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「転生したら剣でした」著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。
俺の名は師匠。異世界に転生したら、何故か剣になってしまったモブオタである。
その後、何やかんやあって黒猫族のフランの相棒となり、一緒に冒険している。
「ん。描けた」
「まあ! 私そっくりね! ありがとう。これ、お代ね」
「ん。まいどあり」
フランは今、冒険者兼絵描きとして日銭を稼ぎながら旅をしている。いやー、正気を失っていた時に、適当にレベルを上げちまった絵画スキルが役に立つとはね。今やフランは凄腕の絵描きである。ただ面白いことに、スキルレベルがどれだけ上がろうともフランは写実的な絵しか描くことができなかった。抽象画とかデフォルメ画を書かせようとしても全く筆が動かない。フランが抽象画やデフォルメの概念を理解できないからだろう。技術は手に入っても、元々のセンスまではどうにもならないらしい。だから、少し美人に描くとか、少し格好良くといった注文にも応えられなかった。
まあ、フランは人の美醜をほとんど気にしないからね。豚に似ている人を見て豚っぽいと思っても、それは事実として豚っぽいと認識しているだけで、それがブサイクだとか醜いという感覚には繋がらないのだ。もちろん、外見を全く気にしない訳じゃないが、魔獣や魔法の武具を見て格好いいというような、ほぼわんぱく小僧と同じ感覚しか持ち合わせていなかった。なので、美人に描けと言われても、どうすれば美人なのかが分からないのだ。
そもそもこちらの世界では、絵とは写実的であればあるほど良いとされている。写真なんかないし、魔術で作る写し絵はお高いからね。だからこそフランのまるで写真と見紛う絵はどこに行っても大人気だった。
街に数日滞在すれば、フランの噂が貴族の耳に入る程だ。
「まあ、この娘が噂の絵描きかしら?」
一台の馬車がフランの前に停まった。中からドレスを着込んだ恰幅の良い少女が降りてくる。
「絵を一枚所望したいのだけれど? よいわね?」
「ん。じゃあ、そこに座る。五分で終わる」
「早いのね。いいわ、屋敷に招こうかと思ったけれど、そんなに早いのであればここで描いてもらいましょう」
「な、ちょっとお待ちくださいお嬢様! 絵であれば、屋敷にお抱えの者がいるではないですか!」
「お黙りなさい! 私の決定に逆らうというの?」
「い、いえ、そういうことでは……」
「前任者と同じ目に遭いたいのかしら?」
「ひっ! も、申し訳ありません」
はい。大問題発生です。もっともまずい展開である。使用人さん、もう少し頑張ってよ! 前任者ってやつが余程酷い目にあわされたんだろうけど、このままでは俺たちがピンチです!
『フ、フランさん。お貴族様だし、美人に描いた方がいいんじゃないか?』
「ん……」
集中していてまったく聞いていない! いや、聞いててもフランが無理に美人には書けないだろうけど。
この世界で絵を描いてもらおうと考える人はあまり多くない。魔法の写し絵よりも安いとはいえ、地球などにくらべれば圧倒的に値が張る。フランがやっているような路上の似顔絵でも、銀貨が数枚必要なほどだ。
何らかの記念で描かせるか、余程容姿に自信がある者が自分の自尊心を満たそうとするために描かせることが多かった。貴族の場合は圧倒的に後者が多い。この世界の貴族は見目麗しい者同士で長年婚姻を重ねてきたため、容姿に優れている者が多かった。逆にブサイクな人間を探す方が難しいだろう。
そのせいなのか、高位の貴族であるにもかかわらず容姿に難ありと判断された場合、周囲の人間が非常に気を使う場合があった。少し歪んだ鏡で細く見せるとか、濃い化粧で誤魔化すというレベルではなく、魔法の鏡で全く嘘の容姿を本人の物だと信じ込ませている場合さえあるのだ。つまり何が言いたいのかというと――。
「な、何よこの絵! 私の顔がこんなにブサイクだというの!」
こういうことになる訳だ。多分、自分の真の姿を知らずに大きくなったのだろうな。ガマガエル似の似顔絵を見て、怒りと困惑で絶句している。いや、そっくりなんだけどね?
「そのまま描いたよ? そっくり」
言っちゃったよ。
「な、な……!」
『フラン! 逃げるぞ!』
「なんで?」
『いいから!』
俺たちは道具をササッと収納すると、その場を素早く逃げ出す。直後、背後から凄まじい怒声が鳴り響いていた。あー、これはこのまま街を出た方がいいかもな。
「あの人なんで怒ってる?」
『なんでだろうな?』
「不思議」
『ははは、不思議だなぁ』
似顔絵描きの仕事はもうやめよう。このままじゃ、いつか貴族と大きなトラブルになりそうなのだ。