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「転生したら剣でした」著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。

ウルシとお風呂と泡まみれ


 ウルシとお風呂と泡まみれ

 浮遊島から脱出して、ジャンの研究所に戻って来た翌日。それは、フランの一言から始まった。


「……ウルシ、臭い」


「オオン?」


 フランが顔を顰めて、ウルシの臭いをクンクン嗅いでいる。そして、コクコクと大きく頷いた。


「やっぱり臭い」


「オウゥン!」


 考えてみると、ウルシはアレッサを出発しから、まともに風呂に入ってないよな。水魔術で大雑把に汚れを洗いつつ、浄化魔術で綺麗にはしているものの、ケモノ臭を完全に消し去ることはできなかった様だ。大冒険の連続で、かなり汚れたしね。毛もゴワゴワになっている部分もあるし、よく見たら薄汚れてる感があるな。これはいかんですよ。

 ウルシが多少汚れているだけなら、俺は別に気にしない。そもそも、動物だしね。むしろそれくらいが普通だろう。だが、ウルシは俺の、ひいいてはフランの従魔だ。ウルシが汚れていたら、フランが馬鹿にされるかもしれない。薄汚れた従魔を連れた少女として。


『それはいかんな!』


「ん。モフモフ度が減った」


 まあ、ウルシを毛布兼抱き枕扱いにすることがあるフランとしては、重大な問題か。


「由々しき事態」


『これは本格的に全身丸洗いだな』


 とは言え、ウルシは風呂が嫌いじゃないし、楽だけどね。昔飼っていた犬は大の風呂ギライで、それはもう大変だった。中型犬なのに凄まじい力を発揮して、盛大に暴れ回ってくれたのだ。何度咬まれたことか。風呂に入れるだけで精も根も尽き果てていた。ウルシのサイズで暴れられたら本気で命の危険があるからな。大人しくて本当に助かった。

 さて、どうするか……。前みたいに風呂を作るか? でも、シャンプーはフラン用の物しかないんだよな。これは毛をツヤツヤにしてくれる上、無味無臭の女性冒険者御用達のシャンプーだ。正直、ウルシの丸洗いに使うには勿体なさすぎる。本当は石鹸でもあれば良いんだけど、残念ながら持っていなかった。


『水だけで、どこまで臭いを落とせるかね』


「たくさん洗えば?」


 それだけじゃ不十分だと思うんだよな。俺たちが悩んでいたら、ジャンの配下が近づいてきた。この研究所の家事を担当している、ピーターというスペクターだった。彼が念話で話しかけてくる。


『何かお困りですか?』


『ああ、実は――』


 ピーターに相談すると、なんと浴場を貸してくれるという。ジャンの趣味らしく、まるで温泉宿の大浴場並に広々としている。これだけ広ければ、巨大化時のウルシも十分入れるだろう。小さい状態でも良いんだが、今日はとことん洗うと決めたからな。巨大化時の方が毛が太いので、より奥まで洗えるのだ。

 しかもこの浴場はシャンプーや石鹸も完備だ。それも冒険者でもあるジャンが使うだけあって、無臭の特性シャンプーだった。使っていいのかと聞いたら、好きなだけ使っていいらしい。これは嬉しいぞ。


『まずはこの中に入れ。全身をふやかすぞ』


「オン!」


『フランもお湯をかけろ』


「ん」


 とりあえず小さい状態で全身を濡らしていく。お湯で濡れたウルシは妙にほっそりとしてしまい、みすぼらしい姿だね。次に、シャンプーを塗り込む様にウルシの毛をゴシゴシと擦る。尻尾の先から鼻先まで、全身泡まみれだな。


『よし、ここからが本番だぞ。ウルシ、元の大きさに戻れ』


「オン」


『フラン、とにかく全身を洗いまくるんだ。ウルシは動くなよ』


 下着姿になったフランが、ボタボタと垂れてくる泡と戦いながらウルシの腹側を擦っていく。毛と泡で溺れそうになりながら、必死に洗っているな。背中は俺が担当だ。念動を使い、シャンプーをかけながら揉み洗いする様に毛を擦り続ける。ウルシも言いつけを守ってジッとしていたんだが――。


「キャイン!」


「ぎゃん!」


 ウルシが急に悲鳴を上げて頭を左右に動かした。その反動で尻尾が振り回され、ちょうど尻尾を洗っていたフランがその衝撃で吹き飛ばされる。どうやらシャンプーが目に沁みたらしい。フランはゴロゴロと転がって、壁で止まった。怪我はないようだな。


『こら! 動くなって言っただろ! 目をちゃんと閉じてないからだ!』


「クゥン……」


「良い攻撃だった。ゴブリンくらいならやれる」


『まったく。フランだから良かったものの、普通の人だったら大怪我だからな? もう動くなよ』


「オン!」


 ウルシは元気よく頷くが、もう一時間近くジッとしているし、さすがにきつくなって来たらしい。時おり尻尾や耳が動いたり、欠伸をしたりしている。だが、まだシャンプーを塗り込み終えたところだ。この後はそのシャンプーを洗い流す作業が待っている。ここで辞める訳にも行かない。そう告げるとウルシが情けない悲鳴を上げた。


「クゥゥゥン」


『そんな声出してもダメだ。まだ泡を洗い流す作業が残っているからな』


「オン? オンオン!」


『何だ? そんな急に目を輝かせて?』


「オンオンオン!」


『何を言いたい……あ、ちょっと待て! まだダメだ!』


 どうやらウルシ的には、良いことを閃いたつもりだったらしい。まあ、全く良い事でも何でもないんだが。むしろ、絶対やめてほしかったんだが――。

 ブルブルブルブル!

 はい、犬が濡れた体を乾かす時にやる例の奴です。ウルシの全身から凄まじい勢いで水と泡が飛び散る。あー、天井や壁まで泡まみれだよ。これは後で掃除が必要だな……。というか、俺たちがやらなきゃいだろうな。

 そして、全身泡まみれになったフランが、スッキリ顔のウルシをジト目でウルシを睨みつけていた。


「ウルシ」


「オン?」


「あとでお仕置き」


「クゥウン!」


『俺に縋り付いてもダメだ。むしろ俺からもお仕置きだ』


「キャイィィィンン……!」