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「あの乙女ゲーは俺たちに厳しい世界です 4」著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。
世の中というのは不思議なもので、たとえ憎み合っている関係でも本音を隠して付き合っていかなければならないらしい。
ファンオース公国とホルファート王国――両国の王家は元を辿れば同じ血筋に行き当たる親戚筋だ。
ホルファート王国から独立する形でファンオース公国が誕生したのだが、そこに至るまでには両国の間で色々とあった。
戦争、侵略、略奪……喧嘩別れしたようなもので、以降の両国は犬猿の仲だ。
それでも何年かに一度は、両国の代表が集まって顔を合わせていた。
場所はホルファート王国の国境を守るフィールド辺境伯の浮島で、夜だというのに明るすぎるくらいの照明を用意してパーティーが開かれていた。
城の大広間をパーティー会場としており、両国の代表が酒の入ったグラスを片手に作り笑いを浮かべて談笑していた。
俺の名前は【リオン・ヒム・ゼンデン】。
十三歳になった俺は、何故か知らないが糞爺【バンデル・ヒム・ゼンデン】の代役として今回の顔合わせに参加させられている。
代役にさせられたのは俺が養子であるためだが、そもそも糞爺が「王国の連中と顔合わせなど虫唾が走る!」と拒絶したからだ。
ファンオース公国としては英雄バンデルが参加してくれれば、ホルファート王国に対して威圧になると思っていたらしい。
頑固な糞爺が何度も拒否してしまったために、ならば養子の俺はどうか? と代案を出してきたそうだ。
ファンオース公国としては英雄バンデルの後継者がいるぞ、と示したかったのだろう。
俺という人間よりも、俺の肩書きに価値を見出しての参加要請だった。
実際、ホルファート王国の貴族たちは興味を持っていたよ。
何人もの貴族が俺のところに挨拶しに来たからね。
「疲れたぁ……どいつもこいつも、俺に糞爺を重ね合わせやがって」
バルコニーに逃げ込んだ俺は、手すりに体を預けて深いため息を吐いた。
王国側からすると俺は「黒騎士が才を見込んで養子にした後継者」らしい。
その理由は俺の相棒であるロストアイテムにある。
相棒のクロ――ブレイブという魔法生物が、俺に肉眼を向けてくる。
『そうはいっても次の黒騎士は相棒だろ? 俺を使いこなせるのは相棒だけだし、公国の最高戦力は相棒で間違いないぜ』
黒い球体に肉眼の一つ目という不気味な姿をしているクロだが、話してみると愛嬌があって可愛い奴だ。
初対面では大抵の人たちに怖がられるけどね。
「俺はお前のオマケみたいなものだろ?」
『相棒は本当にひねくれているよな。俺の力は相棒の力だって言っているだろ。もっと自信を持っていいと思うぜ』
「お前がいても糞爺に勝てないのに?」
この魔法生物の凄いところは、人がまとえば瞬時に鎧――全長にして五メートル前後の人型ロボットのような姿になれる点だ。
鎧というのはこの世界の戦場で活躍している兵器だ。
人型のロボットに人が乗り込み、そして戦場を飛び回って戦う。
戦闘機のような立ち位置だが、人型であるため汎用性は高いと思う。
クロの場合はロストアイテム――滅んだ文明が残した超凄い兵器であり、現代の鎧など比べるまでもない性能を保有していた。
それなのに……俺とクロは糞爺に何度も負けている。
言い訳をすれば糞爺相手に本気は出せないのでクロの性能を制限していた。
それでも、鎧の性能ではこちらが圧倒的に優れていた。
クロも小さな両手を体から出して、頭を抱えるような仕草をする。
『あの爺さんは反則だろ! 本気を出せば負けないと思うけどさ』
「お前が本気を出したら糞爺が死ぬだろ」
『……相棒は何だかんだと言うけど爺さんに甘いよな』
「五月蠅い」
クロから顔を背けると同時に、バルコニーにやって来た人物に視線が向かう。
俺のように挨拶に疲れて逃げ込んできたのか、僅かに疲れた顔をしている女の子だった。
編み込まれてまとめられた金髪に、輝くような赤い瞳。
年頃は俺たちと同じくらいだろうか?
容姿に優れているというのもあるのだろうが、俺が感じたのはその子の存在感だ。
一瞬だが視線を奪われるような感覚に、焦って顔を背けて頭を横に振った。
クロが俺の顔を覗き込んでくる。
『他の娘に見惚れると、姫様たちが嫉妬するぞ』
「別に見惚れたわけじゃ……」
言い訳をしようとすると、カツカツとヒールで歩く音が近付いてくる。
俺の側まで来て立ち止まったのは、気の強そうな赤い瞳の少女だった。
疲れた様子を一瞬で隠した彼女は、俺を前にして堂々と言う。
「お前が次の黒騎士だな」
鋭い目つきをする少女は、俺に対する敵対心を隠そうともしない。
普段ならやり過ごすところだが、パーティー会場で本音を隠して談笑する大人たちを見てきた後では素直さが心地よく感じられた。
ちょっと傲慢なお嬢様をからかって遊んでみたくなった。
「そんなに睨まれては怖くてすくんでしまいます。リオン・ヒム・ゼンデンです。そちらのお名前を伺っても?」
身振り手振りを加えて演技をするように挨拶をすると、少女はからかわれていると気付いたのかムッとした表情になった。
どうやら感情の沸点が低いようだ。
怒りっぽい少女は、礼儀として名乗り返してくる。
「アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブである! ――お前の敵だ」
「これはどうもご丁ねい……え?」
俺を睨んで敵宣言をしてくる少女の名前を聞いて、からかう気持ちが吹き飛んでしまった。
俺は彼女――アンジェリカを前に目を丸くしていたと思う。
アンジェリカは俺の様子に気をよくしたのか、大きくなりかけている胸を張りながら言う。
「恐れ入ったか。私はレッドグレイブ公爵家の娘にして、王太子殿下の婚約者である。いくらお前が黒騎士の後継者といっても、すり寄るような真似はしないぞ」
出自や立場を自慢するアンジェリカに、俺は自分の考えが正しいと確信した。
彼女こそ、あの乙女ゲーの敵――主人公をいじめる悪役令嬢その人だった。
どうやらパーティーに参加している大人たちが、俺と談笑している姿をご機嫌取りであると見ていたらしい。
実際に俺を前に糞爺の活躍を褒め称える奴もいたが、多くは俺の人となりや実力を測ろうとしている大人ばかりだった。
表面上しか見えていないようだ。
「……誰もすり寄って来ていませんよ。アンジェリカさんの勘違いですね」
「そうやって誤魔化すつもりか? ふん、どうやら次代の黒騎士は実力に不安を抱えているらしい。いつまでも公国に好き勝手になどさせないからな」
「いや、まぁ……うん」
この場をどのように乗り切ろうか、と頭で必死に考えていた。
ここで関わっていいのか? というか、面倒だから逃げたいな、と。
からかう相手を間違えたと思っていると、バルコニーにもう一人やって来る。
不機嫌ですと表情に出して俺とアンジェリカさんの間に入るのは、【ヘルトルーデ・セラ・ファンオース】だ。
艶のあるサラサラした長い黒髪を揺らしながら現われると、キッとアンジェリカさんを睨み付ける。
「外にまで会話が聞こえてくるから何事かと思えば、リオンの実力が不足しているですって? 言っておくけど、リオンはバンデルがその実力を認めて養子にしたのよ。そんなリオンが弱いはずないでしょ!」
何を思って割り込んできたのかと思えば、俺が馬鹿にされたのが我慢ならなかったらしい。
まぁ、黒騎士というのはファンオース公国的には英雄の肩書きみたいなものだ。
自国の英雄候補を馬鹿にされれば、腹が立つのも仕方がない。
アンジェリカさんが、ヘルトルーデ――ルーデの登場に意味深な笑みを浮かべていた。
「随分と親しそうだな。だが、知り合いの評価というのは甘くなると相場が決まっている。次代の黒騎士の評価も、身内贔屓としか思えないな」
悪役令嬢だから仕方がないかもしれないが、本人たちを目の前に堂々と言うのはどうなのか? 無礼を恐れない胆力か、はたまた世間知らずなだけなのか。
眺めているだけなら面白そうなのだが、ルーデの方が限界に来たようだ。
「言わせておけば……」
ルーデがムキになってしまったので、俺はため息を吐いて両肩に手を置いて下がらせた。
「そこまで」
「リオン!? あなたは馬鹿にされて悔しくないの!」
「全然」
「なっ!?」
馬鹿にされても平然としている俺に、ルーデは信じられないという顔をしていた。
大きく開かれた目の中で、瞳が揺らいでいた。
これは、後からフォローしてもこじれるだろうな、と思ったので仕方なく説明する。
「俺はくそじ――爺さんと違って勝ち方にこだわらないからな。戦う前から相手が勝手に侮ってくれるなら、そのままの方がやりやすいだろ」
それっぽい理由を口にすれば、ルーデが視線をさまよわせながらスカートを両手で掴む。
「それはそうだけど」
頭では理解出来ているが、納得できないようだ。
まぁ、そもそもこんな話をアンジェリカさんの前ですれば、意味がなくなってしまうんだけどね。
今はルーデのご機嫌取りが最優先だ。
アンジェリカさんの方を見れば、何故か知らないがこちらを睨んでいた。
睨むのはいいのだが、今にも泣きそうな顔をしている。
「わ、私だって、王宮に戻れば殿下がいるし」
俺とルーデが恋仲にでも見えているのだろうか?
何やら事情がありそうだが、関わっている余裕はない。
「さて、そろそろ戻りましょうか。あまり席を外しては、大人を心配させてしまいますからね」
俺は二人に声をかけてパーティー会場に戻るのだった。
◇
パーティー会場に戻ると、アンジェリカさんはさっさと王国側の大人たちがいる場所に戻ってしまった。
俺とルーデは二人で会場内を歩いていた。
ルーデはアンジェリカさんの態度が気に入らないのか、普段よりも歩幅が大きかった。
「何なのよ、あの態度は」
「公爵令嬢のお姫様だろ」
「挨拶で顔合わせをした時は、もっと大人しかったのよ。それなのに、あの場では人が変わったみたいだったわ」
パーティー中に、ルーデはアンジェリカさんと顔合わせを済ませていたらしい。
その際はお淑やかなお嬢様という印象だったようだ。
バルコニーでの態度からは想像もできないな。
もっとも、悪役令嬢であると思えばあの性格も納得だ。
足下をすくわれそうな傲慢さが、何とも悪役令嬢らしい。
アンジェリカさんについて考え込んでいると、ルーデが顔を俺の方に向けていた。
パーティー会場に戻ってから表情は取り繕っているのだが、それでも俺に対して目つきが鋭い。
「そもそもリオンも悪いのよ。貶されたのに言い返さないし、アンジェリカを相手に鼻の下を伸ばしていたでしょ」
「……俺がいつ鼻の下を伸ばしたよ」
視線を逸らしながら抵抗をしてみたが、俺の相棒がお腹を抱えるような仕草をして笑っている。
『相棒はアンジェリカの胸に何度も視線が向いていたからな』
クロの裏切りにより、俺は追い詰められてしまった。
目を大きく見開いたルーデが、頬を引きつらせながら笑っている。
「また胸を見ていたのね」
無意識ながら、俺は壁と表現できそうなルーデの胸に視線が動いた。
脳内で比べたのは、アンジェリカさんの胸だ。
同い年なのに成長具合が違ったなぁ……と。
「そ、そんなわけないだろ」
ささやかな抵抗をするも、あの場で全てを見ていたクロは全てを暴露してくる。
『沢山見ていたぞ』
「クロ、お前は俺を裏切って楽しいのか?」
『だって事実だろ? 相棒は胸が好きだって公言しているし』
「あれは家の中での発言だ。誰が自分の性的趣向を公言するかよ」
『……日頃の相棒を見ていると、公言しているのと同じだ思うけどな』
このままクロと会話をして、ルーデの追求を有耶無耶にしようとしていると声がかかる。
「少しお時間をよろしいかしら?」
鈴を転がすような声にハッとして立ち止まり、振り返るとそこにはアンジェリカさんを連れた大人の女性が立っていた。
服装や装飾品を見て、すぐに高位の人物であると察しが付いた俺は姿勢を正す。
手入れの行き届いたストレートロングの髪は、プラチナブロンドで美しく輝いて見えた。
白を基調としたドレスも似合っているが、何よりもドレスや装飾品など関係なくその人は美しかった。
微笑みを浮かべた顔は目鼻立ちが整っているのは当然として、溢れ出る魅力? 包容力とでも言えばいいのだろうか? 優しく包み込んでくれる雰囲気に、俺は――。
「凄くタイプです。付き合って下さ――ふぎゃっ」
――つい、告白してしまった。
告白が言い終わりそうになったタイミングで、ルーデが俺の脇腹を摘まんで力の限り捻ってきたので変な声が出てしまったのが残念で仕方がない。
今も抓ったまま、俺の告白についてフォローしてくる。
「どうやらうちのリオンは混乱しているようですわ。大変失礼いたしました、【ミレーヌ・ラファ・ホルファート】王妃様」
ルーデが女性の名前をわざとフルネームで呼び、そして敬称まで付けたのは俺に相手の立場を教えるためだろう。
俺を見るルーデの瞳が「自重しろ、馬鹿」と言っているような気がしてならない。
それはともかく、ミレーヌ――何て素敵な名前だろうか。
「ミレーヌ様……素敵なお名前ですね、ごふっ!」
今度はルーデの肘が、俺の脇腹に突き刺さった。
ルーデが取り繕う笑い方をしている。
「あらあら、リオンったら実は寝ぼけているのかしら? 就寝時間には少し早いわよ」
気品溢れる素敵な女性を前に、つい前世の感覚が蘇ってしまった。
転生してから十三年が経過したわけで、俺の中身はもう三十過ぎになっている。
肉体的な同年代よりも、精神的な同年代に惹かれているのかもしれない。
しかし、相手は王妃様……いくら口説いても無意味な相手だ。
つまりは責任を取らなくてもいい相手、というのが俺の口を軽くしたらしい。
どうしても責任を考えると、俺は二の足を踏んでしまうからな。
「た、大変失礼しました、ミレーヌ王妃様。あまりの美しさに自然と口が動いてしまったようです」
俺の隣にいるルーデが「まだ言うか!」と睨み、相棒のクロは頭を振るような仕草をして呆れている。
ミレーヌさんも戸惑っていたが、その隣にいたアンジェリカさんは別だ。
俺に対して胡散臭いものを見るような目を向けていた。
「ミレーヌ様、こいつの無礼を許されるのですか? 一国の王妃を公衆の面前で口説くなど、あまりにも失礼ですよ」
そんなアンジェリカさんの言葉に、俺は咄嗟に口が動いてしまう。
というのも、改めて周囲を見ればパーティー会場中の視線を集めてしまっていた。
このまま黙っていれば、俺が無礼を働いたという事実だけが残ってしまう。
この場を何としても乗り切るためには、有耶無耶にするべきと判断した結果だ。
「美しい女性を口説いて何が悪い! 口説かない方が無礼だろ!」
周囲の貴族たちは「子供ながらに言うではないか」とか「確かに一理ある」とか「王妃様を口説く勇気は本物だな」と笑っていた。
よし! このまま有耶無耶にできるな! そう思っていると、ミレーヌさんが苦笑を浮かべながら言う。
「アンジェリカが随分と無礼な物言いをしたと聞いたから、謝罪に来たのだけどね。まさか、こんなことになるとは思わなかったわ」
「アンジェリカさんの?」
俺たちの視線がアンジェリカさんに向かうと、本人は顔を背けた。
ミレーヌさんが頬に手を当てながら、アンジェリカさんの行動を謝罪してくる。
「バルコニーで失礼な言動をしたのに、それを誇らしく語っていたのよ。この子からすれば、敵国の英雄殿に対して気持ちが先走りすぎてしまったみたいだわ」
あそこまで強気な態度を取ったのは、俺が次の黒騎士だからわざと傲慢に振る舞ったと?
つまり、俺に対して無理をして頑張っていたわけだ。
内心を知った俺がニヤニヤしながらアンジェリカさんを見れば、本人は恥ずかしそうに俯いていた。
「ミレーヌ様、そこまで仰らなくても……」
「駄目よ。礼を失していたのはこちらの方ですからね。ちゃんと謝罪をするのよ」
厳しい視線を向けるミレーヌさんに、アンジェリカさんは諦めたのか俺にカーテシーを行う。
片方の脚を下げ、スカートを摘まんで屈む仕草だ。
「先程のご無礼、どうかお許し下さい」
すると、ルーデが口を開こうとする前にミレーヌさんが動いた。
明るい表情で手を叩く。
「これでお相子ね。告白の件は水に流しましょう」
そう言われてルーデが引き下がった。
ルーデの表情からすると、アンジェリカの失態につけ込もうとしていたようだが――ミレーヌさんの方が上手だな。
これで今回の騒動は終わり――とはならなかった。
俺の方に一人の少年が歩み寄ってくる。
「その程度で水に流すわけには参りませんね!」
ポーズを決めて現われたその人物は、どこかで見たことがあるような気がしてならない。
嫌な予感がしていると、本人が名乗りを上げる。
「我が国の王妃様を僕の目の前で口説くなど許されないぞ。この僕【ブラッド・フォウ・フィールド】が君の相手となろう!」
ビシッと俺を指差してくる相手は、将来的にあの乙女ゲーの攻略対象である男性キャラクターだった。
色々と思うところはあるのだが、俺はつい口が動いていた。
「何の相手だよ?」
すると、ブラッドが長い紫色の髪を手でかき上げつつ、自信満々に告げる。
「もちろん、剣で勝負だ!」
◇
ブラッドと勝負する流れになってしまった俺は、深いため息を吐いた。
「今からでも逃げられないかな」
『相棒はやる気を出した方がいいぜ。というか、下手な試合をしたら後が大変だぞ』
クロが言うように、黒騎士の代理という肩書きを背負っている俺は簡単に負けられない。
普段の俺ならば適当に打ち合い、相手との健闘を称え合うような試合をして有耶無耶にしていた。
それが許されないのは――。
チラリと観客の方に視線を向けると、ルーデの側にゲラット伯爵が自慢の髭を摘まむように撫でていた。
――非常に厄介な男である。
糞爺と同じく主戦派の貴族なのだが、とにかく嫌な奴だ。
立ち回りが卑怯だし、何よりも自分の利益のためならば味方だろうと蹴落とす奴だ。
ゲラットの前で無様な姿を晒せば、俺ばかりか糞爺までもが責任を取らされる。
「ここで最適な勝ち方って何だと思う?」
クロに尋ねると、本人は腕組みをして目を閉じて考え込み……途中で諦めたらしい。
『普段の実力を出せばいいんじゃないか?』
「俺の求めた答えじゃないな」
『でも、負けても、下手な勝ち方をしても、戻ったら爺さんに怒られて鍛え直しの日々だぜ。それは嫌だろ?』
「……嫌だな」
『だったら、圧倒的な勝利しかないぜ』
俺は小さくため息を吐くと、やる気に満ちた顔で俺を見ているブラッドに恨みがましい目を向けた。
「お前のせいで面倒に巻き込まれたんだ。恥をかくのは我慢してくれよ」
◇
パーティー会場内の参加者たちが円状に集まると、その中央には少年から青年になりかけの子供たちが二人、それぞれ木剣を構えていた。
一人はフィールド辺境伯の嫡男で、もう一人はファンオース公国が次代の黒騎士に、と育てている男の子だ。
その様子を最前列で見ているミレーヌの横には、アンジェリカと――フィールド辺境伯、その人が立っていた。
ブラッド同様に紫色の長い髪を持ち、髭は整えられて清潔感があった。
「いやはや、愚息がとんでもないことを言い出して申し訳ありません」
謝罪をする辺境伯だが、その視線はリオン一人に向けられていた。
本来であればこんな勝負など止める立場の辺境伯が、一番気にかけている。
ミレーヌは辺境伯の意図を見抜いていた。
「次代の黒騎士がどの程度の実力なのか見抜いておきたいのでしょう?」
「流石はミレーヌ様ですね。私の浅はかな考えなどお見通しでしたか」
「あなたのご子息が負けるのまで計算に入れているのですか?」
この場でブラッドが負けてしまえば、フィールド家としては面子を潰されたようなものだ。
しかし、辺境伯はその程度の事を気にかけていなかった。
顔付きは真剣そのもので、国境を守る貴族の意地を垣間見せる。
「次代の黒騎士の実力が本物であるかどうか、これは国境を守る私にとっては見定めるべき重要な情報ですよ。愚息が負けて家名に泥を塗ったとしても、それだけの価値がありますからね」
長年、バンデルに苦しめられてきた辺境伯は、リオンの実力を知りたくて仕方ないらしい。
ミレーヌは小さくため息を吐いた。
「黒騎士バンデルが養子を取ったと聞いた時は焦りましたが、実力はどれほどのものなのか……」
ファンオース公国の黒騎士、それはホルファート王国にとっては悪夢と同じだった。
そんな悪夢に後継者が誕生しようとすれば、ミレーヌだって黙ってはいられない。
(次代の黒騎士をこの目で見るために、随分と手回しをしたものだわ。わざわざパーティーまで開かせて、この私が足を運んだ価値があるかどうか……確かめさせてもらいましょうか)
ミレーヌの視線が険しくなると同時に、ブラッドが動いた。
「たぁぁぁ!」
剣捌きは可もなく不可もなく。ブラッドの年齢を考えれば、これくらいであろうと想像できる範囲内だった。
だが、ミレーヌから見れば、やや剣才に欠けるというのが正直な感想だ。
(努力はしている。その剣が次代の黒騎士に届くかどうか――なっ!?)
ブラッドの剣をリオンがどのように捌くのか確かめようとしたのだが、ミレーヌの目は大きく見開かれる結果となった。
振り下ろされたブラッドの木剣の腹を、リオンが左手で押して体勢を崩させていた。
言ってしまえばそれだけだが、タイミングを合わせるなど至難の業だ。
相手がブラッドであるとしても、同年代の子供がこれだけの技量を持っているのが驚異的だった。
バランスを崩したブラッドに、リオンは脚を引っかけて転ばせた。
随分と綺麗に転ばされたものだと思っていると、リオンの木剣がブラッドのうなじに軽く当てられる。
「はい、終了」
流れるような動きに、一瞬だが会場内が静まりかえった。
敗北したブラッドは理解が追いつかないのか、目を白黒させている。
そんな中で、拍手をする男が一人。
「流石は黒騎士の後継者! 見事な勝利でしたよ、リオン・ヒム・ゼンデン殿!」
王国貴族たちを煽るように大声を出すのは、ゲラット伯爵だった。
彼に続くように公国貴族たちが拍手をしてリオンを称える。
「次代の黒騎士にも期待できそうですな」
「バンデル殿は優秀な後継者を育てられたものだ」
「あの若さで、あの実力とは恐れ入りますね」
敗北を悟ったブラッドが歯を食いしばって俯くと、リオンが一瞬だが手を貸そうとしていた。
すぐに手を引っ込めていたが、ミレーヌはその心の隙を見逃さない。
(剣の実力は申し分なし……けれど、付け入る隙はありそうね)
◇
パーティーが終わると、ミレーヌはアンジェリカを部屋に呼び出した。
フィールド辺境伯の客室で、二人きりになるとアンジェリカに一つの提案をする。
ミレーヌの秘策を聞いたアンジェリカは、驚きのあまり声を詰まらせる。
「わ、私にリオン殿と文通をせよと!? 相手は敵国の男ですよ、ミレーヌ様!?」
ミレーヌが提案したのは文通だった。
「今回の一件でアンジェリカとあの子には接点ができたでしょう? 改めて謝罪するために文を書くのはおかしい話じゃないわ」
「ですが、私には殿下がいます。他の殿方と文通をするなんて破廉恥ではありませんか?」
生真面目なアンジェリカに、ミレーヌは小さくため息を吐く。
そして、アンジェリカに淡々と教える。
「次代の黒騎士は実力的に申し分なさそうですからね。バンデル程の脅威になるかは不明でも、今の内から牙を抜くのは可能よ」
「牙を?」
首を傾げるアンジェリカに、ミレーヌは囁く。
「フィールド辺境伯のご子息が敗北した時、彼は手を貸そうとしていたわ。あれが黒騎士バンデルならば、敗者など気にも留めなかったはず……彼、騎士としては甘過ぎるのよ」
ミレーヌはリオンが騎士として一人前になる前に、アンジェリカとの間に関係を築かせておきたかった。
ミレーヌは言う。
「王国憎しでまとまっていると思っていたのだけれど、意外とそうでない人も多いのかもね」
アンジェリカにリオンと文通させるのは、公国人でありながらリオンに王国に対する憎しみが薄いからだ。
自分に告白したこともそうだが、リオンは公国の人間として異質すぎる。
ただ、アンジェリカは気乗りしないらしい。
「でも、殿下が聞いたら……」
ユリウスに対して背信行為である、とアンジェリカは不安がっている。
ミレーヌはアンジェリカを抱き締めた。
「ユリウスには私から説明するわ。アンジェリカ、いずれ王妃の地位に立つのなら清濁を併せのむことも覚えなさい。今日の不遜な振る舞いもそうだけど、あなたは視野が狭すぎる。……ユリウスを側で支えられる実力をつけなさい。これは、その一歩目よ」
黒騎士の力を削ぐ――それはホルファート王国にとって大きな利益となるのだから。
アンジェリカが小さく頷く。
「はい、ミレーヌ様」
◇
ファンオース公国に戻って来た俺は、何故か知らないがお姫様たちと糞爺に責められていた。
王城の一室にて、糞爺が両腕を組んでいる。
「わしの代役であると理解していながら、王国の人間に実力を侮られた方がいいなどと小賢しい真似をしおってからに!」
糞爺は、自分の力を過小評価させるのが気に入らなかったらしい。
俺は糞爺の武人気質なところが嫌いだ。
「その方が勝率は上がるだろうが!」
「たわけ者が!」
糞爺の拳骨をもらうと、続いてルーデが俺にゴミを見るような目を向けてくる。
「美しい女性は口説かなければ失礼なんて初めて聞いたわ。私、一度でも口説かれたことがあったかしら?」
何を言い出すのか?
「お前、俺の立場でお姫様を口説けると思うのかよ?」
お前は馬鹿だな~という雰囲気を出していると、俺を見ているクロが頭を振っていた。
『……他国の王妃様を口説いた相棒が言っても、説得力の欠片もないぞ』
「いや、ほら、あの人は別枠だろ? 口説いても絶対に引っかからない安心感があるし」
『それ、姫様たちにも当てはまるんだよなぁ』
ミレーヌ様の件でしどろもどろになっていると、糞爺が憤慨していた。
「よりにもよって敵国の王妃を口説くとは何事か! リオン、まだ鍛え方が足りないらしいな」
「恋愛事情に鍛え方云々とか関係ねーから!」
ギャーギャー騒いでいると、横からヘルトラウダ――ラウダが笑顔で割り込んでくる。
自分の胸を下から支えて持ち上げて協調していた。
「大丈夫だよ、お姉様。リオンは大きな胸が好きだから、その内にお姉様にも告白してくれるわ。ね、リオン!」
「ラウダ駄目だ。今のタイミングで言ったら――はっ!?」
ラウダの暴挙を止めようとするが、ルーデは今の言葉で全てを察したらしい。
ルーデの髪がゆらゆらと揺らめき、そのあまりの気迫に糞爺が視線を逸らしていた。
「お姉様に“も”ね。へぇ……ラウダには告白していたのね」
俺はルーデの前で正座をして事情を話す。
「違うんだ。ラウダに自分のことが好きかと聞かれたから、胸が大きくなったら好きって答えただけなんだ!」
すると、自分の胸を持ち上げていたラウダが頬を膨らませる。
「違うよ。リオンは『ラウダはルーデよりも胸が大きくて将来有望だな。大好きだぞ』って言ってくれたよ」
ルーデも、そして糞爺も、俺を見る目が険しくなっていた。
縮こまる俺の横でクロが言う。
『相棒、もう諦めた方がいいって。これ、どうやってもいいわけできねーよ』
「自分の気持ちに素直に生きるのが、こんなにも辛い世界だとは思わなかったぜ」
『台詞で恰好をつけているけど、相棒の行動はどう取り繕っても最低だったぜ』
どうしてクロは俺の味方になってくれないのか?
はぁ、俺を全肯定してくれる相棒がほしいよ。