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「転生したら剣でした」著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。
「おはなみ?」
「オン?」
『そうだ。楽しいぞ』
旅の途中、ある町を訪れた時のことだ。
その町では、名物であるサクラに似た花が満開を迎えていた。幹は杉っぽいんだが、花はほぼソメイヨシノである。
咲き誇る花の下で弁当をつつきながら、仲良く談笑したり、楽器を弾きながら歌う人々。
細部は多少違うが、紛れもなくお花見だった。
そんな人々を見て俺が思わず漏らした、「こっちにも花見はあるんだな」という呟きを、フランは聞き逃さなかったらしい。
不思議そうに聞き返してきたので、フランたちにお花見について説明してやる。
『綺麗な花を見ながらゆっくり過ごして、癒されるんだ』
「それ、楽しい?」
『楽しいぞ。俺も、生前は大好きだった』
「そうなの?」
『ああ。花見、それは企業戦士たちへの救い。浮世の苦痛を忘れさせてくれる宴』
「企業戦士? どんな戦士?」
『うむ。企業戦士というのは、安い給料でこき使われながらも、家族と会社のために働き続ける、震えるほど哀しき戦士たちのことだ。時には上役に媚びへつらい、部下の影口に耐え、魂を削りながら働いている。上司が年下のエリートだったりするともう最悪だな。家に帰って酒の量が増える増える。上級職に、社畜という者たちもいるぞ。社畜クラスになると、どんなに困難で理不尽な仕事でも、笑顔で受け入れられるようになる』
「……奴隷?」
『違う!』
ちょっとだけ似ているかもしれんが。特に社畜はね……。
『ま、まあ。そんなことよりも、お花見のことだ。花見っていうのは、そんな戦士たちに与えられた、束の間の休息なんだ。綺麗な花を見て、心も体も癒されることも時には重要って訳だな』
中には大騒ぎをして周辺住民に迷惑をかけた挙句、ゴミを放置していくようなボケどももいるが、あれはいかん。
酒飲んで騒ぎたいだけなんだから、居酒屋にでも行け! お前ら如きに桜は勿体ないんだよ!
『奴らがやってるのは花見じゃない。単に桜の下で宴会をしているだけなんだ! そのせいで俺たちみたいな善良で慎み深いハナミストたちが、そいつらと同類に見られてしまうじゃないか! 全く! 人様に迷惑かけるような馬鹿騒ぎするようなボケ共は呪われろ! 箪笥の角に小指ぶつけて粉砕骨折しろ!』
「師匠?」
『おっと、すまん。ちょっと熱くなった。ともかく、楽しそうだろ?』
「楽しそう?」
「オン?」
なんで首を傾げるんだ。これはいかんな。花見の楽しさをフランたちに教えてやらねば。
『まずは、屋台で食い物を買おう。それを食べながら、花を見るんだ』
「わかった」
俺の指示に従い、フランが屋台の串焼きを大量購入する。
その串焼きをモグモグと食べながら、ベンチに座って花を見上げるフランとウルシ。俺はこっそり風間術を使い、花びらを舞い散らせたりしてみる。
『どうだ?』
「ん。美味しい」
「オン!」
『あー、花はどうかね?』
「花?」
見てませんでした! 俺に言われて上を見ただけだった!
俺は、そんなフランにさらに花見の魅力を語ろうとしたんだが――。
「ぎゃはははははは! あそこが空いてんぞぉ!」
「おい! 酒がねーぞぉ!」
ベロンベロンに酔っぱらった、冒険者と思しき集団が公園の中に乱入してきた。
花見の前からもう出来上がっているんだが、そのせいで気が荒くなっているらしい。
周囲の花見客を脅して退かせて、一番いい場所を占有してしまった。しかも、周囲の花見客の迷惑も考えず、馬鹿騒ぎをし始めたではないか。
これは何とかせねばなるまい。俺が念動で片付けようかと思っていたんだが――。
「ねえ、うるさい」
「ああ? なんだてめぇ? うるせーのはてめーだろうが! 殺すぞ!」
「おい! 獣くせー犬っころ近付けてんじゃねーよ! 犬鍋にしちまうぞ!」
「……ふん」
「……オフ」
「げぶろぉ!」
「ぶべばぁ!」
相手の酔い加減を見て、会話は不毛だと理解したのだろう。フランたちが問答無用で男たちを黙らせた。元々弱いうえに、今は酔っている。五人が意識を奪われるまで、五分もかからないのであった。
「すげー! お嬢ちゃん強いな!」
「ワンちゃん! ありがとう!」
周りの花見客からは拍手喝采だ。屋台のおっちゃんだけではなく、色々な人から食べ物をもらい、フランもウルシもご満悦である。
すると、花見客の中から「あっちでもガラの悪い冒険者が騒いでたわね」という言葉が上がった。
別に、フランにどうにかしてほしいと考えて発した言葉ではないのだろう。
しかし、フランは聞き逃さなかった。
その目がキランと光る。完璧にやる気だ。
「わたしに任せる。じゅるり」
「オン! ジュルリ」
迷惑者を排除→周りに褒められる→食べ物がタダでたくさんもらえる、という流れに味をしめたらしい。
その後、フランは町中を歩いて回り、酔って騒ぐ迷惑花見客を叩きのめしていったのであった。
どこに行っても歓迎され、フランでは持ちきれない程の食べ物をもらっている。
それを食べながら、フランはご機嫌に呟いた。
(師匠、おはなみ楽しいね)
『そ、そうだな』
明らかに俺の考える花見と、フランのおはなみは違うものだと思うぞ?
まあ、楽しそうだからいいんだけど。
(また、おはなみしよ?)
次はもう少し静かな花見がしたいもんだ。