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「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です」著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。
それは学園の二学期。
まだ一年生であるはずの【マリエ・フォウ・ラーファン】は、──神殿と呼ばれる宗教施設にいた。
前世の教会を思わせる作りのその場所で、マリエは純白のドレスに身を包んでいる。
ベール越しにステンドグラスを見上げると、日の光が差し込みとても綺麗だった。
憧れながらも、前世では最後まで着ることがなかったウェディングドレス。
そして、神殿には自分や相手の親族たちが列席している。
前世では叶わぬ夢だった結婚式の最中だ。
(──どうしてこうなるのよ)
だが、マリエの気分は──最悪だった。
学園に入学して一年も過ぎていない。
それにもかかわらず、自分はこうして結婚式を挙げようとしている。
婚約ではなく、学園を退学しての結婚だ。
チラリと長椅子に座っている家族を見れば、随分と嬉しそうにしていた。
お世辞にもいいとは言えない今世の家族たちが、マリエの結婚を喜んでいるのには理由がある。
今世の父が言う。
「役立たずの末娘一人が、随分と高く売れたな」
今世の母も嬉しそうだ。
「そうね。これで我が家の借金は消えるわ」
──マリエは家族に売られてしまった。
(こいつら絶対に許せない!)
奥歯を噛みしめ、怒りに震えるマリエのもとに新郎が歩いてくる。
そんな新郎の姿を見て、マリエは心の中で毒づくのだ。
(──こいつ、なんで凄く嫌そうなのよ!)
マリエの姿を見て溜息を吐き、嫌々という感じで側に寄ってきた。
年齢は三十歳を過ぎ、不健康そうに太った男はマリエから視線を外していた。
「どうして僕がこんなチンチクリンと結婚しないといけないんだ。僕の好みはもっとグラマラスな女なのに」
不満そうな態度に加えて、この物言いだ。
マリエは腸が煮えくりかえる思いだった。
(お前の家が持ちかけた結婚だろうがぁぁぁ!)
マリエの中身はともかく、肉体だけならまだ十六歳だ。
こちらの世界では成人と認められ、結婚だって出来てしまう。
だが、マリエからすれば──楽しい学生生活を奪われ、好きでもない男の家に無理矢理嫁がされる状況だ。
それに、家族に売られた結果というのが笑えない。
とても納得できる結婚ではなかった。
(ふざけんなよ! 何で“あの乙女ゲー”の世界で、こんな──こんな夢も希望もない結婚をしないといけないのよ。私はもっと──ちゃんと好きな人と──)
あの乙女ゲーの世界に転生してから、マリエは苦労し続けてきた。
いずれ学園に通うことだけを夢に見て、治療魔法の腕を磨いてきた。
そのおかげで、体の成長を犠牲にした程だ。
家族に知られれば、きっといいように利用されてしまうので隠れて治療魔法を習得した。
前世の家族と比べると、本当に酷い連中だ。
何しろ、借金が膨れ上がりすぎて──借金の帳消しと引き換えに、マリエを金持ちの家に売ったのだ。
(私がどれだけ苦労をしてきたと思っているの!? ようやく学園にも入学できて、予定とは違ったけどそれなりに楽しく生活できていたのに!)
神父──そんな存在が、二人が並んだところで結婚式を開始した。
「それでは、結婚式を始めましょうか」
新郎は早く終わって欲しそうな顔をしていた。
最初からマリエのことなど興味がないのだ。
興味があるのは──マリエの血筋だけだった。
相手の家は、いわゆる成り上がりと呼ばれる家だ。
そして、成り上がり方も特殊で、他の貴族たちからは毛嫌いされている家でもある。
そんな家だから、どうしても貴族の血を欲しがっていた。
別にマリエでなくてもよかったのだ。
「早く終わらせてくれ」
こんな相手に嫁げばどうなるか?
マリエは容易に予想が出来てしまう。
きっと愛のない結婚生活が待っているのだろう。
最悪、子供を生んだら、役目は終わったとばかりに冷遇されるかもしれない。
(今回は頑張ろうって──二度目の人生は、幸せになろうって思ったのに!)
涙が出てくる。
そして、マリエは前世の兄を思い出すのだった。
今にして思えば、凄く頼りになる兄だった。
(──助けてよ、お兄ちゃん)
心の中で呟き、そしてマリエは──どうしてこうなってしまったのかを思い出すのだった。
◇
夏休みも残り数日となった頃だ。
俺【リオン・フォウ・バルトファルト】は、実家でノンビリと過ごしていた。
右肩の当たりに浮かぶ相棒のルクシオンは、一つ目のような赤いレンズで庭を走り回っているコリンと──マリエを見ている。
マリエがコリンを怒りながら追いかけ回しているのだ。
「待てこらぁぁぁ!」
コリンは笑いながら走っている。
「や~だよ」
マリエが俺の弟を追い回しているのだが、その理由はコリンだろう。
「また喧嘩か?」
呆れている俺に、ルクシオンが事情を説明してくる。
『はい。弟君がマリエをからかったのが原因です』
どうにもコリンは、マリエを歳の近い姉のように思っているらしい。
年上として振る舞うマリエをからかって遊んでいた。
止せばいいのに、マリエもムキになるから余計にコリンが面白がっているのだ。
すると、屋敷から親父が出て来てコリンの頭に拳骨を落とした。
「痛ぁ!」
「コリン、マリエちゃんをからかうんじゃない!」
コリンを追いかけ回していたマリエが、親父の態度にオロオロする。
「え、えっと、おじさん、そこまでしなくても──」
親父がマリエに対して申し訳なさそうにしていた。
「すまないな、マリエちゃん。コリンも嫌っているわけじゃないんだ。嫌いにならないで欲しい」
「あ、はい」
頭を両手で押さえているコリンが、屋敷の中に逃げ込むと代わりにニックス──次兄が出てくる。
俺の方へとやって来ると、そのまま話しかけてきた。
「またコリンがマリエちゃんをからかっていたのか?」
「そうだよ。二人とも飽きないよな。まるで歳の近い姉弟だ」
ヘラヘラ笑って言うと、次兄が肩をすくめる。
「義理の姉弟だし、間違いじゃないだろ」
「──え?」
その答えに驚くと、次兄も驚く。
「え?」
「いや、だって──え? 何でマリエが義理の姉弟なの?」
「──お、お前、それ本気で言ってるのか?」
本気で驚いている次兄を見て、俺も困ってしまう。
「いや、だって──」
「だって、じゃねーよ! 実家に連れてきて、一緒に一ヶ月以上も生活したんだぞ! 外から見れば、もう婚約したのも同然だろうが!」
正式に婚約はしていないが、周りから見れば女子が男子の実家で夏休みを丸々過ごすというのは──確かに婚約しているように見えるかもしれない。
「違うって! マリエはほら──家に帰れないから」
マリエの実家だが、話に聞く限り酷い家のようだ。
そのため、マリエが夏休みに帰りたくないと言うので、俺の実家に連れてきたのだ。
当然だが手なんて出していない。
実家近くにある俺の浮島には、温泉と畑──米などを栽培している。
温泉に入り、久しぶりの日本食を二人で食べて盛り上がったくらいだ。
マリエも俺も同じ転生者。
共通の価値観があるため、仲良くやっているだけに過ぎない。
そもそも、マリエは美形が大好き。
俺は美形かと言われると違うから、あいつの好みじゃない。
そして俺は巨乳が大好き。
マリエは真っ平らだから論外。
──悲しいまでに、互いの好みとは違うのだ。
次兄が微妙な表情をして俺を見ている。
「あんないい子、今後見つかるか分からないぞ。それに親父やお袋は、お前とマリエちゃんが結婚すると思っているからな」
──妙に俺の両親が、マリエに優しかったのはそのためなのだろうか?
誤解を解かないと大変なことになりそうだ。
次兄が溜息を吐く。
「お前はいいよな。学園ですぐに相手を見つけられたから。俺なんて、相手が見つからなくて大変なのに」
次兄も婚活で苦労しているようだ。
俺と違って普通クラスに在籍しているので、婚活は楽だと思うのだが──どうやら、そうではないらしい。
「兄貴のクラスなら、相手とかすぐに見つかりそうなのにね」
次兄が頭をかく。
「普通クラスの女子だって都会に住みたいのさ。コネがあって、王都やら本土で暮らせる相手を捜して、俺みたいなのは滑り止めにもならないの」
次兄も苦労しているようだ。
俺も何か手伝えたらいいのだが──今は自分のことで精一杯だから無理だな。
「それより、リオン。お前たちも明日には学園に戻るだろ?」
「そのつもりだよ」
また、学園で婚活が待っていると思うと気分が重くなる。
それは次兄も同じだった。
溜息を吐き、とても困った顔をしていた。
「俺は今年で卒業なのに、未だに相手が見つからない。お前みたいに、要領よくやれたらいいんだけどな」
「──兄貴」
「おい、止めろ。可哀想なものを見るような目を向けるな。弟に同情されると泣きたくなってくる」
本当に、どうしてこの世界は男に厳しいのだろうか?
いや、モブに厳しい、かな?
俺たちと違って、あの乙女ゲーの主役であるオリヴィアさんや攻略対象の男子たちは、今頃は何の悩みもなく夏休みを楽しんでいるのだろう。
──羨ましい限りだ。
◇
その頃。
学園の女子寮では、荒らされた部屋の中でオリヴィアがベッドに座っていた。
膝を抱えて震えている。
部屋はカーテンを閉め切って薄暗かった。
「大丈夫──私はまだ大丈夫」
独り言を呟くオリヴィアは、目の下に隈ができていた。
手には故郷から届いた手紙が握られている。
家族からの手紙だ。
オリヴィアにとって心の支えになっている。
特待生であるオリヴィアだが、学園の生活には困らないがお金に余裕はない。
だから、夏休みだからと故郷には帰れない。
学生寮で夏休みを過ごし、少しでも周囲についていけるように勉強漬けの毎日を過ごす──はずだった。
だが、現実は非情である。
部屋がノックされ、その音にビクリと顔を上げた。
「ひっ」
悲鳴が出かかったので口を手で押さえると、職員が声をかけてくる。
『──オリヴィアさん、王太子殿下が学生寮の前でお待ちです。すぐに支度をしてください』
それだけ言って、職員は去って行く。
オリヴィアは膝に顔を埋めた。
「──どうして放っておいてくれないの」
夏休みに、ユリウスをはじめとした貴公子たちが、頻繁にオリヴィアを誘いに女子寮まで来るのだった。
五人が入れ違いに誘ってくるため、オリヴィアは勉強できる時間が確保できずにいた。
学園に女子生徒が少ない今は、オリヴィアにとってとても貴重な時間だ。
それが五人に奪われていく。
「私はもっと勉強したいのに」
ただ、オリヴィアの立場では、ユリウスからの誘いは断れない。
相手が王太子と最初は知らなかったが、今は知っている。
断ることも出来ず、ユリウスの誘いを受けるなら他の男子──貴公子たちからの誘いも断れない。
そうして五人と仲良くすると、学園の女子たちからは恨まれる。
「どうしたらいいのよ。どうしたら」
素直に迷惑と言えればいいが、そんな事を言ってしまえばオリヴィアの居場所がなくなってしまう。
相手は王太子殿下──この国の次期王だ。
自分だけではなく、故郷にいるか賊がどんな目に遭うか分からない。
オリヴィアは立ち上がって支度を調えると、ユリウスのところへと向かうのだった。
◇
二学期が始まると、モブの生活も随分と慌ただしい。
学園のイベントだけでも、学園祭と修学旅行が予定されているからだ。
学園祭では出し物を考えているのだが、それよりも問題は──。
「マリエ様、俺たちにも女子を紹介してください!」
──貧乏男爵グループの男子たちが、マリエに頭を下げていることだ。
そしてマリエは──。
「あら? タダで、何て言わないわよね?」
──椅子に座って調子に乗っていた。
腕と脚を組み、余裕の笑みを浮かべている。
こいつに謙虚という言葉を教えてやりたい。
リーダー格の男子がマリエと交渉するのだが、その後ろには鬼気迫る表情をした男子たちが控えていた。
一年生から三年生まで──ほぼ全員が揃っている。
「もちろんです! 俺たちに出来ることなら何でもします! ですから──女子を──素晴らしい女子の皆さんを紹介してください!」
「どうしようかな~」
以前、マリエは俺たちにちょっと問題のある女子たちを紹介してくれた。
前世の世界──日本だったら、ちょっと問題のある子たちだ。
引きこもり、面倒くさがり、趣味以外に興味なし、という面々。
だが、こちらの世界では、その程度の問題はないに等しい。
むしろ、素晴らしいと女性と言える。
俺たちのような貧乏男爵家の跡取りたちにとっては、マリエが紹介してくれる女子というのは女神様たちだ。
いや、言い過ぎか? とにかく優良物件であるのは間違いない。
それこそ、決闘をしてでもお付き合いをお願いしたい女子たちである。
たとえ、引きこもって授業やら学園の行事に顔を出さなくてもいいのだ。
面倒くさいという理由で、ダラダラ過ごしたっていい。
趣味以外に全く興味がなく、人の名前すら覚えなくてもいいのだ。
その程度は、普通の女子が酷すぎるので個性で済まされる。
そんな問題のある──いや、個性的な女子たちと親しいマリエは、その仲介料を男子たちに求める。
「なら──学生食堂のプリンを毎日用意してもらおうかしら。昼食に毎日プリンを食べたいの」
「え!?」
学生食堂のプリンだが、学園は貴族たちの学び舎だ。
当然ながら、学食で売られているプリンもとても豪華である。
現代日本で言うなら、一個千円はするような学食の人気スイーツだ。
ちなみに、学生食堂は基本的に無料で利用できるが、メニューの変更やサイドメニューの追加は別途料金がかかる。
俺はマリエを見て呆れた。
「人を紹介するだけでプリンって。しかも毎日かよ」
流石にマリエも酷いと思ったのか、ちょっと戸惑っていた。
「だ、だって、食べたいんだもん。わ、分かったわよ。なら、週に三回でいいわ」
それを聞いた男子生徒が驚いて目を見開くのだった。
「さ、三回!?」
マリエも驚き、そして譲歩してしまうのだった。
「な、なら──週に一回で」
男子たちが円陣を組んで相談し始める。
「おい、これは本当にプリンを用意すればいいのか? 何だか、要求だどんどん下がってくるんだが!?」
「馬鹿! きっと何かの隠語だ。でないと──報酬が安すぎる」
「きっと罠じゃないのか? も、もしくは、もう残っている女子がいないとか?」
男子たちの話を聞いていると、マリエが提示した報酬が少なすぎて疑念を抱いたようだ。
たとえるなら──ブランド物の高級なバッグやら服を求められると思っていたところに、コンビニのプリンを差し出せと言われた感覚だろうか?
安すぎて不安に思っているらしい。
普段から女子にどれだけ貢いでいるのかがよく分かる。
──男って悲しいね。
リーダーがマリエに振り返った。
「マリエ様──無知で申し訳ないのですが、プリンとは何の隠語でしょうか?」
マリエは引きつった笑みを浮かべていた。
「お前ら、私が変な要求をすると思っているの? 学生食堂のプリンを用意しろって言っているのよ! 他の意味がどこにあるのよ!」
「え!!」
男子たちが本気で驚いていた。
◇
教室。
二学期になり、久しぶりに顔を合わせた友人のダニエルとレイモンドは笑っていた。
「プリンを隠語と勘違いしたのか? 先輩たちも馬鹿だよな」
ダニエルがそう言うと、レイモンドは「馬鹿にしたら駄目だ」とたしなめていた。
「それだけ必死だって事だよ。それより、今年の新入生は運が良いよね。マリエさんがいるから、僕たちにも女子と出会う機会があるし」
女子寮からあまり出てこない問題児たち。
マリエがいなければ、出会うこともなかっただろう。
そう思うと、マリエの存在は俺たちにとって大きかった。
俺は愚痴をこぼす。
「俺も紹介して欲しいよ」
ただ、これを言うと、周囲の反応が凄く微妙になる。
実際にダニエルとレイモンドが、俺に冷たい視線を向けてくる。
「──リオン、前から思っていたけど、お前って馬鹿なのか?」
「リオンは本気で反省した方がいいよね。反省しないなら、夜道で気を付けた方がいい」
みんながこんな反応をする。
「お前ら、俺とマリエが付き合っていると思うのか?」
ダニエルは呆れた顔をしていた。
「付き合っていない方がおかしいだろうが。夏休みは、マリエさんと一緒に実家で過ごしたんだろ? もう、婚約したようなものじゃないか」
レイモンドが頷いている。
「正式に発表していないから、婚約一歩手前かな? 羨ましい限りだよ」
そんな事を言うレイモンをダニエルが睨み付ける。
「おい、レイモンド。お前も前に紹介された女子と付き合っていると聞いたんだが? まさか、抜け駆けしないよな?」
「ダニエル──ごめんね」
嬉しそうに謝罪するレイモンドの胸倉を、ダニエルが両手で掴んで持ち上げていた。
「お前もかぁぁぁ!」
騒がしい連中である。
俺が呆れてみていると、教室にマリエがやって来た。
その手にはチラシが握られていた。
「聞いて、聞いて! 学園祭だけど、三日目には競技大会があるの! そこで上位に入ると、賞金が出るんだって!」
瞳をこれでもかと輝かせ、とても嬉しそうにしているマリエだった。
賞金に目がくらんでいる。
本当に欲望に忠実な奴だな。
「出場するのか?」
尋ねると、マリエは首を横に振る。
「女子は駄目よ。家柄とか力関係で選手が決まっているもの。そもそも、女子が参加する競技が少ないし」
大会は男子がメインだ。
メインの理由? 婚活のためだ。
男子はここでどうしても活躍しないといけない。
理由は──女子へのアピールタイムだよ。
あの乙女ゲーでは、攻略対象の男子たちが活躍するイベントだ。
主人公様も活躍したかな?
「──でさ、リオンはこれに出場してみない?」
マリエが見せてきたチラシには、エアバイクレースの試合について書かれている。
「エアバイクレース? 無理だな」
「何でよ! このレースの賞金って凄いのよ!」
「それだけ人気があるって事は、出場枠も男子の間で奪い合いなの。女子でも家柄とか色々とあるように、俺たちも大変なの」
元の世界にあったなんちゃってスクールカーストではなく、本物のスクールカーストが存在している。
そもそも、カースト──階級制がリアルに存在しているのだ。
貴族と平民だけではなく、貴族内にも階級がある。
出場選手を決めるのも、実家の地位が影響してくる。
実力だけでは駄目なのだ。
マリエが俺に耳打ちしてきた。
「ほら、ルクシオンを使えば出場して優勝も可能でしょう?」
「──お前、あいつのことを分かってないな」
あいつならきっと『お金? ──いくらでも用意できますが、何か?』とでも言ってくるはずだ。
そう思っていると、俺たち二人だけに聞こえるようにルクシオンが答えてくる。
『条件を確認しました。競技大会に参加、そして優勝ですね? では、今から有力選手たちには体調不良になっていただき、当日の参加選手たちは不幸な事故に──』
俺の想像を超えていた。
というか、不幸な事故って何だよ!?
マリエもルクシオンに頼るのは危険と思ったのか、チラシを見て肩を落とす。
「せっかく稼げると思っていたのに」
「何で俺に出場させて、お前まで分け前をもらうつもりなの? 馬鹿なの?」
「出場するならサポート位するわよ! それよりもお願いよ。今月はピンチなの! 私に協力してよ」
「は? 俺が小遣いを渡しただろうが」
あまりにも不憫だったので、夏休みが終わる頃にいくらか持たせた。
しかも結構な金額で、すぐに使いきれるとは思えなかった。
マリエが涙を拭う。
「──実家の借金でなくなったわ。少しでもお金があると思うと、私のところに借金取りたちが押し寄せてくるの。私の借金じゃないのに酷くない!?」
「うわぁ」
ルクシオンが現状を分析していた。
『学園に在籍し、冒険者として稼ぐと思われるマリエから少しでも回収したいのでしょう。それから、取り立てを行う者たちに家族がマリエの名前を出したのでは?』
酷すぎて言葉が出てこない。
マリエが泣き出したので、様子を見ていたダニエルとレイモンドが俺を睨んでくる。
俺が泣かせたと勘違いしているのだろう。
「とにかく泣き止めよ。そうだ! 競技大会は賭け事もしているから、俺が大儲けしてやるよ」
普通に聞いたら馬鹿な台詞だろうが、俺にはルクシオンがいるから簡単に賭けに勝てる。
だが、マリエは強い意志で拒否してきた。
「それは駄目」
「──え?」
「私は賭け事が大嫌いなの! あんたもする必要がないなら、絶対にしないで」
「お、おぅ」
──人生なんてギャンブルと同じだと思うのだが、それを言っても意味がないので俺は黙っておくことにした。
マリエは両手で頭を押さえて唸っていた。
「こうなれば学園祭で真っ当に稼いでやるわ! 売れる商品を考えないと」
実にたくましい奴である。
◇
学園祭当日。
「いらっしゃいませー!! 安いよ、安いよ!」
屋台の売り子をしているマリエが、声を張り上げて客引きをしていた。
俺たちの学園祭の出し物は屋台。
カラフルなトッピングで色鮮やかにしたドーナツを売っているのだ。
「これ、食べたいと思えないな」
ドーナツをあげている俺の隣では、ダニエルとレイモンドが忙しく働いていた。
「リオン、ちゃんと働けよ」
「そうだよ。マリエさんの大事な生活費になるんだよ」
マリエを不憫に思った二人が手伝ってくれている。
そして俺は、ドーナツを作り続けていた。
マリエは客を捕まえては、次々にドーナツを売りさばいていた。
「──あいつ、地味に凄いな」
時には強引に、時には話術で、そして時には泣き落としで──あらゆる手段を使ってドーナツを売りまくっている。
呟いた俺に、隠れているルクシオンが答えるのだ。
『マスターも見習うべきでは?』
「俺、金持ちだから働きたくない」
『最低ですね』
「俺はこんな最低な自分も嫌いじゃないけどね」
『それよりもドーナツを油から取り出してください』
「はい、はい」
ルクシオンの指示通りにドーナツを取り出すと、確かに頃合いだったようだ。
『──マスター、右から二番目のドーナツが商品の基準を満たしていません。ちゃんと分量を守ってください』
「お前は細かすぎるんだよ。休憩中にでも俺が食べるからそれでいいだろ」
ルクシオンと話をしていると、マリエの声が周囲によく響く。
「いらっしゃいませー!!」
◇
休憩時間。
失敗したドーナツを持って、屋台から離れた俺はベンチに腰掛けた。
学園祭の出し物がない場所なので、人が少ないために落ち着ける。
ここで一人、失敗作であるドーナツの処理と昼食を済ませるためにやって来た。
マリエ? ドーナツが大人気で、笑いが止まらないのか今も売り続けている。
あいつの労働への意欲には感心するね。
「昼食はドーナツか。作りすぎて食べたくないな」
『失敗作の処理ですね。マスターのミスですから当然ですけど』
「お前、俺のこと嫌いだろ」
『好きではありませんが、嫌いでもありませんね』
「何その答え?」
ドーナツをモソモソと食べる。ルクシオンが用意したレシピ通りに作ったのだが、学生が作ったにしては上出来のレベルだった。
「あ、結構うまい」
『良かったですね』
一つ目をすぐに食べ終わり、二つ目にかぶりついたとことで──俺の目の前を一人の女子が通り過ぎた。
俯いて歩くその女子は、少し考え事をしているようだった。
そんな女子が急に両手でお腹を押さえる。
俺の目の前を通り過ぎようとした際に、ドーナツの甘い匂いを嗅いだのか「くぅ~」と可愛らしいお腹の泣き声を聞いた。
顔を真っ赤にして、その女子は俺の顔を見る。
「き、聞こえたか?」
普段なら「何か?」なんて聞こえていないふりをする紳士の俺だが、その女子を見て焦ったのか頷いてしまった。
「あ、はい──い、いえ、聞こえていません!」
慌てて訂正するも遅く、その女子【アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ】は顔を赤くして言い訳を始める。
「い、色々と忙しく、昼食を食べている暇がなかったのだ。そ、それに──今日は普段側にいる者たちもおらず、その──」
何が言いたいのか分からなかった。
だが、アンジェリカさんの視線が俺のドーナツを捕らえたのは見逃さなかった。
「食べます?」
残っている分を差し出すと、アンジェリカさんは照れながらも受け取った。
「い、いいのか?」
「まぁ、はい」
「すまない。お金は跡で払おう」
「あ、それ失敗作なんで必要ないです」
そう言うと、ドーナツに小さな口でかぶりついたアンジェリカさんが驚く。
「う、うまいぞ。何が失敗なのだ?」
「サイズが大きいとか、小さいとか、そういう失敗ですね」
「そ、そうなのか? 十分においしいぞ」
アンジェリカさんは、俺の横に腰掛けてドーナツをおいしそうに食べていた。
「こういったものは、側にいる者たちが食べさせてくれないからな。とても新鮮だった」
アンジェリカ──あの乙女ゲーの悪役令嬢だ。
だが、そんな彼女は悪人には見えなかった。
マリエが言っていたな。
人の婚約者を奪う主人公の方が余程悪人だ、って。
──でも、あいつも同じ事をしようとしていたよね? 結局、全て失敗したけど。
アンジェリカさんを見ると、どこか悲しそうにしている。
「どうしました?」
「──いや、何でもない。ドーナツ、おいしかったぞ。失礼するよ、バルトファルト殿」
笑顔で立ち上がり去って行くアンジェリカさんは、俺の名前を知っていた。
「俺って有名人だな」
呟くと、ルクシオンが答えてくれる。
『──自覚がなかったのですか?』
◇
学園祭二日目の終わり。
マリエは屋台の稼ぎを数えていた。
「流石はお金持ちの通う学園よね。単価を馬鹿みたいに高く設定しても、飛ぶように売れたわ」
日本円でいうなら、一個三百円から五百円くらいで販売した。
それでもお結構な数が売れてしまい、大儲けできた。
マリエは上機嫌である。
「このお金があれば、明日から生活費に困ることもないわ。おっと、隠しておかないと、借金取りに取られちゃう」
今度は取られないようにと、マリエは札束を懐にしまい込む。
そこに取り巻きを連れた女子生徒がやって来た。
編み込んだ両脇のおさげで輪を作った髪型の女子は、専属使用人と呼ばれる亜人種の奴隷たちを数多く連れていた。
化粧が濃く、香水の匂いがきつくて──その女子生徒は嫌な感じがした。
「あんた、ラーファン子爵家のマリエよね?」
普段付き合いのない相手から声をかけられ、マリエは戸惑うのだった。
「だ、誰よ」
「あんた、目上の人間に対する態度がなってないわね。オフリー伯爵家を知らないとでも言うつもりかしら?」
「オフリー伯爵家!?」
その名前を聞いて、マリエはゲーム知識を一つお思い出した。
そう──この女子はあの乙女ゲーに名前が出ていた。
(嘘!? 何で私の方に絡んでくるのよ!)
貴族の家を乗っ取り、商人から成り上がったオフリー家。
それはあの乙女ゲーで、空賊と繋がっていた悪い貴族の家だ。
その空賊が中盤の重要なイベントに関わっており、嫌でも主人公と関わるキャラクターなのだが──どういうわけかマリエに声をかけてきた。
「そ、その何のご用でしょうか?」
下手に出るマリエに、オフリー伯爵家の娘が答える。
「何も聞いていいないの? あんたの家と、うちが婚姻を結ぶことになったのよ。うちの兄とあんたが結婚するの」
「──はぁ?」
その話を聞いてマリエは呆れる。
「勝手に言われても困るわよ。そんな話、聞いてないわ」
だが、相手はどうでもいいような態度を見せていた。
「あんたの意見なんかどうでもいいの。あんたの実家は、あんたを結婚させると言っていたわ。それから、貧乏貴族たちと付き合っているみたいだけど、今後は控えなさい。あんたのせいで、私まで評判が落ちるなんてごめんよ」
「──評判が落ちるって何よ」
「そのままの意味よ。貧乏男爵家のグループに加えて、成り上がりのバルトファルトと仲が良いみたいね? そういうの、迷惑だから止めて」
こいつは何を勘違いしているんだ?
そう思ったマリエだが、相手はお構いなしに話を続ける。
「あんたはうちの兄と結婚するの。──バルトファルトと結ばれなくて残念だったわね」
馬鹿にしたような笑みを向けてくるオフリー伯爵家の令嬢を前に、マリエは何を考えているのか予想がついた。
(こいつ、人の不幸を見て楽しんでいるわね)
態度や会話から、相手が無駄にマウントを取ってくるタイプだと判断した。
「あ、あいつ──リオンとはそんな関係じゃないわ」
顔を背けてそう言ってやると、伯爵令嬢は鼻で笑う。
「どうでもいいわ。私が言いたいのは、あんたが田舎の貧乏貴族たちと仲良くしていると私まで低く見られるってことよ。うちに嫁いでくるなら、それくらいちゃんと考えなさいよね。──忠告はしたわよ」
去って行く伯爵令嬢を見て、マリエは思うのだ。
(私の第二の人生──終わった)
◇
学園祭三日目。
競技大会が盛り上がっている頃、俺はマリエから家庭の事情を聞いた。
「オフリー伯爵家と婚約? ──お前が?」
どこかで聞いた名前だと思えば、あの乙女ゲーに出て来た家名だ。
──空賊と繋がっていた家だったはずだ。
マリエは力なく笑っている。
競技大会の会場から聞こえてくる盛り上がる声──昨日まで少しは興味もあったが、今はそれどころではない。
「笑っちゃうわよね。いや~、やっぱり私って罪な女ね。黙っていても男が寄ってくるんだもの」
「──断れないのか?」
「あんたも分かるでしょ? これでも私は貴族だから」
いくら貧乏な暮らしをしていようとも、貴族は貴族。
結婚に自由がないのも、珍しい話ではない。
俺も一度、家のために結婚させられそうになった。
「オフリー伯爵家なんて、あの乙女ゲーではろくな最後じゃなかったぞ」
ただし、あの乙女ゲーでは文章だけで名前が登場し、いつの間にか処分されたことが語られるだけの家だ。
関わるべきではない。
あの乙女ゲーのシナリオを考えるなら、関わってはいけない家だ。
「逃げられるなら、私だって逃げるわよ。でも、一人で生きていけるわけもないし」
断れば、それは家同士の問題。
ラーファン、オフリーと、揃ってマリエを捜し出すだろう。
マリエも、学園を退学して一人で生きていくことになる。
「うち、落ちぶれても一応は貴族よ。相手の家も面子に関わるし、絶対に見つかるわ」
どこか、マリエは諦めている様子だった。
「あ~あ、せめて修学旅行くらいはいきたかったな」
「──参加できないのか?」
二学期の行事に参加できないということは、すぐにでも退学するということか?
そんなに急ぐ必要があるのだろうか?
「相手の家が、結婚は早い方がいいって。そしたら、うちの実家からどうせ退学するなら今でもいいだろう、って。──さっき知らせが来たわ」
途中、競技大会の会場から割れんばかりの歓声が沸き起こった。
きっと誰かが活躍したのだろうが、俺はそれどころじゃなかった。
「──マリエ」
「おっと、変な気は起こさないでね」
ルクシオンを使って助けようと考えたところで、マリエがストップをかける。
「私だって助けてもらおうって考えたわよ。考えたけど──どうしてもオフリー伯爵家とぶつかるのは避けたいわ。オフリー伯爵家って、悪いことをしても見逃されている家だし、それに──イベントに関わりがあるし」
ゲーム的な理由で言えば、オフリー伯爵家は中盤の大事なイベントに関わる家だ。
ここで俺たちが関わってしまえば、今後の展開が予想できなくなる。
リアルで考えても、悪い噂の絶えない家というのは厄介である。
悪さをしてももみ消されているということは、王国が見逃しているからだ。
実力のある誰かが庇っているはずだ。
下手に関われば面倒になる。
それでもマリエを助けようとすれば──相応の覚悟が必要になってくる。
マリエが言う。
「──楽しかったわ」
「え?」
「だから、思っていたよりも楽しかったって話よ。王子たちには見向きもされなくて、逆ハーレムで左団扇の暮らしが出来なかったけど──あんたと一緒の学園生活も楽しかったから」
マリエは一度俯き、そして顔を上げると──笑顔だった。
「じゃあね。ま、私は治療魔法が使えるから、イベントが終わったらしぶとく生き抜くわ。その時は手を貸しなさいよ」
もう、先のことを考えている。
色々と諦めているようだ。
「お前はそれでいいのかよ? だって──学生生活をやり直したいって」
「ゲームオーバーになるよりいいわよ。だって、主人公が活躍しないと、私たち本当に大変なのよ」
「だ、だけどさ」
マリエはそのまま俺に背を向けて歩き出した。
「色々とありがとね。あんたも──頑張りなさいよ」
随分と小さくて頼りない背中だ。
その後ろ姿が、前世の妹とかぶってしまった。
「──あっ」
手を伸ばして、俺はすぐにその手を下ろした。
◇
夜。
俺は自室のベッドに制服姿のまま横になっていた。
近くにルクシオンが浮かんでいるのだが、部屋が暗いため赤いレンズが光っていた。
『──よろしいのですか?』
「何が?」
『言われずとも理解しているはずです。このままマリエを行かせてよろしいのですか?』
「前にも言っただろうが。ゲームのイベントとか、色々と理由があるんだよ」
『マスターは本当にヘタレですね』
「──放っておけよ」
すると、ルクシオンが提案をしてくる。
『私にご命令くだされば、すぐにでもオフリー伯爵家を消して見せますが? その裏にいる連中も全て、ね』
本当に物騒な人工知能だ。
──つい、その提案に乗ってしまおうかと考える自分が情けない。
「その結果、この乙女ゲーの世界が滅んだら意味がないだろうが。ラスボスが厄介だから、どうしても主人公様には活躍してもらいたいの」
『私でも倒しきれない敵、ですか。──いっそこの大地を沈めてしまえばいいのでは?』
「──嫌だよ。というか、お前はいつも過激だな」
『では、マリエがこのまま結婚してもよろしいのですか?』
「少し黙ってろ」
それ以上、ルクシオンが俺に何かを言うことはなかった。
ただ、赤いレンズが俺を見ているだけだ。
まるで責めるような視線を向けてくる。
そんな中、俺はマリエの背中に自分の妹の姿が重なったのが気になっていた。
──前から気になっていた。
だが、決定的な証拠がない。
俺もマリエも、前世の名前が思い出せないのだ。
あの乙女ゲーのことも、前世の記憶もあるのに──名前だけが思い出せない。
まるで何か意図的なものを感じてしまう。
だが──色々と考えれば考えるほどに、マリエは俺の前世の妹と似ている。
時折、妹に向けていた苛立たしい感情と、懐かしさ──居心地の良さを感じていた。
──マリエがそうなのだろうか?
だったら、俺は──。
上半身を起こした俺は、ルクシオンに尋ねる。
「──ルクシオン、今から言うことを実行できるか? かなり条件は厳しいぞ」
ルクシオンは自信を見せる。
『お聞きしましょう』
◇
──そして話は戻り結婚式場。
マリエは前世の兄を思い出す。
(──助けてよ、お兄ちゃん!)
前世の兄はお世辞にも満点を与えられる存在ではなかったが、それでもマリエがピンチの時は助けてくれた存在だ。
少々やり過ぎるところもあるが、生きていたら今の状況からでも助けてくれそうだ。
そう、生きていれば、だ。
(私、二度目の人生でも兄貴に頼ってばかりだ)
ベールで顔を隠しているマリエは、涙を流しながら笑うのだった。
すると、式場の大きなドアが乱暴に開け放たれる。
「その結婚、待ってもらおうか!」
まるでドラマのワンシーンのように、結婚に待ったをかける青年が一人。
会場中の視線が青年に集まる。
マリエもベール越しにその姿を確認するのだが──青年の姿が前世の兄に見えた。
「お兄ちゃん?」
マリエの小さな声に、周囲の誰も反応しなかった。
慌ててベールを取って確認をすると、式場に乗り込んできたのはリオンだ。
「あ、あんた、何をしに来たのよ!?」
リオンの姿がベール越しだと前世の兄とダブって見えた。
マリエは動揺しながらも、リオンの格好を見て指をさしながら怒鳴る。
先程はドラマのワンシーンのようだと思ったが、よく見るとリオンの格好は無粋だった。
ライフルを持ち、武装したバルトファルト家の兵士を率いている。
颯爽と駆けつけ、マリエの手を握って逃げるというつもりはないらしい。
リオンは薄らと笑っている。
「言っただろう。この結婚は待ってもらう。いや──中止だ」
そんなリオンに文句を言うのは、式場に乗り込まれたオフリー伯爵家とラーファン子爵家の親族たちだ。
「何者だ!」
「護衛は何をしている?」
「その男を摘まみ出せ!」
すぐにリオンを追い出せと騒ぎ出す客たち。
だが、リオンは動じなかった。
数枚の書類をそんな彼らに見せつける。
「おっと、動くなよ。こっちは王宮の許可を得ているんだ。お前らがいくら騒ごうが、正義は我にあり! ということさ」
王宮からの書類を盾にして、リオンは式場に乗り込んだようだ。
両家の関係者たちも驚いている。
マリエの夫になる男──新郎が眉間に皺を寄せていた。
「王宮だと? そんなの嘘っぱちだ」
リオンは余裕を見せながら反論する。
「嘘じゃない。確認してもいいぞ」
狼狽する両家の関係者──マリエも驚いている。
「王宮? え、何をしたのよ!?」
リオンは饒舌に語り始める。
「実は少しばかり面倒な空賊を退治したら、そいつらが繋がりのある貴族の名前を出したんだ。調べてみると、オフリー伯爵家の名前が出てくるじゃないか。これはいけないと、俺は王宮に知らせたわけだ」
空賊というワードに反応するオフリー伯爵たち。
「──その程度で王宮が動いただと」
リオンは目を細める。
「知らせた際にこの情報を握りつぶそうとする連中がいてね。多少揉めたけど、問題なく話がまとまったよ。──まさか、フランプトン侯爵がお前らの後ろ盾だったとは思わなかったけどね」
オフリー伯爵家の関係者たちが、それを聞いて明らかに狼狽える。
空賊の話ばかりではなく、自分たちの後ろ盾であるフランプトン侯爵の名前まで出て来たからだ。
オフリー伯爵の顔が青ざめていた。
リオンはライフルを構え、真剣な表情になると先程までと雰囲気が変わった。
冗談が通じるような雰囲気ではなくなった。
「オフリー伯爵、ご同行願おうか。ついでに、ラーファン子爵もついてきてもらう」
ラーファン子爵──マリエの父が驚いていた。
「わ、私もだと!?」
リオンは証拠を提示するのだった。
「オフリー伯爵との間で密約があったな? 借金の肩代わりを条件に、空賊の件で協力すると書かれていた。空賊と協力して荒稼ぎするつもりだったらしいな?」
マリエは父を見る。
すると、密約があったのは事実のようで、椅子に崩れ落ちるように座り込んでいた。
マリエ以外の家族も知っていたのか、動揺している。
「──嘘。そこまで腐っていたなんて」
その言葉に、マリエの父が顔を上げる。
「そうか。こいつを取り戻すためにここまで──だ、だったら、こいつとの結婚を認めてやる。だから、私たちのことは見逃してくれ」
リオンがこの場に乗り込んできたのは、マリエを取り戻すためだと思ったようだ。
それはつまり、マリエとリオンの関係を知りながら引き裂いたことになる。
マリエは誤解もあると思いながらも、内心で腹が立った。
(何こいつ? 私の幸せをぶち壊しておいて、今度は私を利用して自分だけ逃げるつもりなの?)
情けない父親の姿を見て、殴ってやろうと一歩踏み出すと今度は新郎がマリエに抱きつき首に腕をかける。
「う、動くな! この女がどうなってもいいのか! 一歩でも動いたら、この首をへし折ってやるからな!」
「何をするのよ、この野郎!」
マリエは抵抗するも、相手は男性で自分よりも体格が大きい。
暴れ回るが逃げられなかった。
バルトファルト家の兵士たちがライフルを構えると、新郎はマリエを盾にしてリオンとの交渉を開始する。
「こんな女を取り戻すためにご苦労なことだ。別に僕は、こいつに興味はなかったんだ。欲しければくれてやる。だが──僕を逃がすのが条件だ」
逃げられないと思ったのか、新郎はマリエを交渉材料として扱ってくる。
そんな新郎と──捕まったマリエの姿を見て、リオンは少し苛立ったように見えた。
「悪いが、一人残らず捕らえるように命令されているんだ。それから、女性に手を出すなんて許せないな。学園の男子たちが知ったら、何と言うだろうか?」
淡々と受け答えをしているが、怒っているように見える。
静かに怒るその姿に、マリエは前世の兄を思い出した。
リオンと前世の兄が、まるで同一人物のように見える。
(嘘!? まさか本当にリオンが──)
そう思った時だ。
天井から細い光が新郎の肩を貫いた。
「っあ!」
新郎がマリエから腕を放し、自分の肩に手を置くと苦しんでいる。
「い、痛い。だ、誰か助けて!」
うずくまり泣き出した新郎から逃げて、マリエはリオンに駆け寄った。
「リオン!」
リオンはライフルの銃口を下げた。
そしてマリエには、呆れつつもどこか嬉しそうな顔をしているように見えた。
「結婚がぶち壊され嬉しそうじゃないか。やっぱり、納得してなかったな」
「ご、ごめん」
ルクシオンが天井から降りてくる。
『マスター、作戦が次の段階へ移行しました』
リオンがライフルを肩に担いだ。
「よし、ならどんどん先に進めるぞ。今日中にオフリー伯爵家の領地を落とさないといけないからな」
マリエはリオンが何を言っているのか分からなかった。
「ちょっと待って? なんでオフリー伯爵家の領地が出てくるの?」
リオンは笑顔を見せる。
「いや、王宮との交渉で、オフリー伯爵家とラーファン子爵家の取り潰しが決まったからさ。お前の実家は本土にあるから王宮の取り分になるけどな。でも、伯爵の領地って浮島だから王宮もいらないって言うから」
こいつは一体何を言っているんだ?
マリエが首をかしげていると、ルクシオンがマリエに説明する。
『オフリー伯爵家の溜め込んだ財貨を奪い、王国に献上して領地をもらうことで話がつきました。現在、マスターの父君と兄君がオフリー伯爵家に攻め込んでいます』
リオンが更に追加で教えてくれた。
「因みに、声をかけたら貧乏貴族のメンバーが協力してくれるってさ。お前に恩があるから、って。良かったな」
「う、うん。うん?」
助けてくれるのは嬉しいが、彼らが何を協力しているのか分からないマリエは首をかしげるしかなかった。
ルクシオンが詳細を説明する。
『マスターが所属するグループの男子たちが、実家に応援を要請しました。報酬を用意したら、他にも協力してくれる貴族がいましてね。まぁ、二百隻くらい飛行船が集まりましたよ』
それだけの艦隊が、オフリー、ラーファンの領地に攻め込んでいるということだ。
その話を聞いて、オフリー伯爵とラーファン子爵が泡を吹いて倒れた。
◇
後日。
俺は親父、次兄──そして眠そうなコリンと執務室で話をしていた。
話題はこの前の戦争についてだ。
戦争というか、オフリー伯爵家とラーファン子爵家に飛行船を出しただけだ。
小競り合いはあったが、何とか無事に片付いた。
何しろ、数はこちらが圧倒していたからな。
その結果、ホルファート王国の地図からラーファン子爵家の領地が消えた。
王宮が直轄地として管理することになり、オフリー伯爵家が所有していた浮島はバルトファルト家の所有となった。
今後のことも考え、オフリー家は残しておくべきか悩んだが──後で厄介になる気がしたので、ここで退場してもらうことにした。
中途半端に関わるのが一番危険だと判断した結果だ。
だが──伯爵家の領地を手に入れた俺の実家が、少々騒がしくなっていた。
「何で俺が独立して伯爵なんだよ! こんなのおかしいだろ!」
騒いでいるのは俺じゃない。
次兄のニックスだ。
親父が必死に説得している。
「いいからもらっておけ。もう分家とかそんな規模じゃないが、お前が独立してくれれば父ちゃんも嬉しいから」
次兄のニックスが旧オフリー家の領地を引き継ぎ、伯爵になる話が進んでいる。
親父が伯爵になるんじゃないのか?
そんな疑問を抱き、理由を尋ねると「伯爵家の領地の管理とか無理だ。あと、ゾラとかルトアートが来る前にニックスに譲って独立させたい」とのことだ。
親父としては、可愛い次兄を立派に独立させたいのだろう。
自分が伯爵になると、次兄に継がせることは出来ないからな。
親父が伯爵になれば、ゾラたちがこれ幸いとその地位をルトアート──長兄に渡せと言ってくるはずだ。
次兄に実家を継がせたらいいじゃないかと言えば「──そうすると、ゾラたちがバルトファルト家の本家になる。お前たちが使い潰されるぞ」と言っていた。
せっかく面倒なオフリー家を滅ぼしたのに、厄介なゾラたちが引き継いだのでは面倒になる。
だから、俺も次兄が伯爵になるのを受け入れた。
俺が伯爵になる訳じゃないし、面倒も少ないので大賛成だ。
しかし、次兄が納得しない。
「こんなのおかしいだろ! 大体、伯爵の地位だってもらえるものなのか? 俺が継いでいいの!? よくないよね!!」
親父が問題ないと笑顔になる。
「そのことだが、実はお前に興味を持ってくれた人がいる」
「え?」
「気に入らないオフリー家をぶっ飛ばした根性が気に入ったから、娘をやるって──ローズブレイド伯爵から書状が来た」
──裏で話を付けたのは俺だけどね。
何でも名門の伯爵家であるローズブレイド家は、オフリー伯爵家を嫌っていたようだ。
派閥とか、色々とあるのだろう。
部屋で話を聞いていたコリンが、憧れたような視線を次兄に向けていた。
「ニックス兄ちゃんが伯爵様かぁ。凄いね!」
次兄がコリンの両肩に手を置いて揺すっていた。
「いきなり伯爵になれと言われても困るんだよ! そ、そうだ! リオンだ。リオンに伯爵になってもらえばいいだろうが! 今回の段取りを付けたのは全部リオンじゃないか!」
せっかく出世できるのに、弟に譲ろうとは兄貴の鏡である。
そんなニックスは幸せになって欲しい。
だから俺は笑顔で言う。
「嫌で~す。兄貴は伯爵になって苦労すればいいと思うよ。あと、ごねると思ったからお相手の女性は連れてきたんだ。お二人とも、お願いします!」
部屋に二人の女性を招くと、付き添いなのか妹のディアドリー先輩までついてきた。
ディアドリー先輩は、学園の三年生だ。
「あら、オフリーのならず者を倒したにしては、肝の小さい殿方ですわね」
次兄はディアドリー先輩とクラスは違うが同級生だ。
顔を知っていたらしい。
「ディアドリーさん? もしかして、ローズブレイドって!」
そんなディアドリー先輩は、金髪縦ロールのお嬢様姿だ。
その姉であるドロシアさんは──ストレートロングの金髪で、グラマラスな体型がよく分かるドレスを着用していた。
何というか冷たさのある美形。
ディアドリー先輩以上の女王様! という雰囲気の持ち主だ。
年齢は二十歳。
鞭を持って登場しても違和感のない美人さんだ。
次兄が羨ましい。
「こちら、ドロシアさんです。兄貴のお見合い相手だよ」
俺が紹介してやると、次兄が俺の顔を指さすのだった。
「何笑ってんだ、お前!」
この巨乳の女性が次兄の奥さんになると知った時は嫉妬もしたが、性格を知ってからは同情できるようになった。
まぁ、見た目通りきつい人だ。
「妻を放置して随分と楽しそうですわね」
ドロシアさんがそう言うと、次兄が「ヒッ」と悲鳴を上げて腰が引けていた。
もう妻になるつもりなのだろうか?
まぁ、今日はお見合いという名の顔合わせで、結婚は八割方決まっているけどね。
俺がそこまで段取りを付けた。
二人の父親であるローズブレイド伯爵も乗り気だったし。
「この私の夫になるというのに、何という態度なのかしら? オフリーのならず者たちを倒したと聞いて楽しみにしていたのに──これでは期待外れね」
ディアドリー先輩も残念そうにしている。
「まったくですわね。お父様も、どうしてこの結婚に前向きなのか理解できませんわ」
──ルクシオンに調べてもらったのだが、二人の父親であるローズブレイド伯爵はドロシアさんがちゃんと嫁げるか心配していたそうだ。
まともな相手がいたら嫁がせたかったらしい。
ドロシアさんが、次兄を見下している。
「弟のリオン殿は、冒険者として功績を立てたというのに──兄のあなたは何もしていないそうね? それでも同じ血を引いているのかしら?」
言われたい放題だな。
コリンが親父の後ろに隠れている。
親父も小声で「リオンは突然変異で、うちの普通はニックスだから」とか酷いことを呟いていた。
すると──震えだした次兄が顔を上げる。
「あぁ、そうだよ! 俺は弟よりも出来が悪い兄貴だよ。それがどうした!」
何を考えているのか、いきなりドロシアさんに喧嘩腰になっていた。
こいつ正気なのか?
そう思っていると、次兄の考えが読めた。
「兄貴まさか!」
「黙ってろ!」
次兄はこの結婚の話をなかったことにするために、ドロシアさんに喧嘩を売っているようだ。
ドロシアさんが怒って出ていけば、後はどうとでもなると浅い考えを抱いているらしい。
「兄貴、お嬢際が悪いぞ! それから落ち着けよ。相手を怒らせたら駄目だろ!」
「リオン、お前に言われたくないんだよ! いいか、よく聞けそこのわがまま女!」
次兄がドロシアさんを指さす。
ドロシアさんは驚いた顔で「わ、わがまま女ですって!」と激高していた。
「勘違いするなよ。俺は結婚してもらうんじゃない。結婚してやるんだ! それが嫌なら、さっさと家に帰るんだな!」
互いに激高して顔を真っ赤にする二人。
親父は「ニックス止めろ! 今度はローズブレイド家と戦争になるから!」と、泣きそうな顔をしていた。
──しかし、だ。
付き添いのディアドリー先輩が微笑んでいる。
「お姉様、良かったですわね」
──ん?
顔を真っ赤にしていたドロシアさんが、笑みを浮かべると唇を舌で妖しく舐めた。
激高していると言うよりも、興奮しているように見える。
「いいわ。あなた最高よ。どいつもこいつも、ローズブレイドと聞くだけで卑屈になる男ばかり。私は──あなたのような躾甲斐のある男を待っていたの」
次兄が驚愕していた。
「──え? な、何で?」
ドロシアさんが手を組んで目を輝かせていた。
「いえ、むしろ互いに躾合うような──もっと激しくぶつかれるような殿方が私の好みなの。大人しい男なんて嫌よ。私はついに──理想の殿方を見つけたわ!」
次兄が冷や汗をかいていた。
ドロシアさんが、そんな次兄の腕に自分の腕を絡めて──部屋から連れ出してしまう。
「あなた最高よ」
次兄が引っ張られ、部屋から出ていく際に俺に手を伸ばしてきた。
「た、助け──」
俺は笑顔で手を振ってやる。
「良かったね、兄貴!」
親父もコリンも、連れて行かれる次兄を見ながら手を振っていた。
「こ、これでよかったんだよな?」
「ニックス兄ちゃんが連れて行かれた」
無事に次兄に伯爵という面倒な地位を押しつけた。
ついでに次兄の結婚相手を見つけてやる俺って、何て出来た弟なのだろうか?
ドアが閉まると、次兄の声が聞こえてくる。
『リオン、てめぇは覚えてろよ!』
どうやら泣いて喜んでいるらしい。
ディアドリー先輩が肩をすくめている。
「お姉様が羨ましいですわ。私も気骨のある男性を見つけたいものね」
──見つかるといいね。だから、値踏みするような視線を俺に向けないで欲しい。
さて、俺は残った事後処理をするとしよう。
◇
学園に戻ってくるとマリエが泣いていた。
「私の実家がなくなって、貴族じゃなくなったんですけど!」
泣いている理由は、実家が取り潰されて貴族の地位を剥奪されたことにある。
マリエは学園に通う資格を失ってしまったのだ。
「オフリー家の跡取りと結婚する方が良かったのか?」
「そ、それは嫌だけど」
俺はマリエに一つ確認を取ることにした。
マリエが貴族のままでいられて、学園に通える方法が一つあるのだ。
だが、それをするためには、どうしても確認しておくことがある。
結果次第で、俺は──マリエの相手を見つけないといけない。
「──なぁ、前に俺には前世で妹がいたって話をしたよな?」
マリエも何か言いたいのか、頷くとそのまま俺から目をそらすように俯く。
「う、うん」
マリエも薄々感づいていたのだろう。
俺はポツポツと妹──前世の妹について話をする。
「名前は思い出せないが、家族は両親と妹がいて四人だった」
「──私も」
もっと早くに気付いておくべきだったのだ。
あり得ないと思っていたが──マリエが前世の俺の妹であると、もっと早くに気付いておくべきだった。
そうすれば──こんな思いはしなくてすんだのだ。
「随分とわがままな妹だったよ。顔は良いけど猫をかぶるのがうまくて、両親は俺よりも妹を信じていてさ」
マリエの前世について語ってやる。
だが、頷いて聞いていたマリエが、途中で首をかしげるのだった。
「──ちょっと待って? 両親が兄貴よりも妹を信用していたの?」
「そうだよ。あいつ、猫をかぶるのがうまかったから」
「待って、それっておかしいわよ。だって、私の両親は兄貴の方を信用していたもの」
「え?」
何やら食い違いがあるらしい。
「いや、待てよ。だってほら! お前も兄貴にクリアできないから、あの乙女ゲーを押しつけたんだろ!?」
「確かに押しつけたけど、私はお願いしたわよ。あと、私の知り合いも兄弟に頼った話を聞いたわね。そもそも、私ってそこまで酷い妹じゃなかったし」
酷い妹じゃなかった?
「なら、お前の兄貴は?」
「うちの兄貴って怒らせると凄く怖いし、やり過ぎるところがあるけど基本的に手の平の上で転がせるタイプ? 何て言うか、鈍感系かな? あと、私がお願いすると、喜んで色々とやってくれたわよ」
「え、そんな兄貴がいるの? というか、怒らせると怖いのによく手の平の上で転がそうって思えるよな」
「まぁ、自分の兄貴だからね。怒らせるラインっていうの? 限界をちゃんと知っていたし、今にして思えば妹の私には甘かったわね」
──俺と全然違うじゃないか!
そもそも、俺は前世の妹にあの乙女ゲーを押しつけられた。
それに、怒らせると怖いなんて言われたことがない。
やりすぎることもなかったし、妹の手の平の上で転がされるなどあり得ない。
──ちゃんと仕返しをしていたからな。
あと、鈍感系じゃない!
何だその、ラノベノ主人公みたいな兄貴は!
それに、妹を可愛がっていたつもりもないから──俺と別人じゃないか!
「うちの妹、結構酷い性格だったんだ。ほら、家と外だと性格が豹変する感じ。要領が良くて、両親の信用を盾に好き放題していたな」
「それなら私とは違うわね。というか、そんな女が本当にいるのね。きっとその妹、ろくな奴じゃないわよ」
「う、うん」
これは腐の趣味があり、俺に押しつけた云々の話をするべきだろうか?
そう思っていると、マリエはグラビアアイドルがよるようなポーズを見せてくる。
「あと、私って前世でも美人だったのよ。今はこれでも、前世ではスタイルも凄く良かったんだから」
──俺の妹、顔は良いがスタイルは良かったか? 確かに痩せていたが、ここまで自慢できるほどではなかったはずだ。
お互いに食い違う情報が多すぎて、何だか微妙な空気になってきた。
俺はマリエに言う。
「──ごめん、お前が俺の妹かもしれないって思っていたわ」
「ちょっと止めてよ! 私がそんな酷い奴に見えたの? 酷くない!?」
「い、いや、悪かったよ。でも、お前も俺を自分の兄貴だと思っていただろう? 俺、お前の兄貴みたいに怖くないぞ」
俺はどこにでもいる普通の男だった。
「は、反省しているわよ! もしかしたら、って思っていたけど──やっぱり違うわね」
そもそも、兄妹揃ってあの乙女ゲーの世界に転生とか笑い話にもならない。
俺とマリエは、そのまま微妙な顔をしていたが──次第に可笑しくなって笑い始めた。
「何だ。お互いに勘違いしていたのか」
「そうよね。あり得ないわよね」
だから俺はマリエに言うのだ。
「あぁ、それなら問題ないな。マリエ──お前、うちに来いよ」
「──え?」
マリエが驚いて口をパクパクさせるので、俺は照れ隠しで頬を指でかく。
「お前は落ちぶれても貴族の血筋だからな。それに、お前の身柄を俺の方で預かるって話を進めていたんだよ。許可も出そうだし、問題なければ──このまま、その──あれだ」
髪をかいて下を向くと、マリエが涙をポロポロと流していた。
「こ、告白するなら、もっとムードを作りなさいよ。馬鹿ぁぁぁ!」
泣かしてしまいオロオロとしていると、マリエがぐずりながらも頷く。
「──告白は受けるからやり直して。夜景が見える場所で、指輪をもらうのが夢なの」
何と図々しい女だろうか。
しかし、これくらいがいいような気がしていた。
美人でもドロシアさんのような女性は駄目だ。
俺は次兄の結婚で色々と学んだのだ。
「分かったよ。ルクシオンに用意させるかな」
そう呟くと、ルクシオンが物陰から姿を現した。
『──ようやく覚悟を決められのですね』
「お、お前聞いていたのか!」
驚くと、どうやら嬉しいのか上機嫌のようだ。
『はい。すぐに最高の夜景が見えるポイントを割り出し、指輪の製作に取りかかります。三時間お待ちいただければ、全ての準備が整います』
それを聞いたマリエが、文句を言っていた。
「そんなおざなりな感じは嫌よ! もっと真剣に考えて! あと、指輪はちゃんと作って! 安くてもいいから!」
『わざわざ時間をかけても結果は変わりませんよ?』
「それでも!」
ルクシオンが渋々と納得する。
『面倒ですね。それから、指輪に関してはご安心ください。大きな宝石を取り付けますよ。何なら、全ての手の指に違う宝石のついた指輪をご用意いたしましょうか?』
マリエはそのルクシオンのセンスにドン引きする。
「あんたセンス悪いって言われない?」
『──女性は金金属が好きと資料にありますが?』
「何でもいいわけがないでしょ」
どうやら、ルクシオンにはこの手のセンスは理解できないようだ。
「お前にも苦手な事ってあるんだな」
笑ってやると、ルクシオンが俺に赤いレンズを向けてくる。
『何故嬉しそうなのですか?』
「別に~」
◇
学園での変わらない日常が戻ってきた。
だが、マリエは今──飛行船の客室の前に立ち、ドアを激しく叩いている。
「開けろこらぁぁぁ!」
豪華客船での修学旅行だというのに、マリエは朝から忙しかった。
マリエの後ろには、本を抱きしめた小柄な女子がオドオドとしている。
「マ、マリエちゃん、二人とも起きてこないね」
マリエが面倒を見ている女子の二人が、朝食時間になっても部屋から出てこないのだ。
これが普通の女子なら問題ないが、マリエが面倒を見ている女子というのは問題が多い。
放置すれば部屋から出ずにだらけた生活を送る物臭な女子。
趣味で絵を描いている女子は、集中すると寝食を忘れていつの間にか倒れていることもある。
そんな二人を同じ部屋に入れたため、朝から起きてこなかった。
(何で私がこの子たちの面倒を見ているのかしら? せっかくの修学旅行なのに、問題児の世話しかしてない)
ドアを何とか開けようとしていると、本を抱きしめていた女子が床に座って読書を開始し始めた。
「何で本を読み始めるの?」
「え? だ、だって、まだ出てこないし」
その答えに泣きそうになってくる。
「床に座り込んで読まない! それから、朝食に向かうのに本を持ち込まないの!」
「え!?」
本を抱きしめる女子が、本気で驚愕した顔をする。
(この子も他二人に負けないくらい個性が強いのよね)
元の世界なら分からないが、こちらの世界ではこんな性格でも男子に大人気だ。
マリエは再び、ドアを叩き始める。
「起きろぉぉぉ! 朝食の時間が終わっちゃうでしょうがぁぁぁ!」
そんな騒がしい客室の隣のドアが開くと、そこから不機嫌なエルフの少年が出てくる。
専属使用人のようだが、どう見ても子供だった。
マリエがドアを叩く手を止める。
(この子、もしかして──)
その少年──カイルは、マリエに向かって嫌みを言う。
「朝から元気で羨ましいですね。僕のご主人様は、体調が優れないので静かにしてくれませんか?」
マリエは視線をさまよわせた。
(ということは、ここに主人公のオリヴィアがいるのかしら? こ、困ったわね。あまり関わりたくないし、嫌われるのも避けたいわ)
将来は聖女にして、ホルファート王国の王妃様だ。
敵対したい相手ではない。
「ご、ごめんなさいね! 友人二人が出てこないのよ」
カイルは目を細める。
「鍵でも借りてきたらどうですか?」
「──そうするわ。え、えっと、ごめんね」
マリエは本を抱きしめる女子を連れて、その場から離れるのだった。
◇
騒がしい音が聞こえなくなった。
客室のベッドの上で上半身を起こすオリヴィアは、戻ってきた自分の専属使用人であるカイルを見る。
「──追い返したの?」
カイルは自慢気に語るのだ。
「えぇ、説得してきましたよ。簡単でしたね」
専属使用人であるカイルは、ユリウスに購入してもらった奴隷だ。
オリヴィアは自分でお金を出して購入していなかった。
ただ、問題はカイルの生活費だ。
奴隷の持ち主であるオリヴィアには、カイルを養う義務がある。
衣食住を提供する義務があるため、夏休み明けからは積極的にダンジョンに挑んでお金を稼ぐことが増えていた。
オリヴィアは額に手を当てると、まだ熱が下がりきってないのを確認した。
「周りの人たちは貴族だから、言葉遣いには注意してね」
「分かっていますよ。でも、酷いことをされたら、ユリウス殿下に伝えればいいじゃないですか」
「それは駄目!」
声を張り上げるとオリヴィアに、カイルが驚いてしまった。
「ご、ごめんなさい。カイル君、お水を持って来てもらえるかな?」
「──はい」
カイルは賢くて仕事の出来る子だ。
だが、口の悪さが目立つ。
まだ幼いためか、オリヴィアに甘えているような態度を見せることがある。
余裕のないオリヴィアは、時々そんなカイルが疎ましく思えた。
だが、学園では数少ない自分の理解者だ。
話し相手がいるだけで、随分と気持ちが楽になる。
ただ、カイルはオリヴィアの立場というのを最大限に活用するべきと考えている。
それをオリヴィアは受け入れられなかった。
熱を出したオリヴィアは、再び横になると目を閉じた。
「本当は勉強がしたかったのに」
部屋にある机には、教科書やらノートが置かれていた。
熱を出してそれどころではなくなり、オリヴィアは気持ちだけが焦っている。
すると、ドアを乱暴にノックする音が聞こえてきた。
カイルではない。
カイルがいない時を狙ってきたのだろう。
オリヴィアは起き上がると、両手で顔を覆ってから立ち上がってドアへとフラフラと向かった。
「何ですか?」
そこにいたのは学園の女子たちだ。
専属使用人を連れている。
「あら、随分と嫌そうな顔をしているわね。せっかく、遊びに誘ってあげたのに」
「──今日は気分が悪いので、遠慮させてもらいます」
そんなオリヴィアを、女子が無理矢理部屋から引っ張り出した。
「いいから来なさい! せっかくだから、ギャンブルを教えてあげるわ。ここのカジノは、色々と揃っているからね。沢山遊べるわよ」
嫌らしい笑みを浮かべる女子や専属使用人の亜人種たち。
オリヴィアは、熱っぽい頭で思考がまとまらなかった。
(今度は何をされるのかな?)
◇
豪華客船の室内。
カジノが用意されたその部屋で、俺は目の前の光景を見て唖然としていた。
「──嘘だろ」
トランプを使ったカードゲームを行い、主人公様──オリヴィアさんが負け続けていた。
既に掛け金などないのに、囲んでいる女子たちが無理矢理賭けさせている。
金額だけではない。
学園に戻った際のバーツゲームなど、色々と賭け始めていた。
「あんた、本当に弱いのね」
「──」
心なしか、オリヴィアさんの顔色も悪い。
呼吸も乱れていて、目の焦点が合っていない。
あと──。
『マスター、オリヴィアの相手側がイカサマをしています』
──ルクシオンからの報告で、オリヴィアさんが罠にはめられているのが分かった。
マリエが俺の側に寄ってくる。
「ねぇ、アレどうするのよ」
小声で話しかけてくるマリエに、俺は答えられずにいた。
この修学旅行だが、三学年合同で──三箇所に送られる。
オリヴィアさんは、運が悪いのか攻略対象の男子たちが乗っていないこの豪華客船に乗り込んでしまった。
正確には、ユリウスとジルクが乗り込むはずだったのだ。
ただ、二人には用事が出来たとかで、現地で合流するという話になっている。
いったい何が起きたのかマリエと話し合ったが、よく分からなかった。
結果的に現地で合流するなら問題ないだろう、という結論に至った。
そのため、現在──オリヴィアさんを守ってくれる男子はない。
「ねぇ、このままだと、あの子破産するわよ」
金額はとても支払える額ではなく、おまけに罰ゲームの内容が酷い。
ニヤニヤしている女子たちが、逃げようとするオリヴィアさんを逃がさない。
周囲を専属使用人たちが囲って逃がさないようにしていた。
──最悪である。
俺はしばらく考え──そして、女子たちの会話を聞く。
「あ、そうだ。もう賭けるものもなくなってきたし、今度はあんたの退学を賭けない?」
「え?」
オリヴィアさんが顔を上げると、女子たちは盛り上がっていた。
「いいわね。あんたが自主退学すれば、こっちにも迷惑はかからないし」
「それがいいわ。あ、でも罰ゲームから逃げられると思わないでね。負けた分の金額も、きっちり回収するから」
「借金してでも払いなさいよ。──逃げたらあんたの家族や故郷がどうなるかしらね?」
周囲を取り囲む野次馬は、笑ってみている者もいれば同情している者もいる。
ただ、男子の多くは女子に口答えも出来ないため見ているだけだ。
あと──王太子殿下たちと親しい特待生が目障りなのか、このまま消えて欲しいと思っている生徒も多いようだ。
──そんなの俺たちが困る!
「俺が交代する」
「え?」
オリヴィアさんを助けようとすると、マリエが俺の腕を掴んだ。
「ちょっと待ってよ。ギャンブルなんて駄目よ」
「分かっている。それに、元からギャンブルなんて俺はしない」
「だ、だって」
「いいから見ていろ。俺は──ギャンブルはしないが、勝てる勝負はする男だ」
野次馬を押しのけてテーブルに近付くと、女子や専属使用人たちが睨み付けてくる。
オリヴィアさんの隣に立つ俺は、テーブルの上に手を置いた。
「イカサマなんてフェアじゃないな」
すると、女子一人が明らかに狼狽した。
他二人は動揺を隠そうとしている。
「──こっちに来るんじゃないわよ。あんた、こいつの味方をするの?」
オリヴィアさんが俯いている。
「そうだ。こんな酷い賭け事を見せられて、黙っていられなくてね」
一人が俺を罵ってくる。
「成り上がりのくせに。調子に乗るんじゃないわよ」
確かに俺は成り上がり者だ。
だから、調子にだって乗らせてもらう。
「それがどうした?」
「な、何ですって」
普通なら俺だって女子に強気な態度は取らないが──今の俺は、マリエと仮で婚約を済ませている。
だから、婚活から解放された身だ。
つまり、今の俺は無敵だ!
「なぁ、俺と勝負しない? 掛け金はそうだな──こんなものでどうだ?」
懐から硬貨の入った袋を取り出した俺は、テーブルの上にこぼしてやった。
そこに落ちたのは金貨よりも価値の高い、ファンタジー硬貨の白金貨だ。
女子たちの目の色が変わる。
「オリヴィアさんの負けた分は、俺が引き受ける。その方が、お前らも回収が楽だろ?」
そう言うと、俺を見るオリヴィアさんが驚いていた。
「あ、あの──どうして助けてくれるんですか?」
俺は「ここは大丈夫だから」と言って、女子たちに視線を戻した。
女子の一人が笑みを浮かべた。
成り上がり者の俺をギャンブルで負かして恥をかかせてやろうとでも考えている顔だ。
「いいわよ。でも、負けたからってイカサマを理由にして逃げないでよね」
既に勝つつもりでいるようだ。
「──もちろんだ。でも、見つけたら容赦しないぞ」
「はっ! さっさと座りなさいよ」
俺はオリヴィアさんと交代して勝負を開始する。
すると、ルクシオンが俺に伝えてきた。
『マスター、彼女たちの専属使用人がカードの情報を伝えています。また、袖にカードを隠し持っていますね』
俺は振り返ると、専属使用人を指さした。
「それはそうと、袖にカードを隠しているこいつらをどけてくれる? もうバレてるよ」
専属使用人たちが動揺を悟らせないようにするが、俺の後ろにいたマリエが一人の腕を掴んだ。
すると、カードが数枚落ちてくる。
「あ、こいつカードを隠し持っていたわ!」
女子三人が明らかに狼狽えるのを見ながら、俺はニッコリと微笑むのだ。
「これでイカサマだと騒ぐつもりはないから安心してね。──さぁ、始めようか」
ルクシオンを使ってイカサマをする俺に、目の前の女子たちが勝てるとは思えないけどね。
◇
豪華客船のカジノ。
オリヴィアは、目の前の光景に驚くしかなかった。
先程まで自分を苦しめていた三人の女子が、泣きながらカードを見ている。
何度リオンに謝っていた。
「許してください。もう賭けるものがありません」
イカサマをすれば見破られ、勝負すれば負ける。
リオンを前にして、逃げることも出来ない女子たち三人の負けた金額は、オリヴィアが負けた金額よりも更に膨れ上がっていた。
リオンは笑っている。
「さっき彼女に言っていたよね? 借金をしてでも払ってもらう、だったか? 自分たちで言ったんだ。負けたら同じようにしてくれるよね? ほら、勝負だ!」
カードを出すと、またしてもリオンの勝利だった。
リオンは先程から勝ち続けている。
周囲がイカサマをしていると睨み、どうにかして証拠を掴もうとするが──証拠が一切出てこない。
対して、女子たちのイカサマは全て見抜かれる。
「俺の勝ちだね! ──さて、次は何を賭けてもらおうかな?」
女子たちが席を立って逃げだそうとすると、リオンが低い声で脅した。
「逃げたらお前らの実家に取り立てに行く。──オフリーやラーファンみたいに、王国の地図から家名を消してやるぞ」
少し前に、バルトファルト家がオフリー家とラーファン家を滅ぼした。
リオンの脅しがハッタリには聞こえない女子たちは、席に戻るとみっともなく泣いていた。
「ごめんなさい。もうしませんから。イカサマのことも謝りますから、許してください」
泣きながらリオンに謝罪する女子たち。
そんな女子たちに対して、リオンは容赦がない。
「駄目だ。お前らが誰に謝るべきか理解するまで、このゲームは続ける。気付くまでに、いったいどれだけ失うんだろうな?」
それを聞いた三人の女子が、リオンの側にいたオリヴィアを見ると泣きながら謝罪してくるのだ。
「ごめんなさい。もうしません」
「許してください。お願いします」
「もう許してください。こんな大金──払えません」
オリヴィアは、頭を下げてくる女子たちを前に戸惑うのだった。
「え──あ──」
理解できなかった。
平民の自分に貴族が頭を下げている。
そして、自分を助けてくれたリオンも理解できない。
リオンはカードを置いて立ち上がる。
「──お前らの負けた分は保留にしておいてやる。次に特待生に何かしたら、本気で取り立てに行くから覚悟しておけよ」
リオンは三人からお金を巻き上げるつもりがないようだ。
去ろうとするリオンにオリヴィアが声をかける。
「あ、あの、どうして助けてくれたんですか?」
こんな貴族は──はじめてだ。
ユリウスたちとも違うリオンの態度に、オリヴィアは少しだけ光を見つけた気がした。
リオンはオリヴィアに背中を向けると頭をかく。
「──何となく? また何かあったら、気軽に相談してよ」
去っていくリオンを見て、オリヴィアは思うのだった。
(あんな貴族様もいるんだ)
◇
修学旅行先は和風な浮島だった。
ここはあの乙女ゲーで、とても貴重なアイテムが手に入る場所だ。
その島で夜に行われるお祭りで、狐の面をつけた男が売っているアイテム──お守りがとても性能が良いため、どうしても手に入れておきたかった。
だから、俺とマリエは──。
「逃げるなこらぁぁぁ!」
「お守りを売りなさいよぉぉぉ!」
──浴衣姿で、狐のお面を付けたお守りを売る男を追い回していた。
「誰か助けてぇぇぇ!」
こいつが売っているお守りが、ゲームでは性能が良い上にキャラクターの育成的にも重要になっているのでどうしても確保したかった。
だが、こいつが売っているお守りだが、中身が見えないようになっている。
種類も多いため、狙ったお守りが出てくる確率は低い。
これがゲームなら、セーブとロードを繰り返せばいいだけの話だ。
しかし、現実ではセーブもなければロードもない。
──ないのかな? あると楽なのにね。
さて、このお守りはお一人様一個までと決められており、一発勝負となっている。
その問題を解決するため、俺たちはお守りを買い占めようとした。
すると、この狐の面を付けた男が「か、買い占めなんて駄目です。これを楽しみにしてくれている人もいるんです!」と言って、俺たちに売らないのだ。
──そんなの許さない。
「金ならあるんだよ! 十倍の値段で買うから! 百倍でもいいから!」
俺がそう言うと、狐の面を付けた男が逃げながら拒否する。
「駄目です!」
マリエもアイテムを購入するため、必死に追いかけていた。
「ならせめて一個だけでも売りなさいよ!」
狐の面を付けた男が確認してくる。
「本当に一人一つだけですよ。一個だけですからね!」
念を押してくる狐の面の男に、俺は叫ぶのだった。
「分かったから、止まれや!」
立ち止まってくれた狐の面の男は、怯えるように俺たちを見ていた。
そんな男に代金を手渡す。
俺とマリエは、汗だくで肩で呼吸をしながらその男が持っている商品からお守りを選ぶのだ。
ただ、白い紙袋に入っており中身が見えない。
「当たってくれよ──あっ!」
俺が選んだ袋に入っていたのは、白い玉に赤い糸が付けられたものだ。
マリエも購入すると、狐の面を付けた男は逃げるように走り去っていく。
「当たれ。当たって──こいっ!」
マリエが袋から取り出したのは、銀色に輝く剣と盾の飾りだった。
お互いに、相手が手に入れたアイテムを見る。
マリエが俺に剣と盾の飾りを俺に差し出してくる。
「私これいらないから、そっち頂戴」
「その方がいいか。それにしても疲れたな」
「もう汗だくよ。疲れたから休みたいわね。──あっ!」
お互いに交換すると、空に大きな音が響いた。
見上げると、花火が次々に夜空に上がって綺麗に光っている。
疲れた俺たちは、近くにあったベンチに腰掛けるのだった。
マリエは花火を眺めながら、俺と交換したお守りを見ていた。
ビー玉くらいの大きさの白い玉は、確か魔力を高めて治療魔法の適性を底上げするアイテムだったはずだ。
マリエにはピッタリだろう。
「──ありがとね」
マリエがお礼を口にするので、俺はお守りのことだと思って返事をする。
「俺も狙っていたお守りが手に入ったから別にいいよ」
すると、マリエは俺を見て指をさしてくる。
その指で鼻先を押された。
「あんたも鈍いわね。別にお守りだけの話じゃないわよ」
「いや、分かるかよ。ちゃんと言葉にしろよ」
文句を言ってやると、マリエは恥ずかしそうにしていた。
ベンチに座って脚をブラブラさせている。
「だ、だから──実家のこととか、オフリー伯爵家のこととか──い、色々よ!」
「それをお礼一つで終わらせようとしたのか?」
「ちゃんとお礼が言えてなかったから、言葉にしたんじゃない!」
「はい、はい、そうですか」
本当に前世の妹に似ている奴だ。
マリエの方は「こういうところは前世の兄貴と同じね」などと呟いていた。
花火を鑑賞しながら、俺たちは会話を続ける。
マリエは、オフリー伯爵家をこんなに早く退場させてよかったのかと心配していた。
「ねぇ、空賊のイベントってどうするの?」
「聖女の首飾りのことか? 安心しろよ。俺が隠し持っているから。ま、時期が来たら主人公様に献上するさ」
「回収したの!?」
「当たり前だろうが」
「ねぇ、見せてよ」
「持って来てないから無理。学園に戻ったら見せてやるよ」
「約束よ!」
実はオフリー伯爵家が協力していた空賊は、あの乙女ゲーの重要アイテムを隠し持っていた。
それが聖女の首飾りだ。
主人公様が持つことで、凄いパワーを発揮するアイテムである。
「でも、大丈夫かな? イベントが一つ消えちゃったわよ」
「大丈夫だろ? それに戦争になれば、俺も関わるだろうし」
「え?」
一際大きな花火が夜空に広がると、マリエが驚いた顔をしていた。
「何で驚くんだよ?」
「だ、だって、戦争に関わるって」
「あの乙女ゲーを思い出せよ。学生たちも参加していただろうが」
「そ、そうだけど」
納得できていないようだ。
「ルクシオンもいるから大丈夫だよ」
「そ、そうよね。あいつがいれば、リオンは負けないもんね」
「そういうことだ」
そのまま花火が終わるまで二人で過ごした。
◇
修学旅行が終わると、代わり映えのしない日常が戻ってきた。
俺はマリエをお茶会に誘い、ルクシオンと三人で話をしていた。
話題は──聖女の首飾りについてだ。
ルクシオンが、聖女の首飾りを眺めているマリエに話しかける。
『これが聖女の首飾りです。私からすれば、ただの首飾りなのですけどね。権威の象徴とも考えましたが、エネルギーを内包しています。何かの効果があるのは間違いありません』
マリエは自分の首にかけてみた。
「それはいいわね。──どう?」
聖女の首飾りをつけたマリエは、俺に見せつけてくる。
「似合わないな」
笑ってやると、マリエが怒るのだった。
「何よ! もっと褒めてくれてもいいでしょ!」
俺はマリエを見ながら、紅茶を一口飲んだ。
「それで? 何か不思議な効果はあるのか?」
マリエは自分の両手を見る。
そして、首飾りから流れ込む力を感じ取るためか、目を閉じてしばらくそのまま黙り込んだ。
目を開けると──。
「──駄目ね。ちょっと効果があるかな~、ってくらい? やっぱり、三つが揃わないと効果を発揮しないのかしら?」
──駄目だったようだ。
「残念だな。でも、少しは効果があるんだろ?」
「たぶんね。ないよりはマシかな?」
それを聞いた俺は、聖女の首飾りをマリエに預けることにした。
「なら、お前が持っていろよ。俺が使っても効果なんて感じなかったし」
「え!? それっていいの? 盗られたらどうするのよ!」
そんなマリエに、ルクシオンが大丈夫だと言うのだった。
『首飾りには発信器も取り付けています。また、マリエの周りにはドローンを配置しているので、何か動きがあればすぐに分かりますよ』
「──それって私のプライバシーは守られているの?」
常に見張られていると知り、マリエは酷く微妙な顔をしていた。
『マリエのプライバシーは私以外に知りません。マスターにも秘密にしています。また、逆にマスターの秘密も喋りません』
「ちょっと、それってリオンが浮気しても教えてくれないって事?」
『はい。マスターの秘密は私が守ります』
何でこいつは、俺が浮気をするとか考えているの?
そっちの方が酷くないか?
「お前ら、人を浮気者みたいに言うなよ」
マリエは椅子に座っていじけたように脚をブラブラさせていた。
「私、男の本能的な部分は信用してないの」
「そうですか。ま、それはいいとして、お前が持っていても大丈夫だから安心しろよ」
マリエはまだ不安そうにしている。
「いいのかな?」
すると、ルクシオンが──余計なことを言うのだった。
『マスターはマリエのことが心配なのですよ。効果が僅かにでもあるのなら、持っていて欲しいのです』
それを聞いたマリエが、少し驚くと俺の方を見てニヤニヤし始めた。
「へ~、ふ~ん、そうなんだ~」
ルクシオンの奴が余計なことを言うから、こいつが付け上がるじゃないか。
俺が顔を背けると、マリエはテーブルに置かれたお菓子を食べる。
「それよりさ~、この後ってどうなるのかな?」
何を言いたいのかすぐに分かった。
あの乙女ゲーのストーリーだろう。
お互いに随分昔の話なので、思い出せない部分も多い。
「二学期はイベントも多かったけど、三学期なんて何もなかったな? それより、冬休みはどうする?」
「冬休み? 実家に帰るんじゃないの?」
「奥様と兄貴──あ、親父の正室のゾラと長男のルトアートね。そいつらが五月蠅くてさ。旧オフリー家の領地をルトアートに渡せって怒鳴り込んでくるらしいよ」
「あ~、正室の人? リオンの実家も大変よね。あれ? もしかして、奪われる可能性があるの?」
ルトアートに次兄の領地が奪われる?
そんなことはあり得ない。
「問題ない。そのための後ろ盾として、ローズブレイド家と手を結んだからな。ローズブレイド伯爵も、次兄を気に入ってくれたから安心だ」
次兄とドロシアさんの話を聞いて、伯爵が何て言ったと思う?
次兄が「俺、期待に応えられないです!」って言ったらしいけど、笑顔で「君は既に十分に期待に応えてくれた」──だってさ。
伯爵の内心を意訳すれば「お前だけは逃がさない」だろうか?
わがままな娘の嫁ぎ先として、次兄は最高だったわけだ。
そんな次兄の領地を、きっと伯爵が守ってくれるだろう。
次兄を差し出したような気分だったが、俺の采配はやはり間違っていなかったようだ。
マリエが俺を見る目が冷たい。
「リオンのお兄さん──ニックスさんが『お前だけは絶対に許さない』って言っていたわよね?」
「兄弟だからな。お礼を言うのが照れくさいのさ」
「本気で恨んでいる目をしていたわよ」
「いつかきっと理解してくれるよ。弟のおかげだ、って」
他から見れば、次兄は俺以上の成功者である。
いきなり伯爵の身分を手に入れ、大貴族のお嬢様を嫁に迎えられるのだ。
これ以上はない勝ち組だろう。
あ~あ、羨ましいな! ──と、思いつつも、やはり結婚相手がドロシアさんだ。
おまけに、伯爵家の領地なんて押しつけられて、ちょっと可哀想かな? とは思っている。
なので、ルクシオンにフォローはさせるつもりだ。
「今日も紅茶がうまいな」
俺がそう呟くと、マリエが俺に言う。
「あんた、いつか痛い目に遭うわよ」
◇
その日の夜。
マリエがベッドの上で毛布を蹴飛ばし、お腹を出して寝ていた。
幸せそうに眠っている。
「おにぃ──ちゃ──くぅ~」
すると、サイドテーブルに置いた聖女の首飾りから、怪しい影がマリエに伸びる。
その姿は人だった。
手がマリエに伸びると声がする。
(──見つけた。私の血縁者──子孫)
そしてマリエに触れると、黒い影は困惑する。
(な、何!? 乗っ取れないだと)
黒い影の目的はマリエの体を乗っ取ることだった。
(ならば、精神に深く干渉するまで!)
黒い影がマリエの精神の奥深くに干渉する。
眠っているので容易にマリエの心の中に入り込むことが出来た。
心の奥へと侵入すると、相手は無防備な状態だ。
容易く体を乗っ取れるが、これを行うと黒い影も力を消耗するので避けたかった。
だが、そんなことも言っていられない。
マリエの心へと侵入すると、ドアがあった。
鍵がかかっている。
黒い影は、それを無理矢理こじ開けて中へと入る。
(──何だ? 異国の部屋なのか?)
そこは女子らしい部屋ながら──どこか、この世界とは違う雰囲気だった。
見慣れないものがおおく、家具や置かれている道具の中には使い方が分からないものも多い。
黒い影が広くもない部屋の中でベッドに横になる女の子を見る。
マリエは眠っている。
(こいつ、夢の中でも眠っているのか!? それに姿が違う。こっちが理想の自分なのか? おい、起きろ!)
マリエの姿は、先程までの現実の姿ではなく前世の姿だった。
部屋は前世で暮らしていた実家の部屋だ。
「何よ。五月蠅いわね~」
マリエの心の奥にいる──正直な気持ちが目を覚ますと、眠そうな目をこすって黒い影を見る。
「──あんた誰?」
寝ぼけているマリエに、黒い影が体を乗っ取るために行動を開始した。
まずは自己紹介だ。
(私か? 私は──)
マリエは大きな欠伸をすると、そのままうつらうつらとしだした。
(寝るな!)
ハッと顔を上げるマリエは、口元を拭って黒い影に言うのだ。
「ね、寝てないわよ。私を眠らせたらたいしたものよ」
寝起きで何を言っているか分からない。
(こいつ、駄目すぎるな。それはそうと、お前に一つ提案がある。私の力が欲しくないか? 私は聖女の首飾りに宿る力そのもの。お前が受け入れてくれるなら、もっと力を貸してやろう。聖女の力が欲しくないか?)
マリエが枕を抱きしめながら、寝癖のついた髪のまま黒い影を見る。
随分と怪しがっているのか、疑惑の目を向けていた。
(ち、力が欲しくないか?)
大抵の場合、こうすれば心の奥では力を望む者が大半だ。
皆が力を望んだ。
過去に何度も試してきたことだ。
だが、今までは子孫──血縁者ではないため、体を奪うまでには至らなかった。
そうしたこともあり、聖女の首飾りは──神殿の管理を抜け出し、様々な人たちの手に渡って奪える体を探してきた。
聖女の首飾りという大事な道具が、神殿の管理から抜け出した理由だ。
真剣な黒い影に対して、マリエは鼻で笑う。
(その反応は何だ?)
「──あんた、何か怪しいわね。だから、聖女の力とかいらないわ」
(何がだ? お前に力を与えてやると言っているんだぞ?)
「それが怪しいのよ。対価を求めず、私に力を貸してやるとか──怪しすぎて何か企んでいます、って言っているようなものじゃない」
(そ、そんなことはない!)
「嘘ね。私なら人を騙す時に同じ事をするわ」
(──え?)
黒い影は思った。
こいつ、自分が悪い人間だと宣言していないか、と。
だが、この程度の女は今までにも何人も見てきた。
(ふっ、見破られたのなら仕方がない。実は──)
適当に言いくるめようとすると、マリエはベッドに横になり肘をついてニヤニヤした顔を向けてくる。太々しい態度に黒い影は苛立った。
黒い影は、こいつが自分の子孫なのかと思うと嫌になってくる。
「嘘は止めなさい。あんたからは、私と同じ臭いがするわ」
(お前と一緒にするな!)
「分かるのよ。女は女の汚い部分に敏感なの。私の女としての勘が、あんたは危険だって告げているわ」
(こ、こいつ!)
もう、言いくるめるのは止めて、無理矢理乗っ取ってやろうと行動する黒い影はマリエに飛びかかった。
すると、マリエの心の壁ともいうべき障壁により阻まれる。
(何!?)
黒い影が必死にマリエに手を伸ばすが、見えない壁に阻まれ届かない。
マリエは欠伸をしていた。
「無駄よ。私は基本的に誰も信用していないもの」
(この腹黒女がぁぁぁ!)
黒い影が叫ぶと、マリエが機嫌を損ねてしまう。
「あん? 私に何かしようとして、その態度って何なの? そもそも、この部屋は私の大事なパーソナルスペースよ。言わば、私だけの空間よ。勝手に入ってきた時点で、あんたはろくでもない存在に決まっているじゃない」
忌々しいことに、マリエを乗っ取ることは出来なかった。
そもそも、マリエが人を信用していない。
悪い意味で心に隙がないのだ。
マリエが──嫌な女であるため、マリエの心を封じ込めて体を乗っ取ることが出来なかった。
(ならばせめて、お前の心に消えない傷を──)
仕返しにこの部屋で暴れてやろうとすると、マリエが目を見開いた。
長い髪が生きているように蠢く。
目が妖しく光って、どちらが化け物なのか分からなくなった。
「あんた──私の部屋で暴れようとしたわ。絶対に許さない。呪ってやるわ。末代まで祟ってやるからなぁぁぁ!」
(お、お前がそれを言うのか! そもそも、お前は私の子孫だから今はお前が末代──)
もはやマリエの言動が化け物とかそっち側だった。
「ここは私の心の中。最強の存在を呼び出して、あんたを叩き出してあげる。お兄ちゃん、助けてぇぇぇ! こいつが私をいじめるのぉ~」
マリエが甘えた声を出すと、部屋のドアがガチャリと開いた。
そこから入ってくるのは、黒いオーラのようなものを漂わせ目を赤く光らせた一人の青年だった。
手には金属バットを握っている。
「──ぶっ潰す」
一言呟くと、問答無用で金属バットを黒い影に振り下ろしてきた。
(なっ!?)
マリエが心の中で作り出した最強の存在。
どうやら、それは兄のようだ。
マリエの作り出した兄が金属バットで黒い影を心の中から叩き出そうとしていた。
「お兄ちゃん、やっちゃって! そいつをボコボコにして!」
マリエが兄を応援している。
黒い影は、マリエの心の強さ──嫌な強さを前に、手も足も出なかった。
(お前、自分の作り出した兄をこの部屋に具現化するとは──さてはブラコンか!)
マリエは逃げ回る黒い影を見ながら微笑んでいた。
「そうですけど、それが何か? 私はお兄ちゃんがだ~い好き」
ここの奥にいるマリエは正直だった。
少しも恥じらうそぶりがない。
「ほら、さっさとこの部屋から出ていきなさい」
マリエは黒い影に興味をなくしたのか、欠伸をして眠ろうとしている。
(こ、こんなのが私の子孫だとぉぉぉ!)
兄のフルスイングを受け、黒い影はマリエの部屋から叩き出されてしまった。
(おのれぇぇぇ!)
──気が付けば、黒い影はマリエの心から追い出されてしまっていた。
黒い影は、疲労困憊といった様子で呟く。
(何て酷い奴だ)
のんきに眠っているマリエの体を奪えなかった。
絶好のチャンスだったのに、マリエの心が鉄壁とも言える守りを見せているので手も足も出ない。
(くそっ! どうなっている。せっかく、私の血縁者が私の思念を宿した道具を手にしたというのに! せっかくのチャンスが──こんな腹黒女に潰されるなどあってなるものか)
聖女の首飾りには、ある人物の思念が宿っている。
マリエを乗っ取ろうとするが、失敗してしまい悔しがっていた。
むしろ、乗っ取ろうとしたら返り討ちに遭い、自分がボロボロにされている。
(こ、この娘、もしかして血が薄いのか? いや、そんなはずはない。力は本物だ。資質だってある。だが、性格が──悪すぎて体が奪えない!)
黒い影がマリエを前に苛立っていると、部屋の隅に浮かんでいる球体に気が付いた。
(な、何だこれは?)
黒い影を球体が見ている。
逃げだそうとすると、窓にもいくつも丸い球体──一つ目の球体たちが浮かんで、黒い影を見ていた。
まるで何かを調べているようだ。
(く、くそ! こうなれば首飾りに戻って──え?)
振り返ると、そこには自分が宿っていた首飾りがなくなっている。
焦る黒い影。
視線を巡らせると、少し大きな丸い球体が浮かんでいた。
その下に、聖女の首飾りが浮かんでいる。
『探しているのはこれですか?』
(喋っただと? 今に時代には、こんなものまであるのか)
驚いている黒い影に──ルクシオンが言う。
『警戒していて正解でしたね。それにしても、非常に興味深い現象です。サンプルとして捕獲しましょう』
(こ、こんなところで捕まるわけには!)
黒い影が逃げだそうとすると、既に部屋の中は取り囲まれていた。
ドアの隙間から抜け出そうとすると、そのまま何かに吸い込まれて捕縛されてしまう。
(は、放せ!)
『──駄目です。あなたには色々と聞きたいことがありますからね』
赤い一つ目を見る黒い影は、怯えるように縮むのだった。
(や、止めろ。私には目的が──成すべき事が!)
『それも含めて、ゆっくりと話を聞くことにしましょう』
ルクシオンがマリエを守った。
だが、当の本人であるマリエは、お腹を出して涎をたらしながら幸せそうに眠っていた。
「おにぃ──もう食べられない」
おいしいものでも食べている夢を見ているのだろう。
黒い影がマリエを恨む。
(おのれ小娘ぇぇぇ!)
◇
翌日。
俺はマリエをお茶会に誘い、その様子をうかがっていた。
ルクシオンからの報告では問題ないらしいが、何者かに乗っ取られようとしていたらしい。
だが──。
「このお菓子は最高ね!」
──ケーキを次々に食べるマリエは、普段通りにしか見えなかった。
乗っ取られそうになったとは思えない。
本人はその事実を知らないため、随分とのんきなものである。
「──お前は悩みがなさそうで羨ましいよ」
紅茶をカップに注ぎながら言うと、マリエは口端にクリームを付けながら抗議してくる。
「私にだって悩みくらいあるわよ!」
「へぇ~、どんな?」
ヘラヘラと笑って聞いてやれば、マリエは視線をさまよわせながら答えるのだ。
「つ、次のテストの事とか、生活費のこととか──」
空中に浮かんでいるルクシオンが、マリエの悩みについて答える。
『この学園では、そこまで成績が重要になるとは思えませんけどね。生活費に関しても、マスターからもらいましたよね?』
マリエがフォークを口に入れて、恥ずかしそうにしている。
「──身長と胸とか」
それを聞いた俺は、ぷっと吹きだしてしまった。
「何だそれ」
笑ってやると、マリエが興奮したのか大声を出してくる。
「五月蠅いわね! 私だって気にしているのよ。何よ。頑張りすぎて成長が止まるなんてあんまりよ。前世では体にだって自信があったのに──」
またこいつの前世自慢が始まった。
「どうにもならないんだから諦めろよ。それとも、ルクシオンにつけてもらう?」
ルクシオンなら整形も簡単に出来てしまいそうだ。
マリエが顔を上げ、キラキラした瞳でルクシオンを見る。
「ルクシオン、私に身長と胸を頂戴!」
そんなマリエにルクシオンは──。
『お断りします』
──拒否した。
「──え?」
マリエが笑顔を引きつらせている。
ルクシオンは、整形を断る理由を説明する。
『そもそも、外見を弄る必要性がありません。確かに発育不足ではありますが、マリエは十分に健康ですから』
マリエが泣いていた。
「いいじゃない! ちょっとくらい頂戴よ!」
『駄目です』
「ケチ!」
低レベルな会話をしていると思いつつ、俺はマリエに尋ねる。
「何で身長と胸が欲しいんだよ? 前は、私は美人だからこれでいい、って言っていたじゃないか」
すると、マリエが俺から顔を背けるのだった。
「──あんたが、オリヴィアを見て鼻の下を伸ばすから」
「は? 俺がいつ、オリヴィアさんを見て鼻の下を伸ばしたよ!」
そんな事実はないと言い返してやると、ルクシオンが一つの映像を見せてくる。
それは修学旅行での一枚だ。
オリヴィアさんの胸に視線を向けている俺がいた。
『視線が何度も胸に移動していました。偶然、とは考えられません』
「──これは違うんだ。ほら、もう本能だから。制御できるようなものじゃないんだ。男の目は、どうしても胸をロックオンしてしまうんだ」
高性能なロックオン装置を男はみんな持っている。
言い訳をする俺に、マリエがフォークを投げ付けてくる。
「やっぱり見ていたじゃない! そんなに胸がいいのか、馬鹿野郎!」
「好きなんだから仕方がないじゃないか! それとも何か? 嫌いですと嘘をついて生きていかないといけないのか? 俺は自分に嘘をついて生きていけるほど、器用じゃないんだよ!」
「何でいいことを言った、みたいな顔なの? 馬鹿なの? 性癖晒して恥ずかしくないの?」
マリエがいつもより怒っていた。
「自分に嘘はつけな──い?」
妙な胸騒ぎを感じた。
胸が締め付けられるようで、自然と自分の胸を手で押さえる。
俺の様子がおかしいと、マリエが顔を覗き込んできた。
「どうしたのよ? 顔色が悪いわよ」
ルクシオンも俺を見ていた。
『──心拍数が上がっていますね。発汗も──マスター、少し落ち着いてください』
テーブルに手をついて、俺は首を横に振る。
「いや、大丈夫だ」
マリエが俺を心配している。
「ほ、本当? あ、私は治療魔法が得意だから、診察してあげるわよ」
マリエが俺の手を握ってくる。
その手が温かかった。
俺もマリエの小さな手を握る。
「──リオン、あんた本当にどうしたのよ?」
「分からない。何でもないはずなんだけどな」
一瞬──凄く嫌な感じがした。
一体何だったのだろうか?
マリエが部屋の中に視線を巡らせるので、気になって尋ねた。
「どうした?」
「う~ん、何だか変な感じがしたのよ。ま、まさか、この部屋って曰く付きとかじゃない!? 私、そういうのに敏感なのよ!」
──昨日の夜に、何かに乗っ取られようとしたところでのんきに寝ていた女の台詞とは思えない。
◇
その頃、オリヴィアは一人でダンジョンに来ていた。
背負った荷物の中には、魔石やら金属を詰め込んでいる。
それがとても重い。
だが、稼がないと生きていけないので、オリヴィアは頑張っていた。
「よいしょ、っと」
ダンジョン深くに挑み、そこから得られる高純度の魔石を持ち替えればそれなりの金額になる。
しばらくは生活に困らないだけの稼ぎになる。
「今日は無理しちゃったな」
苦笑いをしながらダンジョン内を歩いていると、横道から飛び出してくる人影があった。
──それは、専属使用人を引き連れた女子たちだった。
オリヴィアの前に立ち塞がる。
「え、あの?」
逃げようとするが、後ろも塞がれてしまった。
「一人でこんなところに来るなんて不用心ね」
女子生徒がそう言うと、専属使用人たちにオリヴィアを担がせる。
「放して! 放してください!」
女子生徒たちが笑っている。
「あんたが調子に乗るから悪いのよ」
「おかげで、あのバルトファルトに睨まれちゃったじゃない!」
オリヴィアが連れて行かれたのは、立ち入り禁止と書かれた場所だった。
そこには深い縦穴があった。
随分と大きな穴で、暗くて底が見えない。
落ちたら危険とすぐに分かるような穴だ。
女子生徒たちが言う。
「──学園の生徒でもさ、ダンジョンで死ぬ場合があるのよ。数年に一度くらいだけどね」
オリヴィアは女子たちが何を言いたいのか察してしまう。
「ま、待って!」
「バイバイ」
女子生徒たちが笑っている。
「あんたが悪いのよ。平民の癖に調子に乗るから」
「王太子殿下たちに近付いた身の程知らずが、本当にいい気味ね」
「油断したあんたが悪いのよ。──ほら、投げ込みなさい」
専属使用人たちが、オリヴィアを穴の中に放り込んだ。
落下するオリヴィアは手を伸ばした。
どうして自分がこんな目に遭うのか?
ユリウスに気に入られたから?
自分が学園にいるから?
オリヴィアは涙を流す。
「わ、私は──!」
すると、穴の奥から巨大なモンスターが大きな口を開けて迫ってきた。
このまま食べられてしまうのかと思っていると、そんなモンスターを一つの丸く光を放つ何かが突き破って黒い煙に変えてしまった。
霧散する黒い煙の中、オリヴィアが驚いていると何かは左腕に巻き付いてくる。
左腕にまかれた腕輪。
腕輪が光ると、落下速度が徐々に緩やかになっていく。
地面に到着すると、怪我することなく着地できた。
「これ、何かな?」
自分を守ってくれたのだろうか?
不思議な腕輪だと思って覗き込むと、腕輪は淡い光りを放っていた。
オリヴィアの目が光を失う。
すると、腕輪から一人の女性が姿を現した。
肉体はなく、まるで幻のような女性はボンヤリとしているオリヴィアの顔を覗き込む。
『──見つけた』
オリヴィアは抵抗できない。
「あ、あの」
『──私の血を受け継いでいる。お前は私の力と──この思い、そして意志、全てを引き継ぐ資格がある!』
その女性はとても美しく──怖かった。
両手でオリヴィアの顔を掴む女性──だが、実体がないために触れられている気がしない。ただ、酷く冷たい感触はあった。
『可愛そうな子。こんな暗い穴の底に捨てられてしまったのね』
「──え、えっと」
『そしてとても──優しい子』
自分の顔を覗き込む女性は、まるでゴースト──幽霊のような存在に見えた。
だが、オリヴィアは逃げ出すことが出来ない。
その幽霊の女性が言う。
『とても素直で優しくて──乗っ取りやすいわ!』
目を見開き、オリヴィアの体に抱きつくと女性は消えてしまう。
だが、オリヴィアが淡く光り出して──そのまま頭を両手で押さえて苦しみだした。
「や、止めて──」
酷い頭痛がする。
オリヴィアが苦しんでいると、体の内側──心の声が聞こえてくる。
(憎いだろう? お前をこんな場所に落とした連中が?)
「止めて!」
(憎いだろう? お前を学園に入学させて──無責任に放置した貴族共が?)
「だから、止めてよ!」
(もっと憎め! もっと恨め! こうなった原因は誰にある? ──そうだ、あいつらだ。あの男たちだ! 貴族を憎め! あいつらの“子孫”を恨め!)
思い浮かんだのはユリウスたちの顔だった。
頭を押さえるオリヴィアが苦しんでいるが、声は止む気配がない。
(もっと──もっと憎め。貴族を──この国を!)
「出ていってよ。私の中から出ていってよ! あなたは一体──誰なのよ!」
誰かに助けて欲しいと叫んだ。
思い浮かんだのは──修学旅行で自分を助けてくれた貴族の男子だった。
すると──声は自分のことを語り出すのだった。
(──私は、かつてこの国で“聖女”と呼ばれた女だ)
「え?」
(お前たちが聖女と崇めているのは──私だよ)
狼狽するオリヴィアは、徐々に頭痛が激しくなり意識を──手放してしまった。
倒れてしばらくすると、ゆっくりと起き上がる。
立ち上がって自分の体を見るオリヴィアは──いや、聖女は光を失った瞳で笑っていた。
「ついに手に入れた」
オリヴィアの体を乗っ取った聖女は、背伸びをして久しぶりの肉体の感触を楽しむ。
「長かった。本当に長かったわ。でも、ようやく肉体を手に入れた。これで私は──王国に復讐できる! 私と“リーア”から全てを奪ったあの屑共に復讐できる! あは、あははは!!」
暗い穴の底で笑うオリヴィア──聖女は、そのまま笑い続けるのだった。
◇
翌日。
オリヴィアはダンジョンで倒れているところを見つけられ、病院に運び込まれた。
その話を聞いて、ユリウスをはじめとした男子たちが病室に駆け込んできた。
「オリヴィア、本当に心配したぞ」
「ありがとう、ユリウス」
安堵するユリウスの顔を見て微笑むオリヴィアだが、その顔を見て不思議に思うのはカイルだった。
「ご主人様、何だか雰囲気が変わりましたね」
そんなカイルの頭を、オリヴィアは優しく撫でる。
「色々とあったのよ。──色々と、ね」
そして、ユリウスがオリヴィアに一人でダンジョンに挑んだことを叱るのだった。
「それよりも、だ。オリヴィア、どうしてこんな無茶をしたんだ? 一人でダンジョンに挑むなど正気じゃないぞ」
他の男子たちも頷いていた。
皆──オリヴィアを心から心配しているようだ。
その姿を見て、オリヴィア──聖女は内心で笑っていた。
(ホルファートにマーモリア、ラークライトにフィールド、セバーグ──揃いも揃ってあいつらの子孫とは都合がいい。精々、私の役に立ってもらおうじゃないか)
オリヴィアは俯いて両手で顔を押さえて──泣き始めた。
「──ごめんなさい」
「ど、どうしたんだ、オリヴィア!? お、俺も言いすぎたが、泣くことはないだろうに」
ユリウスが狼狽えると、オリヴィアは手で隠れた顔で笑っていた。
「実は騙されたんです。同級生の女子生徒と専属使用人たちが私を──それでこんなことに」
「何だと!」
自分を穴に突き落とした連中のことを語るオリヴィアは、自分にとって都合がいいように説明した。
「本当は深い場所に行くつもりはなかったのに、ダンジョンの中で出会って誘われたんです。そしたら──ユリウスたちと仲良くしているのが気に入らない、って」
それを聞いたユリウスたちは、手を握りしめて怒りを滲ませていた。
オリヴィアは思う。
(そうだ、踊れ。私の思う通りに踊れ)
オリヴィアの肩にユリウスが手を置いた。
「すまなかった。そうとは知らずに怒って悪かったな。オリヴィア、その女子生徒たちには償いをさせよう」
オリヴィアは顔を上げると、涙を指で拭いながらユリウスに笑顔を向けた。
「ありがとう、ユリウス。やっぱり、ユリウスは頼りになりますね」
ユリウスの名前を強調すると、本人は喜び──それ以外の男子たちが少し焦ったような顔をした。
きっと、オリヴィアの気を引こうと彼らも頑張ってくれるだろう。
「オリヴィア、辛い思いをさせたな。だが、すぐに俺が解決してやる」
ユリウスが手を握ってくる。
オリヴィアは優しく両手でその手を包み込んだ。
「信じていますよ、ユリウス」
(そう、私は信じているわよ──ユリウス。お前が自ら滅んでくれることをね)
顔をほんのり赤くするユリウスを見て、オリヴィアは照れたような顔をする。
その二人の表情を見て、他の男子たちが嫉妬心を抱いたのをオリヴィアは確認した。
(そうだ。もっと嫉妬しろ。私に気に入られために、もっと競って私のために働け)
オリヴィアの目論見通りに、ユリウスたちはその日の内に行動を開始した。
◇
──アンジェリカは困惑していた。
「殿下が女子生徒三人を退学処分に?」
取り巻きの女子が報告してきた内容は、ユリウスが女子生徒を無理矢理退学させたというものだった。
報告した女子が焦っている。
「王太子殿下だけではありません。乳兄弟のジルク殿や、他にも名門貴族の嫡子たちが動き回っています。──あの特待生をいじめた生徒を捜し回っているんです」
学園内で権力のある五人が、オリヴィアをいじめていた犯人たちを捜し回っている。
アンジェリカは目を細める。
(殿下はあの女に入れ込みすぎたな)
いじめはよくないが、生徒たちの不満もアンジェリカには理解できた。
本来なら、貴族の生徒たちもユリウスたちと親しくしたいのだ。
それなのに、特待生ばかりに構われては腹も立つ。
アンジェリカからすれば、将来のためにここで多くの生徒たちと交流して将来の味方を作って欲しかった。
だが、今のユリウスはオリヴィアに夢中で周りが見えていない。
不満を爆発させる生徒が出てもおかしくなかった。
そして──アンジェリカからすれば、オリヴィアはユリウスを誑かした女だった。
(身の程を知ればいいものを)
「退学した三人は何をした?」
女子が答える。
「本人たちから詳しい話は聞けていませんが、ダンジョンの立ち入り禁止エリアに特待生を放置したそうです」
「──馬鹿共が」
冒険者が尊ばれる国であるホルファートでは、パーティーの仲間を見捨てる行為というのは軽蔑される。
死ぬと分かって見捨てるような連中は、冒険者だけではなく貴族としても終わりを意味する。
アンジェリカでも庇うことは出来ない。
女子が不安そうにしていた。
「アンジェリカ様、王太子殿下たちはいじめの程度にかかわらず、犯人を捜して罰を与えると宣言しました。──皆が怯えています」
それだけ、オリヴィアをいじめた生徒が多いということだ。
本気で犯人捜しをすれば、多くの生徒たちが処罰されることになる。
それに怯えた生徒たちが頼るのは──アンジェリカだった。
アンジェリカはユリウスの婚約者であり、一年生のまとめ役をやっている。
立場的にも、ユリウスを諌めるならアンジェリカしか残っていなかった。
(乳兄弟のジルクまで犯人捜しか。もっと出来る男だと思っていたんだがな)
普通なら、ジルクが諌める場面だ。
それが出来ないことで、アンジェリカはジルクの評価を下げた。
(もっと殿下が──いや、私がしっかりするべきだったな)
このままユリウスたちの行動を見逃せば、他の生徒たちが不安に思うだろう。
これでは、ユリウスのためにもならない。
そう判断したアンジェリカは、ユリウスと話をすることにした。
「殿下と話をする。退学した三人はともかく、いくら何でもやり過ぎだ」
◇
女子寮を出たオリヴィアは、学園に用意された一軒家を使用していた。
周りの生徒たちが信用できないとユリウスに頼み込み、特別に用意させたのだ。
その場所で、オリヴィアはユリウスとソファーに座っている。
肩を寄せ合っていた。
「ユリウス、最近忙しいの?」
「ん? あぁ、修学旅行の前から忙しくなった。バルトファルト──ほら、ロストアイテムを発見した男子がいただろ? あいつと、あいつの実家が王国内の貴族と戦争をしたんだ」
ユリウスが修学旅行に途中参加した原因は、リオンたちだった。
「──まぁ、怖い。戦争なんていけないわ」
怖いと言いながらも、オリヴィアは内心ではそんな事を思ってもいなかった。
(成り上がりか? いつの時代にも元気のいい連中はいるものね)
ユリウスと話をしながら、国内外の情報を集める。
少しおだてれば、ユリウスは面白いようにペラペラと喋るのだ。
「過激な奴だ。あいつの好きにさせると危険だと言ったんだが、レッドグレイブ公爵がバルトファルト家を擁護したんだ」
「どうして公爵はそんなことを?」
「──バルトファルト家と揉めていたオフリー家にも問題はあったんだが、それよりも派閥争いだな。公爵は、フランプトン侯爵と争っていてね」
ユリウスは「俺に今後のためになるから、会議に参加しろと言って来たんだ。汚い宮廷の争いを見るよりも、お前と修学旅行を楽しみたかったのに」などと言っている。
オリヴィアは内心で笑っていた。
(公爵の好意にまったく気付いていない。お前は本当に愚か者だよ)
話を聞く限り、公爵はどうやら空賊と繋がるような貴族を廃して力のある貴族を支援しているようだ。
それはつまり、将来的にユリウスや自分の派閥に組み込むためだろう。
自分のためか、ユリウスのためか──とにかく、ユリウスの利益も考えての行動なのは間違いない。
それに気が付かないなら、オリヴィアにはやりやすかった。
「派閥争いのためにどんな無理も平気でするのね」
落ち込んでみせると、ユリウスがオリヴィアに優しく声をかける。
「心配するな。俺が公爵の好きにはさせないさ。たとえ、婚約者の父だろうと、俺を利用して好き勝手にはさせない」
ユリウスの言葉に、オリヴィアは俯いて笑った。
そして顔を上げる。
「頼もしいわ、ユリウス」
「オリヴィア。俺はお前さえいれば」
オリヴィアはユリウスに笑顔を向けながら、内心では別のことを考える。
(それにしてもフランプトン侯爵か──使えるな)
オリヴィアの心の中にドロドロとした感情が渦巻く。
(──必ずこの国を滅ぼしてあげる)
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