯のつもりだった。
 しかし、面白くなったアンジェリカは、このまま悪戯を続けることにした。

「愛しのミレーヌ様、このリオンはあなたと出会ったあの日を一生忘れないでしょう! さぁ、あなたからこのリオンに愛の言葉をお聞き下さい」
「アンジェのばぁかぁ……」

 ミレーヌはこの日、アンジェリカが退出した後も使い物にならず一日分の仕事が停滞してしまうのだった。



 それから数日後、アンジェリカはリオンへの手紙をしたためていた。
 今までのように乱暴に書き殴るのではなく、丁寧に文章を書き綴っていた。
 手紙を前にアンジェリカの表情は笑みを浮かべていた。

「さて、リオン殿は私の手紙に何と返事を書いてくださるのやら」

 いつの間にか、リオンに手紙を書くことが楽しくなっていた。
 返事が来るのが待ち遠しくなり、手紙を書くことが苦ではなくなっていた。
 丁寧に封筒に入れて封蝋を行うと、ウキウキしながらコーデリアに託しに向かうのだった。



 アンジェリカさんの手紙を受け取った俺は、無事にユリウス王太子との関係が修復したことを姫様たちに報告していた。
 普段から「リオンは乙女子心に理解がない」と言われているため、今回の件で見返してやろうと思ったからだ。

「どうです、二人とも? このリオンが本気になれば、恋愛問題の一つや二つは簡単に解決してしまえるのですよ。お二人も何かあれば、是非とも俺に相談……ルーデ? 何で冷たい目で俺を見ているの? ラウダ? どうしてシャドーボクシングをしているのかな?」

 ヘルトルーデは俺を冷たい目で見るし、普段は優しいヘルトラウダが拳を作ってシャドーボクシングをしていた。
 何やらアンジェリカさんの手紙を見て怒っているらしい。
 何故だ?
 ヘルトルーデが俺に冷たく言い放つ。

「敵国の女と仲良くしているんじゃないわよ」
「あぁ、そっち? でも、仲良くなって色々と情報を引き出せって言われたし」

 必要性を語るも、二人は納得しくれない。

「言い訳とか聞きたくないわね。敵国の王妃ばかりかアンジェリカまで誑し込んで……この女の敵!」
「女の敵!」

 二人のわがまま姫を前に、俺は小さくため息を吐いた。

「……女心がわからないのはアンジェリカさんの言う通りだったな」

 今まで黙っていた相棒のクロが口を開いた。

『そういうところだぜ、相棒』