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「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です」著者書き下ろしのショート・ストーリーをプレゼントします。
世の中というのはゲームのようにはいかない。
現実世界にセーブもなければ、ロードもない。
やり直しが機会ないのが人生だ。
だが、もし――やり直せるとしたら?
重要な選択肢を選び直せるとしたら、いったいどんな人生が待っていたのだろうか?
もしも、学園入学前のセーブデータがあるとして、リオンが違う道を選んでいたら物語はどう進んだのだろうか?
これはそんな物語である。
◇
学園に無事に入学できた一年生の春。
俺【リオン・フォウ・バルトファルト】は、裏庭の茂みに隠れていた。
同じように隠れているのは、相棒のルクシオンだ。
「池を前で考え込んでいる王子様は絵になるな。内心、どうせ王子様として疲れたとかその程度の事を悩んでいるんだろうけどさ」
あの乙女ゲーの攻略対象の一人であるユリウス殿下だ。
人気ない場所で考え込んでいるのだが――これはいわゆるイベントだ。
『覗きとは趣味が悪いですね』
「だって気になるだろうが。散々プレイしてきたゲームの名場面を、リアルで見られるなんて貴重だと思わないか?」
主人公と王子様の出会いイベントだ。
学園生活に期待して意気込む主人公が、失礼な王子様に対して平手打ちをする。
王子様が平手打ちされるという、スカッとするシーンが見られるなら覗きだってするさ。
『自分には関係ないと言っていませんでしたか?』
確かに関係ないが、気になることもある。
――主人公がどんな子なのか確認だけはしておきたい。
プレイヤーが操作する主人公と、リアルの主人公では違いもあるのではないか?
そうした疑問などを解消するための覗きだ。
「イケメンが平手打ちされるところを見たかったんだよ」
適当な理由を口にすれば、ルクシオンが一つ目を横に振っていた。
理解できないという態度だ。
『とても素晴らしい性格をしていますね』
「相変わらず皮肉が多いな」
『言わせているのはマスターでは? ――おや?』
ルクシオンの一つ目が動き、こちらに忍び寄ってくる女子を発見していた。
隠れている俺たちに気が付いていない。
その女子は――主人公ではなかった。
あの乙女ゲーのパッケージのイラストとは似ても似つかない女子だった。
「あいつは――入学式で見かけたな」
妙に腹の立つ女子だった。
別に憎んではいないが、顔を見ていると苛々してしまうのだ。
『マスター、彼女はユリウスに接触しようとしていますよ。彼女が主人公なのですか?』
俺は移動を開始する。
「そんなわけがあるか。見た目が違いすぎる」
ゲームでのイラストでは、もっと背もあって肉付きもよかった。
主人公ではない――はずだ。
様子を見ていると、何やら独り言を呟く。
「落ち着くのよ、マリエ。王子様との出会いイベントをうまく利用して、このまま面識を持てばこっちのものよ」
その瞬間に全てを理解した。
――あぁ、こいつも俺と同じなのだ、と。
「ルクシオン、ついてこい」
飛び出すタイミングを計っている女子――マリエに忍び寄り、そしてユリウス殿下に声をかけようとしたところで飛びかかる。
腕を掴み、口を押さえてすぐにその場から連れ去った。
「んっ!」
何が起きているのか分からないマリエは、酷く驚き――そして怯えていた。
抱きかかえ、急いでこの場を離れて人気がない場所でマリエを解放する。
すると、怯えながらも睨んできた。
「な、何てことをしてくれたのよ! 私は急いでいるの。こんなことをして、ただで済むと思っているの? 絶対に許さないわ」
強がってはいるが、怯えているのが手に取るように分かる。
まるで前世の妹を相手にしているような感覚だ。
だから苛々するのだろうか?
「――王子様との出会いイベントを潰されたくない、ってか?」
すると、マリエは目を大きく開いてから、ゆっくりと細めた。
先程よりも冷たい表情をしている。
「あんたも同じみたいね」
どうやら間違いなかったようだ。
「何の真似だ? どうして飛び出そうとした?」
こいつが何を考えているのか、何となく察しは付いている。
だが、確認しておきたかった。
「――あんたに関係あるの?」
視線をそらすマリエは、どうやら出会いイベントを利用して主人公を出し抜くつもりだったようだ。
「あるに決まっているだろうが。お前、自分が何をしているのか分かっているのか?」
「五月蠅いわね! それより、いい加減に解放してよ。早くしないと、主人公が来ちゃうじゃない!」
逃げようとするマリエを壁に追い詰め、両手を壁について逃げ道を塞いだ。
小柄なマリエは焦っていた。
「邪魔をするな。いいか、主人公が王子様たちと出会わないと世界が滅ぶぞ」
ゲームで言うならゲームオーバーを意味する。
人生のゲームオーバーを迎えるには、まだ早すぎるので遠慮したい。
「はぁ? 何でそうなるのよ? 脅しなら、もっとマシな台詞を考えて。解放しないと、叫んで人を呼ぶわよ。私がここで叫んだら、あんたの学園での生活――いえ、人生が詰むわよ」
こいつ――妹と同じで性格が悪い。
確かにここでこの女が叫べば、俺が悪者になってしまう。
だが、どうにもおかしい。
どうしてこいつは、王子様を狙っているのか?
「お前、あの乙女ゲーをプレイしたんだよな? なら、なんで出会いイベントを潰そうとするんだよ」
「そんなの決まって――」
話をしていると、遠くから「パシンッ!」といういい音が聞こえてきた。
その音が何を意味するのか、俺たちは知っていた。
「せっかくの出会いイベントを見逃したか」
マリエは壁に背中を預けたまま膝から崩れ落ちる。
目に涙を溜めていた。
「そ、そんな――せっかく学園に入学したのに。十年間も待ったのに!」
ボロボロと涙をこぼして泣き始める。
「お、おい」
「今度こそ幸せになれるって思っていたのに! あんたのせいよ。あんたのせいで、私はずっと貧乏なままよ!」
――女が泣くのは苛々して嫌いだ。
『マスター、一度情報の共有を行った方がよろしいのではないでしょうか?』
ルクシオンの提案に、俺もその必要性を感じた。
あの乙女ゲーをクリアしているなら、出会いイベントを潰そうなどと考えないはずだ。
「そうだな。おい、いい加減に泣き止めよ」
ただ、泣いているマリエのお腹から「グゥゥゥ」という音が聞こえた。
マリエがピタリと泣き止み、お腹を両手で押さえて恥ずかしそうにする。
「――腹が減ったのか?」
マリエが小さく頷く。
仕草が前世の妹に似ていて、どうにも放っておけなかった。
それに、同じ転生者だ。――放置も出来ない。
「飯をおごってやるから、とりあえず移動するぞ」
俺が差し伸べた手を、マリエが握る。
「う、うん」
◇
学園を出て街に出た。
大衆食堂的な店に入り、注文した料理をガツガツと食べるのはマリエだ。
既にステーキを三枚も平らげ、更に追加で料理を注文している。
今は、骨の付いた肉にかぶりついていた。
まるで飢えた獣のような食べ方だ。
「もっとゆっくり食えよ。誰も取らないぞ」
見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだった。
俺の側に浮かび、マリエを観察しているルクシオンは興味津々だ。
『マスターも興味深いですが、この方も実に興味深い』
マリエも元日本人と聞いて、ルクシオンは『旧人類の方ですか』などと言ってマリエに好意的に接している。
『マリエ、料理は十分にあります。話の続きをしませんか?』
料理が来るまでに話した内容は、マリエが元日本人の女性であるということ。
年齢は教えてくれなかったが、話している内容から三十代半ばから四十代前半だと思っている。
両親に勘当されて、駄目な男を彼氏にしつつ生活していたそうだ。
その後、彼氏の暴力により、気絶したと思ったらこの世界にいたらしい。
――不憫すぎて笑えない。
こういう可哀想な話題は、からかえないから困る。
マリエが口に入れたものを水で流し込み、人心地がついたのか話を再開する。
「どこまで話したっけ?」
「ラーファン子爵家の末娘に転生したところだな」
「あ~、そうだったわね」
口の周りを汚していたマリエに、ルクシオンがハンカチを目の前に置いた。
受け取り、口元を拭うマリエは続ける。
「転生した家が酷い家でさ。本土に領地を持つ子爵家だけど、今は領地も小さくて凄く貧乏なのよ。家族もプライドだけは高い両親と、屑な兄姉ばかりよ」
俯いたマリエは小声で「前世のお兄ちゃんとは大違いよ」とか言っていた。
こいつ、前世に兄がいたらしい。
奇遇だな、俺も妹がいた。
だから余計に腹立たしくて――放っておけない。
もしかして、俺の妹か? そんなことを考えたが、あり得ないので他人である。
兄妹揃って異世界に転生など、本当に笑えない。
そもそも、そんなことがあるのか? ――とても確率が低い話に感じられる。
「そんな人生から抜け出したかったから、王子様を狙ったのか?」
同情はするが、よりにもよって王子様狙いは駄目だろ。
「――だって、私は一作目をクリアしてないし、細かいことは知らなかったのよ」
マリエが泣きそうになっている。
俺も泣きたいよ。何しろ、あの乙女ゲーに続編があるとは知らなかった。
マリエと話しが出来て本当によかったと思っている。
「確かに一作目は難しかったからな。俺も課金してクリアしたし。それにしても、続編が出ていたなんて、未だに信じられないよ」
「でしょう! 普通にクリアなんて無理よ。私が知らなくても仕方なくない?」
『マリエ、追加の料理が来ましたよ』
店員が沢山の料理を運んできた。
マリエはすぐに食事を再開する。
俺がマリエの食べっぷりを見ていると、恥ずかしそうに言い訳をはじめた。
「い、いっぱい食べられるのは久しぶりなのよ。実家だと満足に食べられなかったわ。味気ないスープだけの日だってあったんだから」
こいつの家族は一体何をしているのか?
「酷い話だな」
「あんた、自分が恵まれているって自覚した方がいいわよ」
「複雑な気分だよ」
婆に売られそうになった俺でもマシだったとか――信じたくない。
だが、マリエよりも家族に恵まれたのは事実だな。
ゾラはともかく、親父やお袋はいい両親だと思う。
ニックスの兄貴は頼りになるし、コリンは可愛い弟だ。
「学園なら食事に困らないだろうに」
「お、お腹が空くのよ! こっちに転生してから、やたらお腹は空くし、何だか成長も遅いし――」
マリエを観察していたルクシオンは、その原因が分かったようだ。
『マリエの話から推測するに、過度な治療魔法の練習が原因ではないでしょうか? 本来なら肉体的にもっと成長していてもおかしくないはずです』
「そうなのか?」
俺はルクシオンに詳しい話を求めた。
『はい。成長期に無理をしすぎた結果ですね。肉体的な成長は止まっていますが、治療魔法はスペシャリストになれるだけの技量を得ています。かなりの無理をされたのでしょうね。マスターも少しは見習ったらどうですか?』
俺にもっと頑張れというのか?
「俺は人生を効率的に生きたいの。無駄な努力はしない主義だ」
『流石はマスターです。マリエの爪の垢を煎じて飲んだらどうですか?』
「断る」
断固として拒否すると、マリエが呆然としていた。
持っていたナイフとフォークを落とす。
「お、おい、どうした?」
マリエがプルプルと震え――。
「え? ――え? も、もしかして、私がこんな子供みたいな体なのは――」
『努力の結果です。誇ってよろしいのでは? 女性的な機能に問題はありませんし、ただこれ以上は成長しないだけです』
つまり――マリエは年齢よりも幼い体型のまま。今後の成長も望めないらしい。
その後、マリエはやけ食いしながら泣いていた。
◇
「泣いてばかりもいられないわ!」
翌日。
学園の廊下で俺に話しかけてきたマリエは、今後の話がしたいと俺を人気の無い場所に連れてきた。
そして宣言したのが――。
「主人公が狙わない攻略対象を狙う! おこぼれ作戦よ!」
主人公――調べたら、名前は【オリヴィア】というらしいが、その主人公が狙わなかった男子に近付くというハイエナのような作戦を宣言してきた。
「お前は本当にめげないな」
「当たり前じゃない。世界が滅ぶのは嫌よ。でも、それとこれとは別じゃない。だから、あんたも私に協力して」
手を合わせてお願いしてくるマリエに、俺は笑顔を向けた。
「悪いが無理だ。俺は婚活で忙しいからな」
「何でよ、ケチ! 婚活くらい後回しでもいいじゃない!」
「五月蠅い! 男子にとっては死活問題だ、ボケェ!」
ルクシオンが周囲を警戒しながら『仲が良いですね』などと言ってくる。
俺はマリエに、いかに男子が辛い立場なのかを言って聞かせる。
「いいか、男子は二十歳までに結婚しないと人格まで否定されるんだぞ。今後の人生に関わってくるんだ。女子みたいに黙っていても男子が集まるわけじゃないんだぞ」
マリエが反論してくる。
「はぁ? 男子だって狙い目の女子にしか声をかけないじゃない。私なんか、まだお茶会に誘われてないわよ」
「お茶会は五月からだ。入学して早々に声なんかかかるか」
「あんた馬鹿じゃない? 一年生がお茶会を始めるのは五月からだけど、上級生には関係ないわよ。二年生や三年生から声がかからない、って言っているのよ」
こいつと話をしていると苛々してくる。
マリエは男子への不満を口にする。
「あんたら男子は、結局自分たちに都合のいい女子しか見てないのよ。私の周りは上級生に声をかけられているのに、ラーファン子爵家の出身っていうだけでみんな顔を背けるのよ」
マリエが俯く。
だが、それは仕方がない。
「だって、お前の実家の評判凄く悪いし」
調べたらかなり酷くて、今後付き合うのをためらうような家だった。
マリエが涙を拭っていた。
「こんなの理不尽よ」
そもそも、縁を結ぶ相手の家に莫大な借金があればためらうに決まっている。
娘が欲しければ、金を寄越せとか言われそうだ。
辺境の男爵家に、大金を出せと言われても困るのだ。
だって金がないから。
だが、このままマリエを放置して、何か問題を起こされても困る。
「分かったから泣き止めよ。手伝ってやるから」
「本当!」
泣き止んで笑顔になるマリエを見ていると――本当に妹を思い出す。
せめて、あいつはマリエよりも幸せであることを祈ろう。
許せない気持ちはあるが、マリエほどに酷い目に遭っていると笑えないからな。
「それで、誰を狙うんだ?」
「まずはね~」
楽しそうに今後の計画を話すマリエだった。
◇
丸太が並ぶ訓練場。
そこで汗を流していたのは、青髪の【クリス・フィア・アークライト】だった。
眼鏡をかけたインテリに見えるが、実はホルファート王国で剣聖と呼ばれる武人の息子だ。
本人も若くして剣豪という称号を得ている。
そんなクリスとマリエが話をしている。
俺は物陰からその様子をうかがっていたのだが――。
「――悪いが興味ない」
「え?――えっと?」
いい感じに声をかけたと思い、感心していたのだが――クリスはマリエに興味を持たなかった。
クリスは汗を拭いながら、マリエに疑った視線を向けていた。
「何を考えて私に近付いたのか知らないが、これでも婚約者がいる身だ。あまり他の女子生徒と親しくしていると、不義理になる。今後はあまり話しかけないでくれ」
正論で諭され、マリエは肩を落としていた。
「は、はい」
クリスは、話が終わると木刀を振り始めた。
「話が終わったら帰ってくれ。気が散る」
素っ気ない態度だった。
そういえば、こいつは冷たい態度が目立つ奴だったな。
マリエが俺の所に戻ってくると、
「――失敗しちゃった」
落ち込んでいた。
無理もない。何しろ――。
「これで四連敗だな」
――もう後がないどころか、試合終了だ。
攻略対象の男子――王子様以外に声をかけて回ったのだが、見事に全て失敗した。
「全員素っ気ないって酷くない!?」
何事もゲームのようにうまくいかないのだろう。
俺はルクシオンに視線を向ける。
「おい、本当にオリヴィアさんは王子様と親しいんだよな?」
『親しくはしていますね。マスターとマリエの情報から、ユリウス狙いであると推測はしています』
それなのに、他の攻略対象の男子たちはマリエに見向きもしなかった。
現実って厳しいね。
落ち込むマリエに声をかける。
「元気出せよ。飯おごってやるから」
それを聞いて、涎を拭いつつマリエが俺に言い返してきた。
「ば、馬鹿にしないでよ。食べ物くらいで簡単に機嫌を直すと思っているの?」
「分かったから涎を拭けよ」
クリスから隠れて、マリエと話をしていると――訓練場にオリヴィアさんがやって来た。
素朴な感じのする女の子だった。そして、クリスに手を振っている。
普段は素っ気ないクリスだが――オリヴィアさんにだけは笑顔を見せていた。
マリエには一切笑顔を見せなかったのに、この態度の違いは何だ?
だが、クリスの気持ちも分かる。
明るく元気で、胸も大きなオリヴィアさんは魅力的な女子だ。
俺だって声をかけられたら、きっと笑顔になるだろう。
――それに引き換え。
「おい、私のどこをあの女と比べた?」
マリエが酷く冷たい目をしていたので、視線をそらした。
「さてと――飯を食いに行くか」
「私の胸を見て、あの女と比べたでしょ! ハッキリ言いなさいよ!」
「真実は時として人を傷つける。優しい俺には、事実を言うなんて無理だ」
「言っているのと同じじゃない! ちくしょう! やっぱり胸なの!? 男なんてみんな馬鹿野郎よ!」
実際は大きさよりも形とか丸みなのだが、そのことは黙っておこう。
マリエの平らな胸には、形も丸みも関係ないのだから。
「あ~、苛々するわ。今日はステーキを十枚は食べてやるから!」
ルクシオンが会話に加わる。
『この前は十二枚を平らげましたが? マリエ、確かに成長はしませんが、脂肪は体に付きますよ。主に胸やお尻にではなく――お腹周りや二の腕に』
マリエはそれを聞いて大人しくなった。
「――ろ、六枚にしておくわ」
こいつはやっぱりポンコツだな。
こんな女に、攻略対象の男子たちが籠絡されるなどあり得ない。
心配すぎてしまった。
放置しても問題ないが、今更放ってもおけない。
「ほら、行くぞ」
「ま、待ってよ!」
◇
さて、新入生が本格的に女子に声をかけるのは、五月のお茶会からになる。
どうして五月からなのか?
理由は知らないし、知りたくもない。
ただ――。
「俺は生まれ変わった」
――お茶は素晴らしい文化だと気付かされた。
友人であるダニエルやレイモンドが、俺を冷めた目で見ているが気にしない。
「お前は本当に幸せそうだよな」
「やっぱり出来る男は違うよね」
どうにも二人の視線や口調に妬みが感じられる。
いったいどうしたのだろうか?
「どうしたんだよ? 今日はやけに突っかかってくるじゃないか」
学園にある中庭のベンチ。
三人で座って話をしていたのだが、二人と距離を感じてしまう。
レイモンドが眼鏡を怪しく光らせ、俺を見ていた。
「噂を聞いてね。専属使用人も連れていない上級クラスの女子と、随分と仲良くしているみたいじゃないか」
ダニエルが手を握りしめ、
「羨ましいぞ、この野郎! 俺たちにも紹介してください!」
俺のことは腹立たしいが、利用して女子を紹介してもらおうとしている。
そんなお前らが俺は嫌いじゃないが――ただ、間違っている。
「マリエのことか? あいつとはそんな関係じゃないぞ」
レイモンドは疑っているようだ。
「どうだか。それに、女子に親しい知り合いがいるだけで羨ましいよ」
ダニエルは項垂れている。
「俺も専属使用人のいない女子とお近付きになりたい」
上級クラスで、専属使用人がいない女子というのは――特殊な女子だ。
一般的な上級クラスの女子なら、専属使用人がいるからだ。
マリエのように貧乏か――もしくは、
「あ、殿下だ」
レイモンドが呟くと、中庭に王子様――ユリウス殿下が乳兄弟のジルクを連れてやって来た。
その後ろには、殿下たちを追いかけている女子生徒たちがいる。
黄色い声援を浴びるユリウス殿下とジルクは、あまり興味がないようだ。
「羨ましい連中だよな」
俺がそう言うと、レイモンドもダニエルも俺を見て舌打ちをした。
お前ら、友達はもっと大事にしろよ!
そう思っていると――。
「あ、特待生だ」
ダニエルがそう言うと、何やらユリウス殿下たちが揉めていた。
ユリウス殿下の婚約者【アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ】の姿も見える。
「殿下、お立場をお考えください!」
ユリウス殿下は、うっとうしいという感じでアンジェリカさんをあしらう。
「アンジェリカ、ここは学園だ。外での立場を持ち込むのは止せ」
「で、ですが!」
婚約者の前で、特待生のオリヴィアさんをかばっている。
オリヴィアさんと出会い、そのまま五月のお茶会に誘っていたら婚約者のアンジェリカさんが来たのだ。
ゲームでは序盤のイベントシーンだが、こうして見ると修羅場だな。
「美形はいいよな。婚約者の前で、他の女子と仲良くしていても許されるもん」
俺がそう言うと、ダニエルが素早く首を横に振っていた。
「いやいや、駄目だろ。それに、相手は特待生――平民だぞ」
レイモンドも同様だ。
「側室に迎えるなら平民でもありじゃない? 前例ならあるよ」
「そうなのか?」
平民の女性を王宮に、というシンデレラストーリーもあるにはある。
だが、婚約者の前でこんな態度は――問題だろう。
こうして見ると、あの乙女ゲーの主人公って意外と悪女だよな。
静かに見守っていると、一団は解散した。
「よし、俺たちも行くか――おい、何だよ?」
校舎に戻ろうとすると、ダニエルとレイモンドが俺を掴む。
「話の途中だろうが!」
「そのマリエって女子との関係について、詳しく聞かせてもらおうじゃないか。同じグループの仲間として、聞いておきたいからね」
貧乏男爵のグループ仲間。
誤解を解かないと面倒なことになりそうだ。
◇
――と、いうわけで、マリエに相談することにした。
そんなマリエだが、落ち込み具合が半端ではない。
「――五月のお茶会、誰にも呼ばれなかった」
王子様たち五人組だけではなく、五月のお茶会を開く男子全てにスルーされたマリエは膝を抱えて座っている。
『マリエの場合、実家が酷すぎて男子がためらうのでは?』
ルクシオンの冷静な返答に、マリエは立ち上がって頭を抱える。
「そんな正論は聞き飽きたのよ! もっと私個人を評価してよ!」
「無茶言うな」
貴族の結婚など、どう考えても政略結婚だ。
たとえ、愛し合っていたとしても、家の事情で結ばれないという話はいくらでもある。
身分違いとか、家同士の派閥違いとか、その他諸々の事情があるのだ。
「何でよ! あの乙女ゲーの世界は、女子に優しい世界だったじゃない!」
「男はハードモードだけどな」
マリエにもハードモードだったようだ。
見ていて可哀想になってくる。
「それより、俺とお前の関係を友人たちに説明してくれ。お前に頼んで、自分たちに女子を紹介しろと五月蠅いんだよ」
「あんた、もっと私に優しくしなさいよ! ――というか、紹介したら?」
「俺に女子の知り合いなんていないし」
「どういう意味だごらぁ!」
「痛っ!」
『二人とも楽しそうですね』
マリエに脛を蹴られた。結構痛い。
というか、こいつ小さな体からは想像できないパワーを持っていたようだ。
興奮しているマリエが落ち着くのを待ってから、俺たちは話を再開する。
「いや、だから――女子を紹介してくれそうな知り合いがいないんだよ。ジェナ――姉貴は性格が悪いし、あいつの友人もきっと性格が悪いからな」
紹介してと頼んだら「田舎の貧乏貴族なんて、私たちは眼中にないの」とか言いそうだ。
あいつ自身もその田舎の貧乏貴族出身なのにね。
「何なら、私が紹介してもいいわよ」
「え、出来るの!?」
驚いていると、マリエが俺を見て「あんた私を馬鹿にしすぎ」と怒っていた。
◇
貧乏男爵グループがよく利用する居酒屋に来ていた。
マリエが紹介してくれるという女子を連れてきており、店内の雰囲気はいつもと違った。
先輩、同級生――みんなが俺に笑顔を向けてくる。
「リオン君、僕は君を信じていたよ」
「リオン、お前は最高の友人だ」
「何かあったら相談してくれ。お前のためになら出来る限りのことをするから!」
数日前まで、すれ違うと睨んできた連中の手の平返しに変な笑いが出てくる。
店内には、マリエの他に三人の女子がいた。
一人は髪を弄っている女子で、もう一人は緊張している女子。
最後は、髪もボサボサで、服も少し乱れている。
制服に絵の具が付いていた。
俺はマリエに近付いて話を聞く。
「おい、あんな子たちをどこで見つけてきた?」
俺たちも情報は集めていたのだが、あまり見かけない女子だった。
マリエは肉を食いながら、女子たちの事を教えてくれる。
「引きこもりの女子たちよ」
「引きこもり!?」
「髪を弄っているのは、物臭な子ね。緊張している子は、人が多いところが苦手だから、学生寮で一人勉強しているの。もう一人は、芸術家肌で――他への興味が薄いのよね」
三人とも問題児だった。
だが、その話を聞いていたレイモンドの眼鏡が光る。
「マリエさん、三人に専属使用人がいない理由を聞いてもいいかな?」
マリエはジュースを飲み、口の中の食べ物を胃に流し込んでから答えた。
「興味がないのよ。緊張している子は、亜人種が怖いみたい。三人とも、結婚したら家から出たくないそうよ。田舎だろうが都会だろうが関係ないし、引きこもれる環境を提供してくれるなら、結婚するそうよ」
髪を弄っている子は、働きたくないので使用人は必須。
緊張している子は、本が欲しいので定期的に書籍の購入が条件。
芸術家肌の子は、絵を描かせてくれるというのが条件だった。
――何その好条件。
ダニエルが立ち上がった。
「――俺、本気でアタックしてくる」
「待つんだ、ダニエル! 僕が先だ!」
喧嘩を始める二人を見て、俺はヤレヤレと首を横に振った。
「争うなんて醜いね。なら、俺が――」
三人の内、誰に声をかけようかと思っていると――マリエが睨んできた。
「何だよ?」
「別に」
顔を背け、また食事を再開するマリエをいぶかしんでいると――ダニエルとレイモンドが俺を見てドン引きしている。
「リオン、それはないぞ」
「そうだよ。最低だよ」
そんな二人の反応が信じられない。
「何でだよ!」
結局、この日は三人を巡ってグループ内で争いが起きた。
それくらい、三人の条件がよかったのだ。
前世――前の世界なら、問題児だったかもしれない三人だが、この世界では優良物件過ぎて、罠じゃないかと疑うレベルの女子たちである。
――俺も狙いたかった。
◇
五月のお茶会。
「結局、俺のお茶会に来たのはお前だけか」
用意したお茶とお菓子を前に、マリエは目を輝かせている。
今にも涎を垂らしそうだ。
「いいじゃない。誰も参加しないよりはマシでしょ。それより、これって人気店のお菓子よね? 一度食べてみたかったのよ~」
借りた部屋でお茶会を開き、女子を招待するのが五月のお茶会だ。
男子はこうして女子をもてなすのが、この学園での常識だった。
ルクシオンが部屋の中で浮かび、俺とマリエを交互に見ている。
『マスター、用意したお茶とお菓子が無駄にならずによかったですね』
「本当だよ。どいつもこいつも、王子様たちのお茶会に行くんだ~って盛り上がってさ。他の男子にはいい迷惑だ。そんなに王子様たちがいいのかね?」
ダニエルやレイモンドも苦労していると聞いた。
人気のある男子が五人もいて、お茶会を開く会場は広くて立派という話だ。
招待された女子も多く、そのためお茶会に誘っても断られる男子が多い。
――正直、王子様たちと比べられても困る。
マリエが俺を見ていた。
「何だよ?」
「――あんた、あの五人と自分を比べて恥ずかしくないの?」
「お、大きなお世話だ。お前なんか、あの五人で逆ハーレムを狙っていたじゃないか」
カップを両手で持つマリエは、お茶をチビチビと飲んでいる。
「あ~、あれね。今にして思うとやらなくてよかったと思うわ」
「ようやく諦めたか」
逆ハーレム狙いなんて、どう考えても不誠実すぎる。
マリエはカップを置いて、ケーキの一つを食べ始めた。
「思っていたよりも、攻略対象の男子って魅力がないのよね。オリヴィアにだけはデレデレするし、ちょっと馬鹿だし」
ルクシオンがその評価に納得している。
『婚約者もいるというのに、主人公であるオリヴィアとよく行動を共にしていますからね。彼らには立場もあるでしょうに。――理解できません』
「ルクシオン、お前は何も分かっていないな。マリエが言いたいのは、自分よりオリヴィアさんを選んだあの五人が許せない、だ。魅力云々なんて言い訳だぞ」
顔良し、財力良し、権力良し――全て揃ったような連中だ。
マリエがムスッとしながら反論してきた。
「性格だって大事な要素よ。あの五人は、それが駄目だって言いたいの」
「そうか? 割と評判はいいぞ」
周囲がおべっかで褒め称えているだけかもしれないが、悪い噂は聞こえてこない。
「というか、よく考えると付き合うとか無理よね。聞いた? ブラッドのお茶会の会場は、王都にある庭園を貸し切るのよ」
「あ~、ゲームではそんな感じだったな」
「あれ、ゲームならありだけど、リアルだとなくない? いったい一回のお茶会に、いくら使うのかしらね」
金銭的な話になると、こいつも俺と同じ庶民だと実感できる。
だが――。
「ちなみにだが、今お前が食べているお菓子やらお茶やら――全て合計すると結構な金額になるぞ」
この世界のお菓子って結構高いんだよね。
俺が用意したお菓子も、職人にわざわざ作らせているのでお値段もそれなりにする。
それを聞いて、マリエの目が見開かれた。
「そ、そんなに!?」
「人気店の職人に、特注で作らせると金がかかるんだよ」
マリエは「これだけあれば、下着や靴下がどれだけ買えるか」と、真剣な顔で呟いていた。
『下着や靴下に問題でも?』
「――わ、私、成長が止まったから、ずっと同じのを使い回していて――その――靴下に穴があっても、買い換えられなくて」
マリエは恥ずかしそうにしていたが、俺はそれよりも不憫すぎて泣きそうになる。
「お、お前――先に言えよ!」
「こんな恥ずかしい事を簡単に言えるわけがないでしょうが!」
厳しい生活から抜け出すために、こいつも必死だったのだろう。
「お前は成長しないから、買い換える必要が無いって家族に言われた私の気持ちが分かるのかぁぁぁ!」
興奮するマリエを落ち着かせる。
「わ、分かったから落ち着けよ。この後に街に出て買い物をしよう。と、とにかく、必要な物だけは急いで揃えよう」
「お金がないのよ。もうすぐ、冒険パート――違った。ダンジョンに入れるようになるから、その時に稼ごうと思っているの。だから、しばらくはこのままよ」
ルクシオンがマリエを素直に評価していた。
こいつ、マリエに甘くない?
『ないなら自分で稼ぐ。素晴らしい精神ですね。安易に犯罪に走らないのも評価します』
「え? そうか? こいつ、貧乏から脱出するために、逆ハーレムを目指した女だぞ」
『――マスターは、もっとマリエを見習った方がいいですね』
俺に逆ハーレムでも目指せと?
男ならハーレムか――この世界でハーレム――ないな。
姉貴みたいな女を囲うくらいなら、独り身の方がマシだ。
もっとも、独り身というのはデメリットが多すぎて、選択できないのが悔しい。
マリエが暗い表情でブツブツと――。
「せめて必要な物くらい買えるように頑張らないと。――私、ダンジョンに入れるようになったら、毎日ダンジョンで稼ぐわ。独立するためにお金が必要なの」
――こいつ、本気で毎日のようにダンジョンに挑みそうだな。
「必要な物くらい買ってやるから、ダンジョンに毎日入るとか馬鹿な真似は止めろ」
買ってやると言うと、マリエが両手を握って笑顔になる。
脇をしめたあざといポーズをしていた。
「いいの!」
「年頃の女の子が、穴あき靴下とか不憫すぎるからな。それくらいの金は出してやる」
ルクシオンが俺を見て、
『おや、照れ隠しですか? 素直にマリエが可哀想と言えばいいのでは?』
「――五月蠅い」
マリエは不安が一つ消えたおかげで、そのまま笑顔でお茶とお菓子を楽しんでいた。
◇
さて、その後だが――モブにこれといった大きなイベントなど起きない。
普通に学生生活を送り、普通にダンジョンに挑みお茶会の費用を稼ぐ――そうした日々が続いていたら、いつの間にか一学期が終わろうとしていた。
気が付けば、お茶会を開いても毎回顔を出すのはマリエだけ。
時折、次女のジェナが冷やかしに来るくらいだ。
――今日のようにね。
「愚弟、あんた本気でマリエと結婚するの?」
「はぁ?」
お茶のおかわりを用意している俺に、ジェナは興味なさそうに話を振ってくる。
「毎回、あの子をお茶会に呼ぶじゃない。今日はいないみたいだけど」
「今日は街にドレスを受け取りにいったよ。あいつ、ドレスを持っていないから、長期休暇前のパーティーでどうするか悩んでいたし」
「あの子、本当に貧乏よね。――あの子自身は問題なくても、あの子の実家は面倒よ」
お菓子を食べながら言ってくるジェナの真意が分からなかった。
まるで、俺に釘を刺しているようだ。
「あいつとは恋人のような関係じゃない。――友達というか、腐れ縁かな?」
お互いに転生者同士だ。
この世界では、誰よりも話が合う。
前世日本人の感覚って、この世界だと微妙に通用しないし。
ジェナは俺の疑った目で見ている。
「ま、苦労するのはあんただし、私は止めたからね」
「今日はどうしたんだよ? それより、姉貴の方は結婚の話がまとまったのか?」
「あんたと違って選び放題よ。今も数人から言い寄られているわ」
ジェナは都会かぶれで性格が酷くなったが、それでも男子が声をかけてくる。
見た目は――悪くないだろう。
実家は、俺が投資したおかげで、借金もなくなり発展中。
田舎の男爵家なので、下手な派閥など関係なく優良物件らしい。
こんな酷い女でも優良物件なんて、何て酷い世界だろうね。
それにしても――マリエの実家は問題だな。
あいつが金を稼ぐと、その話を聞きつけたのかマリエの名前で借金を作っていた。
犯人はマリエの実姉だから笑えない。
◇
長期休暇前の学年別パーティー。
広い会場で行われるパーティーは、とても豪華だ。
立食パーティーで、並んでいるのは一流シェフたちの料理だ。
会場内は生演奏が流れており、前世でもこれだけのパーティーに参加した記憶が無い。
「異世界も凄いよな」
「ほうね!」
口いっぱいに料理を詰め込んだマリエを見る。
買ったばかりのドレス姿で、おいしそうに料理を食べている。
ドレスは、どちらかと言えば可愛い感じだ。
マリエの雰囲気もあるのだろうが、どうにも幼く見えてしまう。
女の子が背伸びをしてドレスを着た感じに見えて、何とも微笑ましい。
それはそうと、
「――どうして俺はお前と二人だけなんだ」
ダニエルもレイモンドも、マリエが紹介してくれた女子と一緒でここにはいない。
本当なら、あの二人と一緒に女子に声をかけて回りたかったのに――薄情な奴らだ。
自分たちだけ、さっさと相手を見つけて過酷な婚活レースから逃げ切ろうとしている。
――そんなの許せない。
邪魔してやろうかと考えていると、マリエが手に皿を持って料理を山のように載せながら視線を動かした。
その先を追うと、そこにいたのはユリウス殿下と――オリヴィアさんだ。
制服姿のオリヴィアさんは、ユリウス殿下以外の男子たちにも囲まれている。
「未練でもあるのか?」
まだ諦めていなかったのかと思っていると、マリエは首を横に振る。
「馬鹿ね。住んでいる世界が違うな~、って思ったのよ。一学期で色々と分かったけど、私とあの五人だと――価値観が合わないわ」
マリエが驚くような贅沢も、あの五人からすれば普通や慎ましいというレベルだ。
羨ましくはあるようだが、マリエはこれで良かったのだと納得している。
「理解してくれて助かるね。これで、オリヴィアさんの邪魔者はいなくなったわけだ」
主人公であるオリヴィアさんが、五人の内の誰かと結ばれたら――それで世界も救われる。
大きな不安要素は消えるわけだ。
パーティー会場の壁際で、俺たち二人は貴族たちのパーティーを眺めていた。
本当に別世界だ。
異世界とか、そういうことではなく――住んでいる世界が違うと思えた。
「――あ」
マリエが声を出すと、ユリウス殿下にアンジェリカさんが声をかけていた。
オリヴィアさんを睨み付け、二人を引き離そうとしている。
それに怒るユリウス殿下。
その様子を見てマリエは――。
「ねぇ、よく考えると、婚約者の前で他の女とベタベタするのってなくない? よく考えなくても、婚約者のいる男にすり寄ったら駄目よね」
「鏡でも見たらどうだ? だが、その意見には同意かな」
あの乙女ゲーのシナリオだから仕方がない。
そう言ってしまえばそれまでだが――確かに酷い話だな。
「婚約者を捨てて、自分を選ぶ男が好きなのかな? 女って分かんないよな」
俺には女性の気持ちは分からないようだ。
マリエが女性目線で、この状況を語る。
「でも、好きな子が出来たら婚約者を捨てる、って――言い換えたら、もっと魅力的な女が出て来たら、その子も捨てるって公言しているようなものよ。私だったらドン引きするわ」
「女なら憧れるシチュエーションだろ?」
「憧れと現実は違うのよ。一時的に盛り上がっているから、勘違いしちゃっているだけ。冷静になったら、ないわ~って思うわよ」
確かに、リアルだとそれってどうなの? って思うよね。
本人たちは禁じられた恋! って盛り上がっているかもしれないが、周りは盛り下がって仕方がない。
ただ、マリエが言うとギャグだな。
「逆ハーレムを考えていた誰かさんに聞かせたい台詞だな」
笑ってやると、マリエがポカポカと俺を叩いてくる。
「何よ! 文句があるなら言いなさいよ!」
「別にないね。俺もお前の意見に同意するよ」
すると――妙に会場内が静かだった。
周囲を見ると、俺たちに視線が集まっていた。
俺の近くに隠れているルクシオンが、状況を説明してくれる。
『先程、ユリウスとアンジェリカとの言い争いに会場の全員が聞き耳を立てていました。演奏の切り替えのタイミングもあり、静かになったところでお二人の会話が丁度盛り上がっていましたね』
――全て周りに聞かれてしまった、と。
俺とマリエは、冷や汗を流した。
「ど、どうするの?」
マリエに問われ、俺は――マリエの手を取って会場内から逃げ出す。
「し、失礼しました!」
「しました!」
二人揃って会場内を逃げ出すと、その後に生演奏が再開されていた。
――遅いよ! もっと空気を読もうよ!
「お前、どうするんだよ! 目立っていただろうが!」
「私のせいにしないでよ! それより、料理を全種類食べられなかったじゃない!」
色気よりも食い気とか――こいつは本当にポンコツな転生者だな。
外に出ると辺りは暗かった。
ルクシオンが一つ目を光らせ周囲を照らす。
マリエは会場を振り返ると――。
「もっと楽しみたかったわ」
残念そうに項垂れていた。
ちょっと罪悪感がこみ上げてくる。
こいつはこいつで、パーティーを楽しみにしていたからな。
「学園にいれば、パーティーに出る機会は多いから安心しろよ」
「私が出られるパーティーなんて、学園にいる間に参加できるものだけよ」
終業式前のパーティーが終われば、夏期休暇が待っている。
「――それより、お前の夏期休暇の予定は? 実家に戻るのか?」
聞くと、返ってきた答えが酷かった。
「学園に残って稼ぎなさい、って。それから、仕送りをしろって手紙が来たわ。家族全員からね」
もう、酷すぎて声も出ない。
しばらく沈黙が続き、俺は我慢できなくなってマリエを誘うのだった。
「都会じゃないけど、うちの実家に来るか?」
「あんたの実家?」
「長期休暇に自分の領地に戻る予定だ。そこさ――温泉があるんだ」
「温泉!」
急に喜ぶマリエを見て、少しだけ安堵した。
「それだけじゃないぞ! ――米もあるんだ」
「こめぇぇぇ!」
驚喜するマリエは、その場で走り回った。
俺たち転生者にしてみれば、元の世界の主食を食べるなんて難しい。
それが可能とあって、大喜びだった。
「お味噌は! 醤油は!?」
「いや、そこまではまだ無理」
それを聞いて「え~」と残念がるマリエを見て、ルクシオンが俺の横でグチグチ言っている。
『マスターが天然物にこだわらなければ、すぐにでも私が用意しましたけどね』
栄養素とか味が同じ別の何か。
こいつはそれを用意できるが、俺は天然思考なのだ。
「俺は天然物が食べたいんだ」「私は天然物がいいわ」
意見がかぶると、俺たちは顔を見合わせる。
ちょっと照れくさく、互いに顔をそらした。
ルクシオンは『そうですか。それではあと一年はお待ちください』と言っていた。
こいつ凄いな。
あと一年で味噌も醤油も用意できるらしい。
――もっと早く出来ないものだろうか?
マリエは長期休暇が楽しみだとはしゃいでいると――こけた。
「おい、大丈夫か?」
「――ヒールの高い靴を履いたのは久しぶりだから、足が痛い」
無理してハイヒールなんて買うからである。
足首を自分で治療魔法を使っているマリエを見て、昔を思い出した。
前世の妹が、足が痛いとか言って泣いて動かなかったことがある。
放置して帰ったが、しばらくして心配になって戻ったのだ。
――あいつ、疲れて寝ていた。
それを思い出し、治療が終わったマリエに背中を向けて屈む。
「ほら、送っていくから乗れよ」
「気が利くじゃない。女子寮までお願いね」
お前はどこまで俺の妹に似ているんだ?
先にお礼を言えよ。
◇
マリエは、リオンに背負われて昔を思い出していた。
暗い学園内の道を、ルクシオンが照らしている。
(昔を思い出すわ。そう言えば――兄貴にもこうしておんぶしてもらったわね)
あの腹立たしい兄を思い出す。
自分のせいで死んでしまってからは、ずっと後悔していた。
前世の出来事を思い出して、リオンの背中に強く抱きついた。
「おい、痛いぞ」
文句を言うリオンが、どこまでも兄に似ているのが腹立たしくて――嬉しかった。
「文句を言わないで早くしてよ」
涙が出て来て、恥ずかしくなってリオンの背中に顔を埋める。
(結局、私はずっと兄貴がいないと駄目だったわね)
兄が死んでから自分の人生は狂った。
口が悪く、性格も――悪かったが、根は優しい兄だった。
そんな兄とリオンが重なって見える。
だが、マリエは思うのだ。
(兄貴も転生とかしているのかしら? ――今度は幸せになっているといいわね)
若くして死んでしまった兄を思い出し、顔を上げて空を見上げると月が綺麗だった。
「ねぇ、あんたの実家ってどんなところ?」
「田舎だよ。ノンビリしているけど、俺は好きだね」
「あんた、都会とか嫌いそうよね」
「ゴミゴミしたのは嫌いだからな。忙しく働きたくない」
「うわ、駄目人間の台詞だ」
(兄貴もそんなことを言っていたわね)
リオンの背中で、マリエはこれまでを思い出す。
(あの四人に声をかけた時も、あんまり乗り気がしなかったし。私には王子様たちは釣り合わないわね)
リオンと一緒にユリウス以外を狙ってみたが、自分の中でどうにもしっくりこなかった。
その理由が今なら分かる。
(――あ~、私って男の趣味が悪かったのね。まさか、兄貴みたいな人が好きだったとか人生二度目にして衝撃の事実ね)
リオンと馬鹿話をしながら、そんなことを思うマリエだった。
◇
終業式が無事に終わり、実家に帰る日になった。
港には親父が迎えに来てくれている。
俺は時間通りに来ないマリエを待っていた。
「あいつ、遅刻しやがった」
ニックスもジェナも、二人とも既に港に向かっていた。
ルクシオンは、マリエが来ない理由を考えている。
『――支度に時間がかかっているのでしょうか?』
「女は時間がかかるからな」
『もしくは、寝坊ですかね』
「あり得るな」
――ただ、朝から妙な胸騒ぎがしている。
どうにも落ち着かなかった。
『マスター、迎えに行きますか?』
「そうだな。でも、女子寮には入れないし」
そんな話をしていると、俺たちの目の前を女子たちが私服姿で通り過ぎた。
ただ、その会話の内容が気になる。
「いい気味だったわよね」
「図々しかったから、スッキリしたわ」
「パーティーで目立ちすぎたのが悪いのよ」
意地の悪そうな三人組の女子には、専属使用人が付き従っていた。
俺はその会話の内容を聞いて、悪い予感がする。
「パーティー? スッキリ? ――ルクシオン、マリエを捜せ」
俺が駆け出すと、ルクシオンが先に女子寮の方へと向かった。
――まさか、あいつに何かあったのか?
◇
寝癖を残したマリエは、旅行鞄を持ちながら走っていた。
「寝坊したぁぁぁ!」
昨日は緊張して寝付きが悪かったのだ。
リオンの家族に会う子を考え、他には自分の実家がまた何かしないかと心配していた。
――それに、妙に嫌な予感がしていたのだ。
おかげで寝たのは随分と遅い時間だった。
そして、起きたら待ち合わせ時間の少し前。
「はうっ!」
大急ぎで支度をして部屋を飛び出したマリエは、曲がり角で女子生徒とぶつかった。
倒れたマリエはすぐに起き上がる。
「いたたた――あ、大丈夫!? ごめんね。急いでいたから――え?」
ぶつかった相手に手を差し伸べると、その女子生徒の目を見てマリエは酷く怖くなった。
暗い瞳をした女子生徒は――オリヴィアだった。
オリヴィアは何事もなかったかのように立ち上がると、マリエを無視して歩き去って行く。
マリエは、自分が冷や汗をかいていることに気が付いた。
「な、何よ。何なのよ」
――凄く怖かった。
普段はニコニコしているイメージのオリヴィアが、無表情でとても濁った瞳をしていた。
そのことにマリエは怖くなる。
(なんだろう。まるで全てを憎んでいるような――あんな目をした子を何人か見てきたけど、何かあったのかな?)
オリヴィアを追いかけようとも思ったが、足が動かなかった。
心臓がバクバクと音を立てている。
すると――。
『おや、寝坊でしたか』
「ふわっ! ル、ルクシオンじゃない。脅かさないでよ」
焦るマリエは、汗を拭いつつ旅行鞄を拾った。
『マスターが心配していましたよ。何かあったのではないか、とね』
「わ、悪かったわよ。昨日は寝付きが悪くて、起きたらもう時間で――」
言い訳をしていると、ルクシオンが一つ目を立てに動かして頷くような仕草を見せた。
『問題ないならいいのです。では、いきましょうか』
「そ、そうね」
先程のことを思い出すマリエは、どうにもオリヴィアが気になるのだった。
だが、親しくない自分が声をかけていいものかと考え、そしてリオンたちが待っていることもあり――オリヴィアを追いかけなかった。
◇
「寝坊って子供かよ!」
「ご、ごめんなさい」
マリエが遅刻した理由が寝坊と聞いて、俺は本当に安心した。
嫌な予感がしていたのだが、そもそも俺の勘なんてあまり当たらない。
外れてくれてよかった。
二人で急いで港に向かう飛行船の乗り場へと向かう。
歩きながら、俺はマリエと会話をしていた。
「もう船は出ちゃった?」
親父の船が出航したのかと心配しているようだ。
「定期船じゃないから、融通は利くさ。文句は言われるだろうけどな」
『置いて行かれても大丈夫です。私のパルトナーでお二人を送りますよ』
「パルトナーは目立つだろうが。大きく造りすぎたよな」
『マスターの指示ですからね。私は悪くありません』
「そうですか。そうでしたね」
ルクシオンとも軽口を叩いている俺だが、先程から妙な胸騒ぎが収まらない。
「――マリエ、本当に何もなかったか?」
心配してマリエに確認するが、本人は何のことか分からない様子だ。
「何かって何よ?」
「だから――いや、やっぱりいい」
「ちょっと! 気になるんだから早く言ってよ!」
妙な胸騒ぎしていると言っても、こいつは笑うだけだろう。
俺はルクシオンを見る。
「ルクシオン、昨日は何か変わったことはあったか?」
『私がこの学園の全てを把握しているとでも? そんな命令は受けていませんから、何も調べてはいませんよ』
腹の立つ奴である。
マリエはルクシオンを見て残念そうにしている。
「人工知能とか、もっと優秀だと思ったのに。あんた、もしかしてちょっと残念な子?」
マリエの言葉に火が付いたのか、ルクシオンが言い返してくる。
『聞き捨てなりませんね。学園のことにあまり興味もないマスターが、私に情報収集を命令しなかったのが原因です。命令もされていないのに、その働きを期待されるとはどういうことでしょうか? そもそも、私は暇ではありません。本体は今もマスターのご実家で工場を立ち上げるべく忙しく働いているのです。余計なことをしないのも優秀な証拠で――』
熱く語り出したルクシオンを無視して、マリエが工場の話に興味を持つ。
「工場を持つの!? え、もしかしてお金持ち!?」
「将来的には、な。収入源は多い方がいいからさ」
「いいな~」
俺もマリエも、ルクシオンの説明に興味を失っていた。
ルクシオンが言うのだ。
『――お二人とも性格が似ていますね。私の説明を聞き流すところもそっくりですよ』
「どこがだ!?」「どこがよ!?」
マリエとまた声がかぶってしまった。
それが照れくさくて――そして可笑しかった。
二人で笑い合う。
「リオンの実家にいったら、まずはお米が食べたいわ。あと――おせんべい!」
「用意させておくけど、お前は何て言うか渋いな」
「いいじゃない。バリバリ食べてもいいし、少し湿気ったのもおいしいのよ」
「おいしいけど、もっと他にもあるだろう」
「お餅?」
おせんべいとかお餅を希望とか――。
いや、気持ちは分かるけどね。
俺は妙な胸騒ぎも落ち着いてきて、安堵しつつあった。
どうやら、悪い予感は気のせいだったようだ。
話が盛り上がっていると、港に向かう小型の飛行船の乗り場が見えてくる。
乗り場から飛行船が出発する少し前のようだ。
「お、丁度来ているな。あれに乗るか」
「窓際の席乗るわ!」
駆け出すマリエを見て、俺は元気だな――と思いつつ、同時に妹と似ていると思うのだった。
前世も今世も、妹みたいな奴と縁があるのだろうか?
ふと、気になってきた道を振り返る。
どうにも気になってしまった。
今朝の妙な胸騒ぎもあり――これでいいのかと来た道を見ていた。
『マスター、どうされましたか?』
「――何でもない」
マリエが飛行船に乗り込み、こちらに大きく手を振っている。
「あいつは今日も元気だな」
何か間違えたような気もするが――きっと気のせいだ。
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