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「転生したら剣でした 11」著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。
「もぐもぐもぐもぐ!」
「ガフガフガフ!」
『美味しいか?』
「ん! 美味しい!」
「オン!」
俺たちは今、王都でも人気のカフェにやってきていた。
オシャレなカップルたちの中に、子供と狼が紛れ込んでいるのはかなりの違和感だが、本人たちは気にせず楽しんでいるようだ。
ここは、ゼフィルドに教えてもらった場所である。食事が美味しくて、ウルシも一緒に食事ができるオープンカフェ。聞いていた通り、満足できる場所であった。
たまに利用する冒険者御用達の大衆食堂とは違って、怒声を上げる者も、下品に笑う者もいない。
当然、絡んでくるような酔っ払いもおらず、むしろ周囲は微笑ましい物を見るような眼でフランとウルシを見守っていた。
まあ、一〇人前の食事が二人の腹に消えていくのを見られて、途中からはドン引きされてしまったけど。たまにはこんなオシャレな場所で食事するのもいいだろう。
食後のホットミルクをチビチビと舐めるように飲むフランとともに、この後どこに行くかを相談する。テーブルの上に置かれているのは、エリアンテに貰った観光名所を記した紙だ。
半分くらいは横線で消され、その下に新たな名前が書き込まれている。
偶然出会ったゼフィルドが、エリアンテのお勧めがフランには向かないと言って訂正してくれたのである。彼が紹介してくれた場所が、エリアンテのお勧めスポットより楽しいかどうかはまだ分からないんだが……。
少なくとも、カフェは大満足だった。ならば、次もゼフィルドの勧めに従うのが吉であろう。
『どこか行きたいところあるか?』
「んー?」
フランが腕を組んで首を捻っている。名前だけ聞いても、いまいちイメージできないらしい。
『じゃあ、一番近いところから行ってみるか』
「ん。分かった」
『えーっと、だとすると――ここだな』
一五分後。
「おー。すごい」
「オン!」
フランとウルシが、口をポカーンと開けて驚きの声を上げていた。目の前の光景に圧倒されたのだろう。だが、それは俺も同じだった。
『こりゃあ、名所って言われるだけあるな』
俺たちがやってきたのは、王都の旧貴族街にある観光地の一つであった。
ランクA冒険者とはいえ、むさ苦しいゴリラ顔のおっさんだ。美味しい食べ物屋は知っていても、観光地自体にはそれほど期待してはいなかったんだがな……。
俺たちの目の前に広がっているのは、小高い丘一面に広がる薔薇の園であった。
元々は高位貴族の邸宅があった場所であるらしい。だが、反逆の罪を問われてお取り潰しになってしまい、その後で屋敷と土地を受け継ごうとする者もいなかったそうだ。まあ、王家に逆らった家の屋敷なんか欲しくないし、そもそも敷地が広すぎて管理が大変だったらしい。
結局、放置されたまま長い時が経ち、老朽化した屋敷は取り壊され、庭園は公園として人々に開放されることになったのであった。しかも、ただの公園ではない。
何種類もの薔薇が植えられ、その蔦を這わせた生垣によって大きな迷路が作られているのだ。
『薔薇の迷宮か』
季節がよかったのか、真っ赤なバラが競うように咲き誇っている。この壮観な光景は、確かに一度は訪れる価値があるだろう。エリアンテに勧められたBL劇が「紫薔薇の剣」だったので、薔薇の迷路も少し警戒していたんだけどね。
こんな素晴らしい場所を紹介してもらって、ゼフィルドには大感謝である。というか、幼気な少女に腐った趣味全開の観光地をすすめてくるエリアンテなんぞと一緒にして済まんかった。
「迷路になってるの?」
『相当規模が大きそうだぞ。この丘の向こう側まで迷路になってるっぽいし』
入り口には、迷うと何時間もかかるかもしれないので、自己責任で入るようにという注意書きがあった。脱出できない場合、夕方に見回りの者がくるまでは出れないという脅し付きだ。
「私が攻略する」
『まあ、頑張れ』
俺たちの場合、魔術で簡単に脱出できるからな。お試しで挑戦してみるのもいいだろう。フランとしては、迷宮や迷路と聞くだけでワクワクしてくるらしい。冒険者魂が疼くのかもしれない。
「ウルシ、いく!」
「オン!」
フランとウルシは、意気揚々と迷路の中に突入したていった。
「むぅ……こっち!」
フランは分かれ道でもほとんど迷わず、ズンズンと進んでいく。
道が分かっているのか? もしかして、獣人の直感的な? あり得ないことじゃないぞ。フランは、時折驚くほど鋭い場合があるのだ。この閉ざされた迷路という空間によって、野生の勘が研ぎ澄まされているのかもしれない。す、すごいぞフラン!
迷路に入ってからすでに五分ほど経過したが、フランの足は全く止まらない。やはり、道が分かっているとしか燃えない足取りだ。そして一〇分後。
「行き止まり」
「オフ」
フランが行き止まりにぶつかり、初めてその足を止めていた。だが、フランは慌てない。即座に踵を返すと、再び歩き出す。だが、一分もせずに似たような袋小路に突き当たっていた。
フランは腕を組み、首をかしげている。これって、どう考えても……?
『フラン、道が分かってるんじゃないのか?』
「ん?」
『いや、自信満々に進んでいったからさ』
「勘」
『そっかー、勘かー』
獣人故の野生の勘とか、覚醒した直感などではなく、本当にただの適当な勘であったらしい。
その後もフランは迷路を歩き回るが、どう考えても迷っていた。だって、同じ行き止まりに何度も行き当たっているのだ。
『フラン。大丈夫か?』
「ん! だいじょぶ! 私とウルシで、絶対攻略する!」
「オン!」
『そっか。がんばれ』
「ん!」
とはいえ、さすがのフランもこのままではまずいと思ったのだろう。新たな作戦に出ていた。
ウルシの鼻作戦だ。他の参加者の匂いをたどり、ゴールへの道筋を割り出そうというのだろう。より多くの人々の匂いが付いている道が、正解の順路だと考えたらしい。
まあ、無駄であったが。多くの挑戦者たちが、フランと同じように彷徨い歩いているのだ。全ての道に大勢の人間の匂いがこべり付いている。
知人の匂いでも残っていない限り、ウルシの鼻でも正解を導くことなどできないだろう。
「むぅ」
「オフ……」
打つ手なしだろうか? 二人して足を止めて、唸り始めてしまった。
『なあ、俺が上から道を確認してこようか?』
「ずるはダメ」
色々と拘りがあるらしい。自力で脱出したいのだろう。だが、その後もフランたちがゴールにたどり着くことはなかった。一時間は迷子状態だろう。いや、迷路っていうのはそういうもんだけどさ。
「……お腹減った」
「オフ」
フランとウルシの集中力は最早最低だ。同じような景色の場所を歩き続けて、飽きてしまったらしい。しかも空腹状態で、やる気も完全になくなっている。
『どうする? 上から脱出するか?』
空中跳躍を使えば十秒で外に出れるだろう。しかし、フランは首を縦に振らない。
「ダメ」
「オフン……」
「ズルはしない」
「クゥン!」
ウルシは「もう諦めましょうよ~」って感じに鳴くが、フランは頑なであった。負けず嫌いのフランとしては、絶対にギブアップはしたくないのだろう。
『分かった。それじゃあ、フランにとっておきの助言をしてやろう』
「助言?」
『ああ、まずは壁に左手をつく。ああ、薔薇だから触れなくていいぞ。ギリギリ触るくらいで』
「ん。ギリギリ」
『そして、そのまま歩く』
「あるく」
『うむ』
フランが俺の指示に従って歩き出したが、すぐに首を傾げた。
「……これだけ?」
『そうだ。そのまま歩き続けていれば、その左手がいつかゴールに汝を導くであろう。ただし、絶対に壁から手を離してはいかん!』
「ん! わかった」
大迷宮に挑戦してる気分のフランに合わせて勿体付けた言い方をしたが、ただの左手の法則である。迷路の攻略方法として、地球では一番有名なものだろう。フラン的に、俺が空から道を探すのはダメでも、助言ならばオーケーらしい。
俺の言いつけを守り、フランは左手を絶対に壁から離さない。前を歩いていたカップルの間を通り抜け、子供の頭上を飛び越え、左手を壁につけたまま歩き続けた。そうして歩き始めて三〇分。
「ゴール!」
「オン!」
フランがやり遂げた顔で、両手を突き上げている。まるで、ダンジョンを攻略し終えたかのような雰囲気だ。素人向けの迷路をクリアしただけなんだけどね。
「師匠のおかげ。師匠が左手のことを教えてくれなかったら、危なかった」
『いや、そこまで?』
「ん。餓死」
『いやいや! 別に迷路の中でも飯は食えたから!』
「師匠はすごい」
すっごいキラキラした目で見られてる。たかが左手の法則を教えただけで、これほどまでに尊敬されるとは……。逆に恥ずかしいんだけど!
「師匠は命の恩人」
『まじで大したことしてないから!』
まあ、フランが楽しめたのであればいいけどさ。